第8話 最初の一週間で友達作れるかが大事
「今後の学校生活ですが、最初の半年間は座学と体育を朝から夕方まで、残りの半年間は体育を午前中やって終わるという流れでやっていきます」
自分の時間の多い時間割に、水無月は心の中で大きく喜ぶ。
「この体育には魔法学も含まれることとなります。この一年間が終わった後、商人や技術者などになりたい人はもう一年学校で学んでもらうことになります。今すぐ決める必要もないのでゆっくり考えてください」
魔法学という言葉に水無月の胸が高鳴る。
「教材と体操服を用意するのでついてきてください」
その後水無月たちは身体測定を終え、教材の置いてある教室まで来た。
しっかり言っておくと身体測定は男女別々の部屋で行った。
悔しがっていた男子生徒もいた。
ちなみに水無月である。
「それではみんな、一列に並んでくれ」
体格のいい男の先生が教室の前で指示を行っている。
「この先生は体育の時に私と一緒に見ていただく先生です」
「初めまして。体育担当のベントだ」
それぞれ初めましてと先生に声をかけていく。
「そこにまとめてある教材が一人分のものだ。取ったら自分の教室まで各自戻るように」
「ありがとうございます。ベント先生」
「いえいえ、初めてなのですから慣れている私たちがこういうことはお手伝いさせていただきますよ」
水無月が最後に教室を出た後背後からそんな会話が聞こえた。
ベント先生は見た目とは違い優しそうな人だ。
人は見かけによらぬものだ。
ーーーーーーーーーーー
「お昼ご飯の時間です。食堂はこの校舎を出て右手にある建物です。一時間後には席に着いていてくださいね。体操服は三日後には用意できると思います」
魔法が使えるようになるまで最低でも三日後となる。
それまで待ちきれない様子の水無月だが、ほかの異世界人達はそうでもないようだ。
むしろこの世界の人たちの方が騒いでいる。
昼食を食べに行こうと席から立ち上がると。
「水無月くん。お昼ご飯一緒にどう?学生であるうちは無料みたいだよ」
隣の席のメリッサに声をかけられた。
そんなどこから情報を仕入れてきたのだろう。
少なくとも先生たちはそんなこと言っていなかったが。
「僕も一緒にいいかな?」
水無月がメリッサに返事をする前に誰かが会話に割り込んできた。
「日下部くんだっけ?もちろん!食事は誰かと一緒に食べるともっと美味しいからね」
「メリッサさんありがとう」
「それじゃ食堂まで行こう!」
メリッサは元気に食堂へと向かっていく。
水無月の返事は待たないようだ。
「どうしたんだい水無月くん。早く行こうよ」
「日下部さんはメリッサのことが気になるんですか?」
「随分と距離のある言い方だね。日下部でいいよ。それと質問の答えは違うと答えさせてもらうよ」
「かわいいとは思うがやめておけ。食の好みが絶対に合わないよ」
「僕の言うこと聞いてた?」
「大丈夫だ日下部。安心しろ。誰にも言わないから」
「聞いてないよね水無月くん。あくまで僕は君となら仲良くできそうだと思って近づいたんだよ」
「そ、そうなのか」
なんのためにと思ったが別に嫌ではなかったので水無月は気にしないことにした。
それよりも気になることがあったので水無月は日下部に質問をする。
「ちなみに好きな子の好みは?」
男子高校生らしい質問だろうか。
今時の男子高校生はこんなこと言わなさそうだが、日下部は不機嫌な顔することなく答えてくれる。
「僕は基本的にないね。恋愛的な感情がないと言った方がわかりやすいかな。君は?」
「俺は彼女持ちだからな。ノーコメントだ」
「でもその彼女と一緒にこの世界に来たわけじゃないんだろう?」
「まあそうだが」
「辛くない?」
「今はいいんだよ。いずれまた会えると信じているから」
「いいね。その考え。素敵だと思うよ。まあ、異世界人同士仲良くしようね」
「ああ、よろしくな」
「早く食堂に行こうか。メリッサさんを待たせてしまっているからね」
ずけずけと人の心に入ってくるが優しく包まれた雰囲気から嫌な気はしない。
むしろ水無月が誰にも話せないと思っていたことを話せてスッキリした。
ーーーーーーーーーーー
「二人とも遅い!二人の分も勝手に頼んだけどいいよね」
少し遅れてきた二人を待たずに勝手なことをしていたメリッサ。
メリッサの好みはあの青い謎液体だが、まともなものを注文してくれたのか水無月が不安になる。
日下部はそのことを知らないので感謝の言葉を述べている。
「何を頼んだんですかメリッサさん」
「らーめんっていうのを三人分頼んでおいたけど、私初めて聞く食べ物なんだよね。楽しみ」
ラーメン。
水無月はあの青い液体を使ったものを想像し食欲をなくす。
「席探しておいて。私が運ぶから」
「三人分あるので僕も手伝いますよ」
「そう?ありがとうね日下部くん。水無月くんは席探しといて」
「りょーかい」
探しておいてくれとメリッサに頼まれたが食堂に中はそこまで混んでいない。
とりあえず水無月は二人が運んでこやすいように通路に近い席に座る。
二人が来るまで時間があるので考え事を始めた。
━━日下部が信頼に値するかどうかだが…どうなんだろうなー。わかんねえなー。俺人を見る目ないからなー。でも日下部はいい人っぽいけどなー。メリッサは絶対いい人だと思うけど。
シェイが気にしていた異世界人の話の解決法として手っ取り早いのは皆殺しだがそれができるほど水無月の精神は強くない。
それに実力もない。
そのためにも日下部がどういう人物なのか水無月は早めに判断したいと思っている。
一人では何もかもが足りないとわかっているから。
「お待たせ水無月くん」
「どうしたんですか真剣な顔をして」
「少し考え事をしてたんだ。気にしないでくれ」
メリッサと日下部がテーブルにラーメンを並べていく。
チャーシューに煮卵、ネギ、もやしという日本でも見たことある食材ばかりのトッピングだ。
「普通に美味しそうですね」
「私箸の使い方まだ慣れてないんだよね」
「小さい頃から使っていないと難しいですよね」
自己紹介の時メリッサはこの国の出身ではないと言っていた気がする。他にも別の国の名前を挙げていた生徒も何人かいた。
「使っていけば慣れていきますよ」
「そうだよね。何事も積み重ねることが大事だよね。いただきます」
「いただきます」
二人がラーメンを啜り始める。
メリッサは自分で言ったように箸の使い方が微妙におかしい。
それでも美味しそうに食べているので本人はあまり内心気にしていないようだが。
美味しそうに食べる二人を見て水無月もラーメンを啜る。
「いただきます」
美味しい。
醤油ベースの出汁は日本のラーメンとほとんど変わらない。
麺は少し変わった味がする。
「メリッサさん、そのラーメン美味しいですか?」
日下部がメリッサに変わった質問をする。
水無月はその質問をした日下部に尊敬の眼差しを向けていた。
それもそうだろう。
目の前にいる美人の部類に含まれる女子高生が青い出汁のラーメンを食べているのだ。
水無月と日下部の二人も極力視界に入れないよう努力していたが同じ席についているとどうしても目に入る。
目に入れたら最後気になってしょうがない。
そんなラーメンを食べている女子に対して聞き様によっては失礼な質問をしたのだ。水無月の尊敬の眼差しも理解できなくはない。
「美味しいよ。今度食べてみたら?」
「そうさせていただきます」
なんの動揺もなく対応している。
大人の対応すぎる日下部に水無月の眼差しが強くなる。
が、その眼差しは日下部の異変に気づいた。
ラーメンを食べるために下を向いた時に見た目は信じられないといった目をしていた。
━━そりゃそうだわな。あんなん食ってたら普通引くもん。
「日下部くんはどこに住んでるの?私と水無月くんは同じ宿にいるんだけど」
「僕はあるお店の二階に住んでいます。一階は僕が働いている場所なんです」
「今度行ってもいい?」
「必要そうなら場所教えますが今のメリッサさんならまだ必要ない場所じゃないですかね」
「ふーん」
あんまりピンときていない様子だ。かくいう水無月もあまりピンときていない。
「なんで働いているの?異世界人の人はお金とかの面倒を見てくれる存在がいるって聞くけど」
コネクターのことだろうかと思い水無月はなんとなくシェイを頭に浮かべる。
かくいう水無月も自由にできるお金は渡されてないのですぐさまシェイの姿を頭から消す。
「三年ほど前の話になります。暗い話になりますがいいですか?」
「私は別にいいよ」
「俺も別に」
二人の返事を聞き日下部はゆっくりと話し始める。
「僕を連れてきた人は瀕死の状態でした。何があったのかは今でもわかりません。ただその時に僕はその人にお金と役目を託されました」
空気が少し重くなる。メリッサも真剣に話を聞く体勢になっている。
日下部を連れてきたコネクターの人は一体何を託したのだろうか。
その内容次第では最悪俺水無月は日下部を…
「とりあえず僕は働く必要があったのです。もらったお金だけでは一年ほどしか生きていけませんでしたから。そうして始めたのが今の仕事です」
水無月は特殊能力がないだの特別な道具がないだのを無神経にシェイに聞いていたことを思い出し恥じる。
水無月が勝手に期待して勝手に散っただけなのに自分が他の異世界人より不利な状況がスタート地点になっていると思っていたからだ。
日下部ように説明もなくこの世界に放り投げられた人もいるというのに。
「役割っていうのは何?」
メリッサが話を促す。
ここの回答次第で水無月は日下部への印象を変えなければならない。
「詳しくは言えません。ただ簡潔に言うのなら、ある人を守ってほしいとのことです」
その発言から、日下部はシェイが気にしていた異世界人には含まれないだろう。
それがわかり水無月は胸を撫で下ろす。
「そうなんだ。がんだってね日下部くん」
「ありがとうございますメリッサさん」
話を聞き終わる頃には麺は伸びきっていた。
ーーーーーーーーーーー
「明日も一緒に食べようね」
「そうだな」
「ごめんなさい。長く話しすぎました」
「気にすんなよ。学校生活はまだ始まったばっかなんだから」
「優しいですね水無月くん」
「そろそろ教室に戻ろうよ」
後五分ほどで午後の授業が始まる。
「急いで戻りましょう」
水無月たち三人は急いで教室へ戻った。
「午後の授業を始めます。今日は国語と算数をやります教科書を出してください」
三人はギリギリ授業に間に合うことができた。
あと少し遅ければメートリー先生の話を中断することになっていただろう。
「まずは国語の時間です。今回は字の練習をしていきます」
教科書を開く。日本語で書かれている。
「この半年でここにある平仮名と片仮名、漢字を書けるようにしてもらいます」
平仮名と片仮名はニホンと形が全く同じだ。
シェイが言ってたようにニホン人の異世界人の先人たちが言語を広めたのだろう。
漢字は中学レベルまでの漢字の多くで構成されている。複雑な漢字は少し簡略化されていたりするが読めないことはない。
生きていくうえで困らない程度の漢字力を身につけるための授業のようだ。国語はこれを半年間やっていくらしい。
基本的に授業はこの世界の生徒に学習するためのもであり、異世界人にとっては受ける必要のなさそうな授業内容ばかりだ。
「それでは十分の休憩を挟みます。その後は算数の時間です」
一時間半ほど経ったぐらいにメートリー先生がそう口にした。
「水無月くん。分かった?」
「元の世界の字とほとんど変わらないからね」
「私全然わからなかったよ」
「まずは平仮名を書けるようにしたらいいよ。その後は漢字、この教科書の順番に覚えていけば日常生活で読めないってことは無くなると思うよ」
「そうですね。漢字はまず読みから覚えるといいと思います。読めさえすれば書くのは平仮名でも十分なので」
「ありがとう二人とも。がんばるよ」
クラスを見渡しても異世界人は特に困った顔はしていない。
水無月以外の異世界人も背丈から高校生か中学生に見えるので困ることは今後もないだろう。
「それでは後半の授業を始めまーす。算数のテキストを開いてください」
教科書を開ける。
そこには算数と言っていた通り基本的な四則演算のことばかり書かれている。
ペラペラとページをめくっていく。
後半には中学内容が載せられていた。これは商人や技術者コースを選ぶ人の範囲のようだ。
「とりあえず基本の解説は終わりです。後はどんどん問題を解いていってください。分からないことがあれば他の人に聞いてもいいですよ。もちろん私に聞くのでもいいです」
わかりやすい説明だった。しかし理解しているうえで聞くのとゼロから聞くのとでは全く異なってくる。一つ一つを別の時間に分けて教えれば分かりやすいのだろうが、一つの授業に詰め込みすぎな気もする。
「水無月くん。ここがよく分からないんだけど」
案の定メリッサが掛け算と割り算でつまずいていた。
「足し算と引き算はできたの?」
「その二つは買い物する時とかにも必要になるから分かったよ」
学んだわけではないのだろうが、感覚を知識に昇華でているのは感心に値する。
「掛け算は…」
ーーーーーーーーーーー
「今日の授業はここまでです。明日は歴史と保健についてやります。教科書を忘れないように」
教えることが大変だと水無月は感じた。
自分の頭の中にあるものを言葉にするのは予想以上に難しかった。
「一緒に帰ろう水無月くん」
「いいよ。日下部はどうする?」
「僕も行くよ」
「よし。じゃあ行こうか」
帰り道は二人でメリッサに今日の授業内容を教えていた
日下部とは途中で分かれ、メリッサと一緒に宿を目指す。
「とりあえず平仮名は今日中に読めるようになっとけよ」
「がんばるよ。教えてくれてありがとう。またよろしくね」
他愛のない会話をしているといつの間にか宿に着いていた。
「また明日。学校でね」
「また明日」
水無月は宿に戻ると夕飯と風呂をささっと終わらせた。
その後、明日の準備を済ませて水無月は眠りについた。
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