目指したゴール
宵埜白猫
手にしたモノ
あの日から二年経った今、私はゆっくりと壇上に登った。集まった観客たちの目が、一気に私に集中する。緊張しないと言えば嘘になるけど、頭はすごく冷静だった。
「それでは、今回『月夜の語らい』で大賞を受賞した
司会が私を紹介すると、会場中に拍手が響く。それが静まるのを待って、私は静かにマイクを取った。最前列で穏やかな笑みを浮かべている友人を見る。そして私は、受賞の知らせを貰ってからずっと頭の中に有った言葉を口に出した。
「私は最初に受賞の知らせを頂いた時、夢の中にいるんじゃないかと思いました。ずっとこの日を夢にばかり見ていたので、これもその続きなんじゃないかと。……でも今やっと、少しだけ実感できた気がします」
そこまで言って、私は呼吸を整える。
「ここからはすごく個人的な話なのですが、私がこの場所に立てたら一番に感謝を伝えたい友人がいるんです。ちょうどここにも来てるので、皆さんへの紹介もかねて、少し私と彼女の話をさせてください」
そう前置きして、私はこの二年間を振り返る。
最初はひどい雨の日だった。私が小説を書き始めて二年、初めて悔しいと思ったあの日、私は彼女と出会った。
「ねえ貴女、なんで傘ささないの?」
そんな声がして、私は驚いて顔を上げた。
見上げた先にいるお嬢様然とした彼女は綺麗な傘を持って、不思議そうに首を傾げている。
「それにどうしてこんなとこに座ってるの?」
「……別に、あなたには関係ないじゃないですか」
いろいろとあった後でイライラしていた私は、いつもより突き放すような声でそう言った。
彼女はそれを気にした風も無く、「それもそうね」とつぶやいて、私の隣に腰を下ろした。閉じた傘から、水が滴る。
そんな彼女の行動が理解できなくて、私は空いた口が塞がらなかった。
「……あの、なんでここに座るんですか? 傘まで閉じて」
「あら、それは私の自由でしょう?」
いたずらっぽく笑って言う彼女には返す言葉もない。私の口からは言葉にもならないうめき声だけが漏れた。
「ふふ、ごめんなさい。意地悪だったわね」
「……いえ、私が先にしたことですし」
私がそう言うと、彼女はまた楽しそうに笑う。本当によく笑う人だ。こんな人を見ていると、悩んでいるのが惨めに思えてくる。
「私がここに座ったのはね。こうすれば貴女が何を考えてるか分かるかなって、思ったの」
「何か分かりましたか?」
「んー、全然だめね」
そう言って、彼女は水たまりに足を放り出す。高そうな靴が水たまりに浸かった。
「あなたは、悩みってありますか?」
「私? そうね。……家にいると、私じゃいられないことかしら」
一瞬だけ、そう言った彼女の顔に影が差した気がした。お金持ちというのも大変なんだろうか。
「だから今みたいに水に濡れても、それが私のしたい事なら何倍も幸せだわ」
「……私は、今の自分に足りないものばっかり見えてちょっと気が滅入っちゃって」
それでここに座ってたと声に出すと、なんだか少しすっきりした。隣の彼女は静かに頷きながら私の話を聞いてくれる。
「実力とか経験とかだけじゃなくて、努力も熱意も足りない気がして自分が嫌になります」
「んー、努力は分からないけど熱意の無い子はここまで落ち込まないと思うな」
「……そう、なんでしょうか」
「そうよ。熱意がないと悔しいって思えないもの。そう思えた貴女は大丈夫」
言いながら、彼女は柔らかな手で私の頭を撫でる。今、雨が降っていてよかった。
「雨が止んだら、一緒に服でも見に行きましょうか」
「……ありがとう、ございます」
虹が出たのは、それから三十分後の事だった。
「それから二年間、ずっと支えてくれた彼女のおかげで、私は今ここに立っています。……本当に、ありがとう」
客席に座る彼女を見ると、いつもの笑顔の上を小さな雫が伝っている。それは二年間一緒に過ごして、初めて見た彼女の涙だった。
この世界にゴールがあるかは分からないけど、今日を自分の事のように喜んでくれる彼女がいれば、私はどこまでも歩いて行けそうだ。
目指したゴール 宵埜白猫 @shironeko98
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