第9話 はじめての魔法

 今日で二日目の学校となる。

 かなり早く起きてしまったので水無月は自分の部屋で少しのんびりしようとしていた。

 しかし、昨日の自分の部屋とは異なるものがあることに気づく。

 

『これ結構高いんだよ

     次からは忘れないようにしてね』


 座布団の上にそんなことが書かれたメッセージカードが置かれている。

 昨日水無月は学校に座布団で行ったわけだが、帰りは日下部とメリッサと帰っていた。

 シェイは水無月が忘れていった座布団を夜のうちに届けてくれたようだ。

 知らない間に部屋に入られていたことがわかり水無月は鳥肌を立たせる。


「ありがとうなー、シェイ」


 それはそれとしてとりあえず感謝の言葉を叫んでおく。

 シェイに届いているのかどうかは水無月にはわからないが。


「水無月さん朝食の準備ができました」

「ありがとう。すぐ行くよ」


 水無月が部屋でゴロゴロしていると外からドアをノックする音がし、その後アルマの声が部屋の中に響く。

 その声で起き上がり部屋の外へと出ていく。

 

「アルマちゃん。メリッサはもう行った?」

「はい。メリッサ様は数分前に宿を出ました」


 歩いていくとなるとかなり早く出る必要があると思ってアルマに質問をした水無月だが、メリッサが予想以上に早く出ていて驚く。

 もう少し遅く出ても余裕で間に合うはずだ。

 ただ、水無月には座布団があるためまだゆっくりする時間が存在する。

 朝の弱い水無月にとっては重宝するものだ。


「学校行くか」


      ーーーーーーーーーーー


「皆さんおはようございます。午前中は保健の授業を行います。何人かでチームを組んでください」


 自然とグループができていく。昨日初めて会った人ばかりだろうに、既にある程度の交友関係が完成されているようだ。

 水無月はメリッサと日下部とで三人グループを作る。

 

「皆さんにはこの半年で応急手当ての方法を学んでいただきます。他にもあらゆる事態の対策法も教えますのでしっかりと身につけてくださいね」


 物騒なことに、授業内容は出血した時の対処法、それも爪で傷つけられた場合や刃物で刺された場合など大きな傷を想定した対処法が優先的に教えられる。

 街の中だととても平和に感じるが、一歩でも外を出ると死と隣り合わせの危険な世界のようだ。

 とりあえず今日は止血方法をマスターすことになった。


      ーーーーーーーーーーー


「意外と力使ったね」


 今日も水無月たち三人は食堂で一緒にお昼ご飯を食べている。


「そうですね。しかも自分の腕とかだと一人でやるにはもっと難しいですからね」

「そうなんだよね。まあだから魔獣狩りの人たちはパーティーを組んでいるんだろうね」

「その魔獣狩りっていうのはなんだ?」

「魔獣狩りっていうのはね、このエルアーデに存在する七つの国全てに属さない知能の低い生き物たちのことだよ。有名なところではドラゴンとかだね」


 シェイが言っていたのだが水無月はすっかり忘れたようだ。


「一言でドラゴンと言っても魔龍のように高い知能を持つ種族もいるからね。魔龍は魔獣じゃなくて魔族に含まれるらしいんだけど。そこら辺は詳しく知らないんだよね」


 魔獣と魔族は全くの別物のであるということもシェイが言っていたのだが水無月が思い出す様子はない。

 その後も思い出すことなく教室の戻る運びとなった。


「さてそろそろ戻りましょうか」

「そうだね。ごちそうさまでした」

「ごちそうさま。俺が運んでおくから先に戻っておいてくれ」

「ありがとうございます」

「ありがとうね水無月くん」


      ーーーーーーーーーーー 


「それでは午後の授業を始めます。教科書を開いてください」


 歴史の授業。生物の歴史を順に追っていく流れでやっていくようだ。

 教科書の漢字全てにルビが振られている。

 この様子なら平仮名さえ読めれば教科書を読む分には困ることはなさそうだ。


「まず生物の始まりですが…」


      ーーーーーーーーーーー


「それでは皆さんお疲れ様です。明日に備えてゆっくり休んでくださいね」


 授業の時間は決められていないようだ。

 昨日とは違い一時間ほど早く終わった。

 


「水無月くん一緒に帰ろ」

「ごめん。今日は座布団できたんだ」


 座布団できたんだ、と言うことに水無月は違和感を抱くがメリッサは気にしていない様子だ。


「座布団ってあの空飛ぶ座布団?いいなあ、あれすっごい高いんだよね」


 朝の手紙に書いていた通りあの座布団は相当高価なもののようだと、メリッサの反応からはわかる。


「へえ、水無月くんあの座布団持ってるんだ」

「まあな。結構便利だぞ」

「一応僕も持ってるんだけどね。登校する分には必要ないかなって」

「えっ!日下部くんも持ってるの?うーん、私も買おうかな…」


 メリッサは悩めるぐらいの財力は持っているようだ。

 どこかの金持ちの家の子なのだろうか。

 今のうちに仲良くなっておけばいいのでは、と水無月の頭によぎる。

 ほんといつからこんなに汚れてしまったのか。

 最近の情報社会はこうも若者を汚してしまうようだ。

 情報の取捨選択は本人に託されてはいるが。


「そういうことなら日下部くんと二人で帰るよ」

「それじゃまた明日」

「じゃあね」


 校門に着いて二人と別れる。

 

「俺も帰るとするか」


 座布団を置いた場所に向かう。

 他にも水無月以外の座布団がいくつか置いてある。

 それぞれ色鮮やかなデザインで、自分のものを間違えることはなさそうだ。

 座布団に座り宿への帰路を進む。


      ーーーーーーーーーーー


 早ければ明日から魔法学の授業が始まるので、水無月はワクワクが止まらない。

 その気分のまま風呂に入り体がぽかぽかしたまま自分の部屋へと戻っていく。


「水無月さんもう寝るのですか?」

「何か用でもあるの?アルマ」


 その途中でアルマと出会い声をかけられた。


「いえ、休日がいつなのかを把握しておきたくて」

「明日学校で聞いておくよ」

「ありがとうございます。おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 何用かと思ったがそこまで緊急のようではなかったようだ。

 明日のうちには水無月は今のことを忘れてそうだが。


      ーーーーーーーーーーー


「いってらっしゃいませ」

「行ってきます」


 アルマに返事をし、水無月が空へと飛んでいく。

 しばらく飛んでいると背後から声が聞こえた。


「おーい。水無月くん」


 この声はメリッサのものだ。


「私も似たようなやつ買ったよ。絨毯だけど」


 メリッサはオシャレな絨毯に乗って水無月の横に並ぶ。

 メリッサの乗っている絨毯はいかにもファンタジー世界という見た目をしている。

 どうせなら絨毯の方がよかったなあと思う水無月。

 国の雰囲気には座布団が合うのでこれはこれで趣があるということにして納得する。

 

「おはようメリッサさん、水無月くん」

「日下部じゃないか。今日はどうしたんだ?」


 メリッサと並走し始めて数分後に日下部とも出会った。朝早く出ることができなくて座布団で急いできたらしい。


「その絨毯オシャレだね」

「ありがとね日下部くん。奮発して買ったんだ」


 日下部が水無月の方の近づいて耳打ちする。


「座布団と違って絨毯は作るのが難しいらしく、数倍近くの値段の差ができるんだよ。絶対に値段は聞いちゃダメだからね」


━━おい、マジかよ。昨日座布団めっちゃ高いとか言ってたじゃねえか。奮発したってレベルが違いすぎるだろ。


「さあ、学校に行こう!」


 今日もメリッサは元気だ。財布の中がダメージを受けた様子など微塵もない。


     ーーーーーーーーーーー


「体操服が届きましたので今日から午後は体育と魔法学の授業となります。一人三着ずつあるので取り間違えないように」


 動きやすそうなジャージだ。デザインは白を基調とし青のラインが入れられている。かっこいい。


「午前の授業は算数の復習をした後、テストを行います。本日のテストは足し算と引き算になるのでまだ理解しきれてない人は復習の時間に仕上げるように」

「二人とも、足し算と引き算は大丈夫だと思うけど一応一緒に確認しながらしてくれる?」

「いいよ」

「いいですよ」


 メリッサも問題なく加法減法ができていた。少し時間が余ったので乗法の練習もしたが、まだ少し手こずっている。

 テストは問題なく全問解くことができた。本当の最低限のことしかしないようだ。

 昼食もいつものメンバーで各々好きなものを食べ、午後の授業へと準備する。


「本日は基礎体力テストを行います。それが終わった後魔法適正の確認を行います。後の指示はベント先生にしていただきます」

「今からいくつかの種目に取りくんでもらう。測定するのは握力や瞬発力などの簡単なものばかりだ。道具を使ったりはしないから不器用かどうかは関係ない、安心してくれ。それでは始める」


 まずは握力測定だ。水無月は41kgだった。元の世界でも平均はそのぐらいだったはずだ。

 しかし、周りの生徒たちは平然と60kg前後を出してくる。

 異世界人では一人だけそのぐらいの握力を出していたが、水無月含め他の異世界人は驚いている。

 その後も短距離走、長距離走、反復横跳びや体のしなやかさを測定したがこの世界の人たちの身体能力の高さに驚かされる。

 異世界人でも好成績を出している生徒もいたが、それも一つの種目が突出しているというだけで、異世界人の中には全ての種目を万能にできるような人はいなかった。


「すごくねえか。この世界の人たち」

「本当にどうしたらあんな高い身体能力を手に入れられるのですか」

「本当にすごいねえ」


 このテストを通じて水無月と日下部そしてクラスの中でも優等生感のある月霜の身体能力低い組に友情が芽生えた。


「それでは今から魔法適正の確認を行います。まず初めに魔法に関しての軽い説明をします」


 メートリー先生は丁寧に魔法の説明をし始めた。


「魔法は基本的に一人二つまでしか使えません。さらに魔法は全ての人が使えるとは限りません」


 二つまでしか使えないとはどういうことだろうか。

 てっきり水無月はいろいろな魔法をMPのようなものを消費して使うのだと思っていたが全く違うものようだ。


「使えない人の中でも二つのタイプの人間に分けることができます。一つは練習すれば使えるようになるタイプ。もう一つは『魔除け』と呼ばれる病により生まれつき魔法が使えないタイプの人間です」


 『魔除け』、初めて聞く言葉だ。


「この世界の魔法は想像力や創造力、思いや願いの強さによって魔法を扱うことができます。そのためイメージを固めていけばどんな人でも魔法を使うことができつようになるのです。しかし、『魔除け』を持つ人はどれだけ頑張っても魔法を扱うことができないのです」


 『魔除け』を治すことは不可能であり、見分けることも難しいとされているらしい」


「ですが本当に稀なものなので心配する必要はないです。仮に魔法が使えなくても今は魔法科学が進んでいますから」

「そういうわけだ。生きる上で魔法は必須なものではない。とりあえず今日はどんな魔法が使えるかの確認だけするぞ」

「それでは皆さん両手を出してください。紋様を刻みます。魔法を使うにあたってこの紋様は必須になります」


 そう言って二人の先生は生徒の手の甲に紋様を刻んでいく。刻むといってもスタンプのようなもので押すだけなのだが。本当にこんなもので魔法が使えるようになるのだろうか。


「ではみなさんここに並んでください。一人一人片手ずつあの的目掛けて魔法を打ってみてください。ちなみにですか、魔法は想像したものには一切影響を受けないので希望する魔法とは別のものが出てくることが多いです」


 すなわちここで強い魔法を引けるかどうかが外で生き抜くために重要になってくるわけだ。

 どうせならかっこいい魔法が欲しいと水無月は思う。


「魔法を扱えると想像してください。それではどうぞ」


 先頭の人が右手を的に向ける。そのすぐ後に手の甲の紋様が輝く。

 すると手のひらから火が吹いた。

 ごおおおと音を立てている。

 めっちゃ強そう。

 本人もとても驚いている様子だ。

 

「そっしゃ、左手もいくぜ」


 左手を的に向け紋様が輝く。その後左手から小石がそこそこの勢いで飛び出した。


「炎と岩っと」


 ベント先生が小声で呟きながら記録を書き込んでいく。

 抽象的すぎる気もするがいいのだろうか。

 最初の人が終わり次の人の番がくる。その後も終わったら次の人とと流れが止まることはない。

 水や雷などの魔法や硬質化や結晶化といった物体そのものに影響を及ぼすもの、的が伸びたり縮んだり、大きくなったり小さくなったりと概念的な魔法など様々な種類の魔法がある。

 水無月の番がやってきた。

 右手を突き出しイメージする。


「オラァ」


 紋様は輝くが何も起きない。

 もう一度自分が魔法を使っているところをイメージする。


「ウォォ」


 紋様は輝くがやはり何も起きない。


「どういうことですか先生」

「まだ魔法が発現してないとかじゃないですかね。大丈夫です。どちらかの手がだめでもその逆の手では魔法が使える例もあります」

「そ、そうですか」


 次は左手を的に向け突き出す。

 さっきよりも鮮明に、自分が魔法を使っている姿をイメージする。


「ハァッ」


 同じく紋様が輝く。すると水無月の周りに変化が起きる。

 草が数センチだけ伸びた。


「草」


━━おい誰だ!草とか言ったやつは。小さい声で言った気でもこっちには聞こえてんねん!自分が一番草って言いたい気分やわ!

 

「草と発現なしっと」


━━やめてください先生。その言い方めちゃくちゃ心に刺さります。


「何だよもォォォォォォォォ」


 水無月が雄叫びをあげる。

 それを気にした一人の生徒が水無月へと近づく。


「水無月だっけ」


 水無月の肩に手を置き優しくポンポンとするクラスメイト。

 そして一言。


「まあw気にすんなよw」


 これ以上ないというほどの煽りを含んだ言葉を水無月にかける。

 そのクラスメイトの笑いはクラス全体へと伝染する。

 もう水無月のメンタルはボロボロだ。


「水無月くん?元気出してください。毎日練習すれば魔法は上達しますから」


 メートリー先生が励ましの言葉をかけてくれる。

 

「はい。心遣いありがとうござ…」


 先生の方を向くと少し口角が上がっていた。

 先生も笑っていたようだ。

 水無月のことを心の底から心配してくれる人はこの場にはいないようだ。

 水無月自身もハズレだと思えるほどのクソ魔法なので仕方ないとは思えるが。


「あーー、もういいよ。俺はこの魔法でやってやるよ!」

 

 その声はヤケクソ気味だった。


      ーーーーーーーーーーー


メートリー先生の本日の授業


はじめまして。メートリーです。

ここでは授業の内容を私が教える時間です。

時間がない人はそのまま帰ってもらって構いませんよ。


まずは生物の誕生についてです。

大体三十億年ほど前に原始の生物が誕生したって言われてます。

この当時の生き物は人差し指ぐらいの大きさがあれば大きいとされる時代ですね。

とっても小さいですね。

私もちっちゃい子は大好きです。うふふ。


それから生物はどんどん多様化していきます。

十五億年ほど前にはすでに空を飛んでいた生き物もいただとか。

すごいですよね。


さて、次に大きな変化が起きたのは私たちのような人型の生物があらわれたタイミングになりますが今回の授業はここまで。

また次の授業を楽しみにしていてください。

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