第7話 自己紹介の初手はキツい

「そろそろ起きてよ」


 中性的な幼い声が聞こえる。

 今日から学校だったはずだが水無月はまだ寝足りないようだ。

 ベッドから出てくる気配はない。


「水無月、早く起きないと朝食抜きで学校に行くことになるよ」

 

 さて、この部屋は水無月の部屋で、水無月以外の人は誰も入って来れるわけがないのだが。

 その違和感に水無月も気づく。


「誰だ!」


 自分の部屋に入ってきた不審者と対峙するためベッドから飛び起き戦闘の構えをとる。

 ひどく不恰好だ。

 

「僕だよ。君の友達のシェイだよ」


 目の前の人物が誰かを確認し戦闘体制を解く。


「なんで部屋に入ってこれてんだよ」

「それぐらいのこと僕にとっては造作もないことだよ」


 水無月の質問には答えているようで答えていない。

 結局なぜ入ってこれたかはわからずじまいだ。


「それで、シェイはなんでここに来たんだ?」

「今日は初日だからね一緒に登校しようかなあと思って。それとも、もう一緒に登校できる友達でもできた?」

「いないけども」

 

 水無月の声が自然と小さくなっていく。


「え?なんて?聞こえなかったなあ」


 グーで殴りたくなるが今は我慢する。


「聞こえてんだろお前」

「ごめん、ごめん。そう怒らないでくれよ。とりあえず顔でも洗って朝食でも食べてきなよ」

「シェイは食べないのか?」

「僕は君を学校に送った後でゆっくり食べるとするよ」

「そうか。それじゃあここで待っていてくれ」

「おっけー。のんびり待たしてもらうね」


       ーーーーーーーーーー

 

「おはようございます。水無月さん」

「おはよう。アルマちゃん」

「朝食はどうでしたか?」

「美味しかったよ。あのサンドイッチ。ピリッとくるソースがお肉や野菜と合っていてよかったよ。少し量が多いかなと思ったけどね」

「わかりました。参考にさせてもらいます」


 この一ヶ月で分かったことだが料理は自分の担当の中居さんが作っているらしく、アルマは事あるごとに感想を聞いてくる。

 ステーキのことを好評した時に機嫌がよかったのはあれが初めてお客さんに出した料理だったからそうだ。

 一週間ぐらい経った時に全部美味しいよと伝えたら、

 

 「私の料理には上達する余地はないということですか?これ以上私の実力では美味しくできないということですか?」


 と、言われた。こんなことを言われたらもうどうしようもない。とりあえず何かしら理由をつけて感想を言うことしかできなくなった。


━━教えてください。これ俺が悪いんですか?


「やっと帰ってきた。すぐに準備してくれよ。時間的に少し余裕を持って行きたいからね」

「準備といってもこの鞄の中に全部入ってるからいつでも行けるぞ」

「その服で行くの?」

「今洗濯してもらってるからこの浴衣しかないんだよ」


 なんなら今水無月はパンツを履いていない。

 


「ごめんね。服用意するの忘れた。てへ♡」


 水無月の右ストレートがシェイへと飛んでいく。


「用意してくるから少し待っててね」

 

が、何もなかったかのように避けシェイは部屋を出て行った。


「お待たせ」

「はっや」


 部屋を出てからまだ五秒もたっていない。


「とりあえずここに置いておくね」


 シェイは和室に丁寧に服を並べて行く。

 とりあえず水無月はパンツを手に取り履くことにした。

 服はフード付きのデザインの違うものが二着。

 どちらも動く分には困らなさそうだ。

 ズボンはジャージが二着。こちらもデザインは違う。素材は少し異なるようだが動きやすそうだ。

 パンツが今水無月が履いているものを含めて四着。

 パンツ少し多くないだろうか。

 他にも靴下やちょっとした鞄なども持ってきてくれた。


「服以外にも持ってきてくれるとは思わなかったよ」

「今回は僕がうっかりしていたからね。今回はサービスだよ」

「ありがとうな」

「早く着替えてね。僕は宿の外で待ってるから」

「すぐ行くよ」


 学校からは制服を渡されていないので私服でいいのだろう。

 水無月は中学も私服だったので勝手が変わらないというのは水無月にとってはありがたいことだった。


       ーーーーーーーーーー


「水無月、準備はできたかい?」

「ああ、バッチリだ」

「それじゃあこれに乗ってね。落ちたら危ないからしっかり掴まらないとだめだよ」


 そう言って指を差した先にあるのは座布団だった。

 普通のものよりも二回りほど大きい。

 水無月ともう一人ぐらいなら乗れるのではないだろうか。


「水無月はこれ使うの初めてだったよね」


 シェイが座布団の上に座る。


「これはね、こういう風に上に座ってイメージすると」


 シェイが目を瞑り考えている素振りを見せる。

 するとシェイを乗せた座布団が空中に上昇した。

 どうやらこの一ヶ月間シェイと街を観光していた時に水無月が見た謎の浮遊物体は座布団だったようだ。

 空飛ぶ絨毯を見聞きしたことはあるが空飛ぶ座布団とは一体何事か。


「ほら、水無月も早く乗って」

「お、おう」


 とりあえず水無月も言われた通り座る。

 だが上昇する気配はない。

 イメージするとシェイは言っていたはずだ。

 頭に座布団が浮いていく様子を思いうかべる。

 すると、座布団はみるみるうちに浮いていき、宿よりも高い位置で上昇するのをやめた。


「うおおおおおお」

「お、いいね。上出来だよ。それじゃあこのまま僕についてきてね」


 シェイはそのまま学校の方へと飛んでいく。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

 

 シェイに置いていかれないようにしなければと思うと同時。

 座布団が勝手にシェイの方へと動き始める。

 

「振り落とされないように気をつけてね。浮いてるのは僕達じゃなくて座布団なんだから」


 これも魔法の類なのだろうか。


「いいね、いいね。飲み込みが早いよ」


 一分ほど飛んでいると水無月も操作に慣れてきたようだ。

 表情に余裕がうかがえる。

 どうやら座布団はイメージした方向に進んでくれるようだ。

 

「なあ、これどういう仕組みなんだ?」

「魔法だよ。ま・ほ・う」


 やっぱり何かはぐらかされている気になる。

 たまに芯のないような返事をシェイはするが何か隠しているのだろうか。

 水無月はイマイチシェイを信用しきれないようだ。


       ーーーーーーーーーー


 歩いて三十分ほどの学校までの道のりが十分ちょっと飛ぶだけで着いてしまった。

 早い。

 風を切って飛ぶ感覚は気持ちよかった。

 座布団というのがその雰囲気を壊していたが。


「ここでお別れだね水無月。今後は僕から君の方に現れることはほとんどないと思うよ」

「なんでだ?」

「あくまで僕はこの世界で生きるための最低限の案内をする役だからね。これ以上君に関わっていると他のコネクター達に僕が君を気に入っていると思われかねないから」

「そうか。一年間はとりあえずお別れなんだな」

「もちろん困ったことがあったら呼んでもらってかまわい。その時に駆けつけれるかどうかはわからないけど。本当に緊急のことだったら僕の使者を送るからさ」

「ありがとう。そこまでしてくれるなんて」

「それじゃ一年後にまた会おうね」

「ああ、一年後にまた」


 シェイに手を振り別れを告げ学校の校門を通る。


「頑張ってくれよ」


 声が聞こえ、振り向くとシェイの姿はなかった。

 急に現れては消えていく少し変わったやつだ。

 何回かその仕組みを聞いたが教えてくれることはなかった。

 来年になったらもう一度聞いてみるとしようと考える。

 何か気が変わって教えてくれるかもしれない。

 シェイとの思い出を頭に浮かべながら水無月は教室へと足を進める。


       ーーーーーーーーーー


 教室の戸を開ける。中にはすでに十数人の生徒らしき人がいた。

 

「あれ?水無月くんだよね?君も今日からこの学校に通うの?奇遇だね。私もなんだ」


 返事を待たずに次々と話を進めていく。

 黄色い髪を伸ばした元気のある女の子。

 メリッサだ。


「おはよう。メリッサ」

「おはよう。水無月くん」


「ガラガラガラ」


 背後から戸の開く音が聞こえた。


「自分の好きなところに座ってくださーい。新入生への説明会を今から始めまーす」


 若い女性の声。25前後ぐらいに見える。

 優しい声は少し緊張を孕んでいる気がする。

 

「君たちも早く席に着いてくださいね」


 水無月とメリッサはとりあえず席に座ることにした。

 迷わず水無月は窓側の列の一番後ろに座る。

 そして横にメリッサが座った。


「なんで俺の隣に座るんだ?」

「別にいいじゃん。仲良くしようよ」


 知っている人が隣にいるのはありがたいがと感じるが、水無月にとってメリッサの明るさは眩しすぎる。


「自己紹介させてもらいます。今年一年間このクラスを受け持つメートリーです。初担任なので少し緊張していますが、よろしくお願いします」


 やる気の伝わる自己紹介だ。


「まずは、皆さんの自己紹介をお願いします。それでは角の君から」


 そう言ってメートリー先生は俺を指名した。

 自己紹介で初手とかキツすぎる。


「急にどうぞって言われても困るよね。そうだなあ。名前と特技、どこから来たかと意気込みを教えてください」


 型を作られるのはもっとキツい。意気込みとかを組み込まれたらそれを言うしかなくなるからだ。


「初めまして。水無月って言います。泳ぐことが得意です。異世界から来ました。皆さんと仲良くできたらいいなと思っています。よろしくお願いします」


━━上出来ではないだろうか。一番手としての役目としてはこれ以上ないほどザ・普通を出せたのは自分でも褒めたくなる。


「異世界からの方でしたか。他に異世界から来たっていう人はどのくらいいますか。手をあげてくれると嬉しいです」


 先生がそう言うと五人の生徒が手を挙げる。

 このクラスには俺を含め最低でも六人の異世界人がいるようだ。

 

「六人ですか。多いですね。ありがとうございます。手を下ろしてもらってかまいません」


 当たり前のように異世界から来たと言ったのは迂闊だった。最初から敵になるかもしれない人数を把握できたのはよかったが。今後は発言に注意しなければ。


「水無月くん異世界人だったの?わからなかったよ」

「別に隠す気はなかったんだけどね」

「それでは自己紹介の続きを…」


 その後順調に自己紹介は進んでいき、最後の一人となった。

 水無月の席の前に座っている、体型がふくよかな男が自己紹介を始める。


「皆さん初めまして」


 意外と優しい声だ。

 その一言だけでその優しさに包み込まれるような雰囲気を感じ取れる。

 めちゃくちゃいい人な気がする。


「日下部と言います。特技は特にないですね。強いて言うなら食べることが好きです。体型見たらわかると思いますけどね」

 

 さらっと自虐を混ぜ込んでくる。しかし、話している側は特に気にしている様子はないようだ。

 聞いている側も気分の悪くなるような言い方でもない。


「後ろの水無月くんと同じく異世界から来ました。悩みとかあれば相談してください。聞くぐらいならできますので」


 やはり優しい人だ。相談に乗ると言ったことに、信頼できると思わせられる優しさがこもっている。

 

「皆さん、よろしくお願いします」


 日下部だったか。この自己紹介で水無月が唯一覚えることのできた人物だ。


「これで全員の自己紹介が終わりましたね。それではこれから今後の予定とそれが終わり次第授業を始めたいと思います」


 新しい学校生活の始まりだ。

 楽しくやっていけるよう頑張らなければ

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