第6話 高校生だからね、気にしちゃう

「お背中を流しにきました」

 

 聞き覚えのある声。

 水無月は幻聴か何かだと考えるがその考えはすぐに壊れる。


「そちらに行きますね」


 いかに幻聴といってもここまではっきりと二回続くことなんてない。

 つまりこれは現実だ。

 その事実に気づいた水無月の内心は。


━━なぜアルマがここにいる!まずい。いや、まずくないけどまずい。とりあえずなんかまずい。


 なんというか、すごく焦っていた。

 九歳相手に何を焦るのだと思うだろう。

 しかし、水無月にとって女の子に裸を見られることはもちろん、一緒にお風呂に入ることなんて今まで母親ぐらいしか経験がないのだ。

 そんな性に多感な中学生がこの状況で落ち着いていられる方がどうかしているだろう。 

 とりあえず何とかしてアルマを帰そうと頭をフルで回転させるがそれよりも先にアルマが動く。

 

「後ろ失礼します。お背中流しますね」


 すでに水無月の背後に近づいていたアルマは水無月の背へと手を伸ばしている。

 小さなタオルを持ちながら。

 その小さな手が水無月に触れた瞬間。


「あっ」

「変な声ださいでください。恥ずかしいです」


 かわいい女の子に自分の背中を触られているのだ。

 声の一つも出したくなるだろう。


「意外としっかりとした体格なんですね」

「ああ、まあね」


 水無月の肩幅は中学生にしてはしっかりしている方だ。

 バタフライが専門だったので同じぐらいに始めた友達よりも大きい。

 伊達に六年間水泳おやっていただけある。

 何に役立つのかと問われれば何もないと答えるしかないのは悲しいことだが。


「気持ちいいですか?」


 アルマの手つきは慣れたものだ。

 小さな手だと背中に痒いところが出てくるのだが、それをすぐに見つけゴシゴシと掻いてくれる。

 しかし、力加減は強すぎでも弱すぎでもないという絶妙な力加減。

 精一杯頑張っているのが伝わってくるのがまたかわいい。


「とても気持ちいいよ」

「本当ですか。ありがとうございます」


 肩から徐々に下に向けてタオルを運び、その後脇腹あたりにタオルを運んでいく。

 そうしたらもう一度、次は少し強い力で同じルートをなぞる。

 最後に程よい温度のお湯で優しく洗い流してくれる。

 極上と言えるほど気持ちがいい。


「すっごい気持ちよかったよ。ありがとうね」


 遠回しにアルマにお疲れを伝えて風呂場から出ていかせようとさせる水無月。

 だが、返事は予想外のものだった。


「わ、私も一緒に入ってもいいですか?」


 おっと。

 突拍子もないアルマの発言に水無月の頭がパンクする。

 

「だめですかね」


 甘くかわいい声が水無月を襲う。

 そんな声を出されては水無月も否定することができない。

 だが、それよりも気になることが水無月にはある。


━━はだか…なのか?いやだったらどうしたって話だ。法律はないってシェイは言っていた。だから俺が何かやら……違う!そうじゃない!なぜやらかす方向で考える。相手は九歳だ。思い出せ。俺はロリコンではないことを!

 

「どうして一緒に入りたいの?」

 

 とりあえず当たり障りのない質問でアルマの思惑を聞き出そうとする水無月。

 すでにその考えがアルマを意識している何よりの証拠だが本人はそれに気づかない。


「私、水無月さんが初めて中居としてつかせてもらった人で。失礼がないよう色々と聞いておきたいなって思って」


 アルマの真面目な理由に水無月は自分の汚れた考えを反省する。

 数年前までは水無月も純粋無垢な少年だったのだが、いつからか汚れ切ってしまっていた。

 どうやらまだアルマには理由があるようだ。


「それに異世界から来た人もはじめてだったので、その話も聞きたいなと思って。貸し切り状態になるお風呂なら気楽に話してくれるんじゃないかなって」


 発言からして水無月が異世界人であることを知っているのだろう。

 シェイが説明した時にそのことを言っていても別に不思議はない。

 それにこの世界では異世界人はそこまで珍しいものでもなさそうだ。

 絶滅危惧種的な数の少ない存在として見られているのだろう。


━━まあ、そういうことなら尚更断れねえしな。


 水無月はアルマと風呂に入ることを決意する。

 さしあたってすることは。


「小さいタオルでいいから何かないか?」


 水無月の水無月を守ることを優先した。


「さっき使っていたタオルぐらいしか…」

「それでいいよ」


 ここで水無月の勇気が確かめられる。

 アルマからタオルを受け取るために振り向く勇気が。

 深呼吸をして覚悟を決め、アルマの方に振り向く!


「これです」

「ありがとう」


 アルマはバスタオルを体に巻いていた。

 上は鎖骨が見えるところまで上げられており、下は膝より少し上までしかない。着物を着ていてわからなかったが肌は白く少し痩せ気味のようだ。

 アルマの状態を確認できた水無月はホッと安心する。

 そしてタオルを腰に巻き外にある温泉へと向かう。


「どうせなら外のお風呂に入りたいんだけどいいよね?」

「はい。色々お話聞かせてくださいね」


 嬉しそうだ。期待に応えれるような話をしてあげないとな。


      ーーーーーーーーーー

 

 それからしばらくの間水無月アルマに日本で過ごした日々のことを話した。

 あまり充実した学生生活は送っていなかったので基本的に学校の行事についてしか話せなかったがそれでも楽しそうに聞いてくれた。

 意外なことに部活動にすごい興味を示していた。

 水無月は学校があるので部活もあるものだと思っていたのだがどうやらこの世界と元の世界では学校の役割が少し違うらしい。

 俺の所属していた水泳部について話していたら驚いていた。俺の専門だったバタフライに特に反応していた。

 この世界では生身で泳ぐことがほとんどないらしい。簡単な泳ぎぐらいならできる人も多いようだが、競技としては存在していないとのことだ。

 理由としてはほとんどが魔法で解決するから泳ぐ必要がないと言っていた。

 プール自体はあるようなので水無月はいつか行ってみたいなと思いながらその話を聞いていた。


「色々と話してくれてありがとうございます。お先に上がりますね」

「俺はもう少し浸かってようかな」

「夕飯ができるまでには上がってきてくださいね」


 笑顔が可愛い。

 そう言ってアルマは風呂場から出て行った。


「少し柔らかくなったかな」


 さっきの笑顔やちょっとした口調からそんな風に感じる。

 

「今後も仲良くやっていけたらいいな」


 それはそれとて風呂に入ってくるのは今日で最後にしてくれと言っておこうと心に決めた。


      ーーーーーーーーーー


「気持ちよかったなあ」


 いい風呂だった。かなりの長風呂になってしまった。


「ん?」

  

 脱衣所にメッセージカードが置いてある。


『夕食の準備が整いました。

  そのまま来てもらってもかまいませんよ』


 本当に長い間入っていたようだ。


「お風呂長くないですかー」

「すみません。すぐ出ます」


 共有だったのを忘れていた。

 宿から提供された浴衣を着て脱衣所からそそくさと出て行く。


「あれ?水無月くんじゃん」

「メリッサさんか。ごめんね長く入ってて」

「いいよいいよ。それとメリッサでいいよ」

「じゃあねメリッサ」

「じゃあね水無月くん」


 ちらっと見えた口の中に青い色があった。夕飯にもあの汁物を食べたのだろう。水無月は断っておいたので出てくることはないはずだ。


「本日はこちらの部屋になります」


 風呂上がりの水無月を見つけたアルマが案内してくれる。


「料理運んできますね」


 昨日や今日の朝と比べ気分がよさそうだ。水無月もそれを見てうれしくなる。


「こちらは本日の料理のメインとなります。最近討伐された大型牛のステーキになります」


 めちゃくちゃ美味そうな見た目だ。

 肉汁がじゅわーと音を立てている。


「それではごゆっくりどうぞ」


 ステーキと白ごはんとサラダというシンプルだが素晴らしい組み合わせの夕食だ。

 サラダにはドレッシングがかけられている。


「いただきます」


 まずはサラダからだ。さまざまな野菜が入っている。レタスのようなものを口に運ぶ。


「シャキッ」


 食感がいい。みずみずしく新鮮な感じが伝わってくる。ドレッシングも野菜本来の味を邪魔するようなものではなく、程よい酸味がいい感じに舌に刺激を与えてくれる。

 他にもきゅうりやかいわれ大根、玉ねぎに似たものを口に運ぶ。似てはいるのだが、どれも微妙に味が異なる。育った環境からくるものだろうか。

 そんなサラダの中でも一番インパクトのあるものはプチトマトだ。

 口にいれ噛む。その直後弾ける感覚が口の中いっぱいに広がる。痛くはないが驚いて口から溢れそうになった。

 種が弾けているようだ。何かの拍子につぶれた時に少しでも遠くに種を運ぶためだろうか。

 後世に繋いでいこうとする努力がたくましすぎる。


「さて、ステーキをいただくとするか」


 ナイフをステーキにさしていく。よく焼かれた表面とは違い綺麗な赤身がその姿を表す。

 一口サイズに切ったステーキを口の運ぶ。

 

「!?!?」


 言葉が出ない。

 二口、三口とステーキを口に運んでいく。

 四口目になり体が十分な満足感を訴えてくる。

 しかし、目の前の肉を運ぶ手は止まらない。

 

「めっちゃ美味い」


 そんなことを口にした時にはステーキの半分以上がなくなっていた。

 肉の脂は乗りに乗っているにも関わらず全くしつこくない。赤身も舌触りが良く噛むたびに肉の味が滲み出てくる。

 少ししてまた手が動き始める。

 今度はステーキ、ごはん、ステーキ、ごはんと順に口へと運んでいく。

 ステーキとご飯との相性が最高すぎる。

 手は止まることを知らず、体は常に満足感で埋め尽くされる。

 しかし、そんな幸せの時間もあっという間に終わってしまった。


「ごちそうさまでした」


 とてもおいしかった。

 今夜もぐっすりと眠れそうだ。

 そう思い水無月は部屋へ戻ろうと席を立つ。

 そして階段の方へと向かおうとした時。


「水無月さん。夕食どうでしたか?」


 アルマが駆け寄って感想を聞いてきた。


「とても美味しかったよ。特にあのステーキ、肉の厚みがちょうどよかった。あの肉の味を最大限に引き出す素晴らしい厚みの調整だと思うよ」

「本当ですか。喜んでもらえて嬉しいです」


 とても嬉しそうにしている。朝食も一応青いやつをやめてもらえるよう頼む時に感想を伝えたのだがここまでの反応はなかった。


「邪魔してすみません」

「いや、いいんだよ。俺はもう寝るね。おやすみ」

「おやすみなさい」


 とても可愛い笑顔でそう言ってくれた。

 今夜はよく眠れそうだ。


       ーーーーーーーーーー


 それから学校が始まるまでの一ヶ月はとても充実したものだった。シェイと街を散策したりアルマとおしゃべりしたりとずっと楽しい時間が続いた。 

 そして明日からは学校が始まる。

 一応高校生の気分で行くことになるがシェイ曰くそこまで授業水準は高くないらしい。

 まあ勉強するのは嫌いなので簡単であればそれに越したことはないのだが。

 とりあえず新しい友達ができるよう頑張ろうと思う。

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