第13話 女子より体力ないと悲しくなる

「おはようございます」

「おはようさん。これが今日の分だよ。よろしくね」

「いってきます」

「頑張ってね」


 今日が水無月の初アルバイトの日となる。

 まだあたりは暗いが、遠くから優しく淡い紫の日の光が見えはじめている。

 水無月は新聞記事を取り、その光を背にして配達を始めた。


「メリッサへのお返し何にしようかなあ」


 初日にしてバイト代の使い道を考える水無月。

 まずは真面目に仕事を完遂して欲しいのだが、眠気もあってかどこか気の抜けた様子である。


「それにしても配るの楽だな」


 古風の日本家屋ばかりなので、座布団の高さを変えることなく低空飛行で進んでいる。

 人の姿もこの時間だと全く見ない。

 もっと高低差のある場所だと時間もかかったのだろうが、水無月の手元にある部数はもう数えるほどになっている。

 日も昇り始め朝日が街を照らし始めた。

 遠くには城の大きなシルエットも見える。

 少し眩しい朝日に目を細めながら呟く。


「これならもう少し増やしても大丈夫そうだな」


 想定よりも早く終わって自分の有能さに気づき気分のよくなっている水無月。

 アホとしか言えない。

 そんな水無月の視界の端に、まだ暗い街に溶け込むような服を着た謎の人物が入り込む。

 とりあえず今ある新聞を配達し終え先程の場所まで戻る。


「よっし。こんなもんかな」


 謎の黒服は満足げな声を出し、額の汗を拭っている。

 怪しい人物に、機嫌のいい水無月は危機感持つことなく話しかける。


「こんな路地裏で朝っぱらから何してるんですか?」

「僕ですか?僕は暗躍部隊『忍』のものです」


 男は急に声をかけられたのにも関わらず、平然と水無月の質問に答える。

 男には水無月が背後にいたことはすでに気付いていたようだ。

 男が水無月に振り向くことなく話し続ける。

 水無月は、暗躍部隊と聞き、少し身構えながら男の話を待つ。

 

「もしかして学生さんですか?」

「だったら何ですか」

「そう敵視しないでください。暗躍部隊といっても僕たちは一応七国全てで正式に存在を認められているんですから」


 男は水無月に背を向けたまま両手を上げひらひらと振っている。

 敵意はないことを示したいようだ。


「忍ってなんですか?」


 水無月も男に対する敵意を解く。


「僕たち忍の仕事は基本的に魔獣狩りの人たちが狩った魔獣の処理とかがメインになりますね。学生さんだったら近いうちに習うと思いますよ。その時に先生方も詳しい話をしてくれるんじゃないですかね」

「それで、あなたは今何してるんですか?」

「僕は今ちょっとした事後処理を」

「事後処理っていうのは」

「結構踏み込んでくるんですね」


 そう言った後、男は少し間をおく。

 相手はまだ背を向けているため、水無月は相手の表情を確認できない。


「この時期は小型の魔獣が盛んに活動し始めるのでね。街の中に入り込んだりするんですよ」

「そうなんですか。お疲れ様です」

「いつもなら誰にも気付かれないように動くんですけどね。そこまで存在感がないのも珍しいですよ」


 水無月に振り向き煽ってきた男に、水無月は眉をひくつかせる。

 が、悟られないように落ち着いた声で返す。


「ええ、よく言われます」

「やっぱりそうですか。どうですか、卒業後はうちに来ませんか?ぴったりだと思いますよ」


 その声と表情から悪気がないのが窺える。

 たしかに男の仕事柄、影が薄いことは利点なのかもしれないが。

 それはそれとして水無月は腹が立っている様子だ。


「結構です。失礼します」

「そうですか。いつでも待ってますよ」


      ーーーーーーーーーーー


「配達終わりましたー」

「おお〜、早いねえ。空飛べるからと思って少し多めに渡したんだけど」


 水無月は自分が有能だと思い込んでいるので素直に受け取る。

 やはりアホだろう。


「もう少し多くても大丈夫ですよ」

「いやいや、今はもう人も足りてるからね。また新聞を取る人が増えたら頼もうかな」

「僕はいつでも準備おっけーです」

「そうかい。そう言ってくれると助かるよ」

「それじゃあ、失礼します」

「お疲れさん」


      ーーーーーーーーーーー


 今日の学校では午前中は歴史を受けることになる。

 水無月も筆記試験のために前回の復習をしてきたはいいが、聞き馴染みのない言葉ばかりで苦労した。

 今回の授業も覚えることが多くて大変そうだ。


「本日は前回の続きから、と言っても次に大きな変化が起きるのは今から四千年ほど前になるので……」

 

      ーーーーーーーーーーー


「……ここまでで生物の歴史は終わりです。次回からは七国についてやっていきます」


 

 午後は基礎体力の向上と身体能力の強化。それと魔法に関しての授業だ。

 運動の時間では今日も仲良く水無月、日下部、月霜の三人でばてていた。


「水無月くんは本当に体力がないのですね」

「まさか月霜さんに負けるとは思わなかった」

「僕より体力のない人なんてなかなか見ないよ」

「それでも運動神経は悪くないように見えますけどね」


 短距離走、長距離走ともに月霜と日下部に記録が及ばなかった水無月が信じられないといった顔で俯いている。

 日下部はともかく、まさか月霜に負けるとは本人も思っていなかったのだろう。

 水無月は昔から体力テストのような体力や力を測るようなものではいい記録を出せなかった。

 しかし、球技やラケット種目となると学校の中でも上位に入るほど上手にできた。

 だからどうしたと言われればそれまでの話だが。


「終わりでーす。少ししたら魔法学の方を始めまーす」


 メートリー先生が全員に聞こえるように大きな声で次の指示を出す。


「魔法の練習は個人でやっていると判断して今日からはしばらく魔法についての知識を蓄えてもらいます」


 そう言って先生は魔法の基礎知識を次と次と説明していく。


 魔法は一人二つまでが限界であること。

 これは、想像力を力にしているため二つ扱うので脳がいっぱいいっぱいになるからだそうだ。


 魔法の発現にその人の希望は影響しないこと。

 これは、いくら希望が強かったとしてもその人の希望する魔法が得られるわけではないという研究結果が存在すると言っていた。

 

 似たような魔法でも最初の頃は明確な違いがあるということ。

 例えば同じ炎を扱う魔法でも炎を創り出すものや対象を燃やすといった様々な種類がある。

 しかし、最終的には同じような魔法は極めれば同じようなことができるようになるという。

 この違いはその人の持っているイメージが介入するために起きることだと考えられている。


「それでは本日の授業を終わります」


 体を動かすことに力を入れているため魔法の知識の時間は短い。

 あっという間に終わった。


「どうでしたか?新聞配達は」


 授業が終わり、日下部が声をかけてくる。


「順調だよ。紹介してくれてありがとうな」

「それはよかったです」

「かーえろ!」


 メリッサの元気な声が日下部の声を危うくかき消すところだったが、何とか聞きとり、気怠さそうに返す。


「わかったよ、メリッサ」


      ーーーーーーーーーーー


 それから一週間、授業は算数と国語、午後は体を動かすことだけだった。

 歴史と魔法学の時間はあまり取られないようだ。

 あくまで歴史は趣味という扱いになっている。

 魔法学は後期になると本格的に始めることになる。

 さて、一週間経ったということは水無月はバイト代をもらえる日が来たということだ。

 ワクワクしながら新聞を受け取りに行く。

 

「おはようございます」

「おはよさん。これが先週の分のお給料だよ。今週もよろしくね」

「ありがとうございます。頑張ります」

「これが今日の分だよ。あと、来週ぐらいに部数が増えることになりそうなんだけどいいかい?」

「はい、大丈夫です」

「それじゃあよろしく頼むね」

「いってきます」


 水無月は担当配達区域に飛んでいく。

 この間水無月は配達する新聞を盗み見しているのだが、意外と面白いことも載っているので毎日楽しみにしている。

 しかし、今日は違った。

 新聞に目を通した水無月からはどんどん血の気が引いていく。


『旭昇天で異世界人を狙った連続殺人事件が発生犯人は未だ捕まらず』


 そんな文字が大きく見出しを飾っていた。

 水無月の目は勝手に内容を追い始める


『犯人の手口から他国でも起こっている連続殺人と同様の人物であると思われると騎士団は発表した』


 騎士団は他にも情報を出していた。


『今のところ旭昇天で三名の命が失われていることを確認している』


 少し読んだところで全身に寒気が走り、脳が読むことをやめた。

 

「なんだ…これ…」


      ーーーーーーーーーーー


メートリー先生の本日の授業


三回目です。メートリーです。

本日やるのは生物の進化において不思議の多い時代の話です。


たった一万年前に魔法と言語を扱い始めた私たちの祖先ですが、実はこの時代から他の生物たちにも大きな変化があったんです。

このエルアーデには大きく分けて三種類の生き物がいます。

私たちのように言語や魔法を扱う種族。

魔法を扱う者たちに惹かれる特性を持つ魔獣。

そしてそれ以外の動物です。

この時代で大きな変化があったのは種族と魔獣ですね。

実は種族が別れたのはこの時代なんです。

さらに、魔獣が現れたのもこの時代なんですよね。

不思議ですよね。今の今まで人類種と動物しか存在しなかった世界に、急に沢山の種族や魔獣が生まれたんですから。

獣姦でもしたんですかね?大好物です。

まあ、本当にこの時代については謎が多く、未だこの変化がどうして起きたのかもわかってないのです。

とある博士の論文、ジューン博士という方の四百年近く前のものですが。

その論文には魔法によって新たな生物が創り出されていったのではないかと書かれています。

今のところこの説が研究者たちの間では一番推されてるらしいですよ。

頭の隅にでも置いといてください。

さて、本日の授業はここまでです。

次回も楽しみにしててくださいね。

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