1品目~地竜の尾肉のステーキサンド・2~

 男は戦鎚を担いだまま、のっしのっしと地竜に近付いていく。地竜は未だに青年を食うのを諦めてはいないのか、裂け目に口や爪を突っ込もうと躍起になっている。そこに無警戒に近付いて行く男。そして担いだ戦鎚を腰だめに構えると、


「どっ……せい!」


 掛け声と共に顎先をかち上げた。不意打ちに近い突然の衝撃に堪らず裂け目から頭を引っ込める地竜。障害物が無くなったのを見計らい、裂け目から転がり出る男。そして、そこから一人と一匹の生存競争が始まった。


 先手を取ったのは男。跳ね上げられた頭が戻って来る前にと前脚に近付いて自慢の得物を振り下ろす。が、そこは地竜……生命力の高さを裏打ちするのはその身体の頑強さだ。ガツン、と鈍い音が響くが爪が折れたり等という変化は無い。せいぜい鱗の数枚にヒビが入った程度だろう。そんな事は関係無いとでも言うように、男は何度も戦鎚を振り上げてはまた振り下ろす。同じ箇所に何度も、何度も。相手は人より体力も耐久力もある怪物、根気強くダメージを蓄積させる事が大事だ。やがて鱗のヒビはクモの巣のようにその面積を拡げていき、最後には砕けて剥がれ落ちる。そこに男は戦鎚を振り下ろす。その手に伝わるのは、硬質な物に打ち付けた時の痺れる様な感覚ではなく、柔らかい肉を叩いたぐちゅりという生々しい感触。当然、殴られた方は堪った物ではなく地竜は声にならない悲鳴の様な鳴き声を上げる。


 先程追いかけていた獲物ごちそうとは違う様だが、地竜の感覚からすれば大した違いは無い。同じ人間いきもののハズだった。それが自分に痛打を与えてきた。理解は出来ないが、怒りが沸々と沸いてくる。こいつだけは生かして帰してはいけない、何としても殺してそのはらわたを喰い千切ってやらなくては。そう考えて自分の武器でもある長い首を横薙ぎに振るった……が、そこに既に憎き人間の姿はない。


「遅ぇよ」


 と言う言葉鳴き声が聞こえたが、当然ながら地竜にそれを理解できる知能は無い。





頭に痛打を叩き込んだ男は即座に、地竜の腹の下に転がる様に潜り込む。背後からは横薙ぎに振るわれた首の風切り音が聞こえて来るが、そんな事を気にしている余裕はない。次の狙いは後ろ脚。たっぷりと肉の付いたモモ肉が駄目になる可能性があるのは惜しいが、その味を楽しむためにも生き残るのが最優先。いや、この地竜ゴチソウの命を狩り獲るのが最優先だ。その為に己の命を賭け、燃やし、自分よりも強大な生物に挑んでいく。それが男の矜持であった。




 闘いは数時間にも及んだ。地竜と人間の男との最大の差は、その圧倒的な体力差だ。人間の数倍、いや数十倍の巨体を誇るモンスター相手では、単純な殴り合いをしては長期戦に陥るのは必然。実際、普通の冒険者がモンスターを獲物として狙う場合は罠や毒等の搦め手を用いて複数人で弱らせつつ『討伐』するのが一般的だ。だが、男は基本的に搦め手を使わない。何故ならば、彼の目的は他の冒険者達が狙う鱗や皮、骨等の部位ではなくあくまでも肉。喰う為の『狩猟』なのだ。


 罠は部位を傷める可能性がある。毒などもっての他。複数人が絡めば自分の様な異端の戦い方を認めない奴が出てきて、必ずもめる。だからこそ男は真っ向勝負の一匹狼で居続けたし、これからもそのスタイルは崩すつもりはない。


『生きる為に喰い、喰う為に狩り、狩る為に生きる』


 これは彼の人生に於いての大原則なのだ。だから傷付いてボロボロになったとしても、それは本望だと笑って誇れる。


「いい……加減に、くたばれやあぁぁぁぁぁっ!」


 何度打ち付けたかも忘れた地竜の頭に、男の戦鎚が炸裂する。


「グオオォォォォ……」


 最早断末魔の悲鳴というより、疲労困憊の呻き声の様な声を挙げて地竜の長い首が砂地に横たわる。だらりと開いた口から舌が零れ落ち、ピクリとも動かない。男は戦鎚を投げ出し、砂地に大の字に寝そべった。


「あ~……腹減った」


 絞り出す様に呻いたのと同時、猛獣の唸り声の様な音が男の腹から響き渡る。地竜を単独で仕留めたという達成感や疲労感よりも、まず空腹。男はそういう男であった。


「あ……あのぅ」


「ん?おぉ、そういや居たなお前。忘れてたわ」


「地味に酷い!?」


 おずおずと声を掛けたのは、地竜に追い回されていた少年である。しかし男は地竜を仕留めるのに夢中でその存在を忘れていた。


「んな事ぁどうでもいいんだよ。それよりお前、モンスターの解体は出来るか?」


「え?えぇまぁ、一通りは……」


「なら手伝え。飯にするぞ」




 男は疲労で動けないと、少年に自分の荷物を取りに行かせ、その間に腰に提げていた大振りのナイフを鞘から抜いて事切れた地竜に近付く。そのナイフはうっすらと赤みを帯びた刃がギラリと輝く、いかにもな業物であった。


「ふんふふんふふ~ん♪」


 男も久々の大物に気分が良いのか、鼻唄を鳴らしながら甲殻と甲殻の隙間に刃を滑り込ませる。といっても本当に隙間があるわけではなく、甲殻と甲殻の間に動きを阻害しないように皮の薄い部分があるので、実際にはそんなに容易く刃が入る物ではない。が、男は大して力を入れるでもなくサクサクと竜種の皮を裂いていく。そうして皮に切れ目を入れると今度は、切れ目から見て上側の甲殻に手を掛け、上に持ち上げつつ肉と皮の境目にナイフを入れる。ここは脂肪の層であり、綺麗に剥がさないと運んでいる最中に残った脂が腐り、折角の竜種の素材を傷めてしまう事もある難しい作業なのだが、これも男は鼻唄混じりに綺麗に剥がしていく。


「うわ、スゲ……」


 男の持っていた背負い袋を持ってきた少年が、男の手際のよさに見惚れていた。


「おっ、持ってきたな?さぁて飯だ飯だ!」


「えっ、先に解体しちゃうんじゃ……」


「馬鹿野郎お前、腹減ってたら仕事になんねぇだろうが!まずは腹拵えだ」


「は、はぁ」


 どこまでもマイペースな奴である。


 男は少年から背負い袋を引ったくる様に取り返すと、中から携帯用の魔導コンロとフライパンを1つずつ、それに保存に向いた堅く焼き締められたパンと幾つかの瓶にまな板等を取り出した。明らかに背負い袋に収まりきらない量の荷物に、少年は目を剥いた。


「そ、それっ!まさかマジックバッグ!?」


「ん?あぁ。俺はどうしても大荷物になるしな」


 男は事も無げに言うが、マジックバッグは高級品だ。ポーチ位のサイズで背負い袋1つ分位の物がしまえる位の物でも、少年の半年分の稼ぎでも足りるか怪しい。しかも中の容量次第で値段は天井知らずに上がって行くのだから、男の稼ぎは如何程の物なのかと少年は目眩を覚えた。魔導コンロも珍しくはないがそれなりに値の張る代物だ。魔力を流し込むかモンスターから取れる魔力の結晶・魔石を嵌め込むと、魔法陣から火が出るという仕組みだ。薪拾い等せずに火熾しが出来ると冒険者や行商人には必須とまで言われる道具だが、男の魔導コンロは高級なタイプで流す魔力の量を調整する事で火加減の調整が出来るタイプだった。いちいち登場する高級品に、少年は驚く事に疲れ始めていた。


「さて、調理開始だ」


 男はニンマリと笑い、そう宣言した。


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食狩!~食べる為に狩る~ ごません @kazu2909

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