第5話 年齢は重要

「この宿の説明をさせていただきますね」


 女将の確認に水無月が頷く。

 なるべく視線が下を向かないよう最善の注意を払いながら。


「この宿では一人のお客様につき一人の中居がつくことになっています。ただ、今人数不足でございまして、フロント係だったアルマを急遽中居として水無月様の担当にさせていただいております」


 新しい中居が入ったら交代致しますと女将は水無月に提案したが、水無月はその提案を断った。

 自分よりも年上の人だと接しにくいからと思ったのだが、女将はまあと口を押さえて驚いていた。

 水無月はその反応が気になったがその答えはすぐに返ってきた。


「水無月様は他の中居を見かけになりましたか?」

「それ気になってたんですよね。全く姿を見なくて。自分以外の客がいないんじゃないかなって思うぐらい」

「それには理由があるのです」


 なんとなく正座をしていた水無月だがここでしんどくなりあぐらをかく。

 それを女将が見届け、話を再開する。


「我が宿では中居がその人の身の回りのあらゆる世話をすることになっているのです」


 何かを察した水無月だが疑念が確信に変わるまで口を開かないようにする。


「その中には下の世話なども含まれていまして。中には肉体関係をもったりすることも珍しくありません。そんなわけで、中居の方が自分の担当のお客様に姿を現すことはないのです。気まずくなりますから」


 さて、水無月の予感が当たったわけだが問題はさっきのことである。

 知らなかったとはいえ、水無月は今後も中居はアルマでいいと言ったのだ。

 見た目年齢八歳から九歳の女の子であるアルマを。

 それを思えば先の女将の反応も頷ける。

 女将から見れば水無月はただの変態なのだから。

 水無月の考えは大きく軌道をそれ後悔の海へと沈んでいくこととなった。


「お風呂やお手洗いは共同となっておりますのでご理解いただくようお願いします。ですがご安心ください。使用した前と後の掃除は担当の中居が行っておりますので」


 何を安心しろというのか。

 水無月にとっては小さな女の子に常に見張られているようなものなのだから微塵の油断も許されなくなっただけだ。

 とりあえずトイレは今後から座ってしようと決意した。


「…はは、それはどうも」


 水無月は元気のない声で一応返事をしておく。


「面識はもうあると思いますが、担当の中居の紹介をさせていただきます。アルマ!入ってきなさい」

 

 女将さんの威勢のいい声を聞きアルマが部屋の中へとないってくる。

 そのまま女将の横、少し後ろに正座をする。

 その背は綺麗に伸びている。


「この宿に滞在している間水無月様のお世話をさせていただきます。アルマと申します。精一杯頑張らさせていただきます」

「まだ幼いもので問題を起こすこともあるかもしれませんが、その際は私に申し付けていただければと思います」

「よろしくお願いします」


  アルマの挨拶と女将の話を聞き水無月も改めてアルマに対して挨拶をする。

 その時はしっかりと正座に直った。


「アルマ、あなたはお部屋を整えてきなさい」

「かしこまりました」


 女将の指示に従いアルマが部屋を出て行った。


「説明はこれで終わりです。何か気になることがあれば今ここでお答えいたします」

「いくつか質問させていただきますね。まず、俺がここに滞在している間のお金のことなんですが」

「その点に関しては問題ありません。この一年間は滞在するにあたっての必要な費用はプロー・シェイ様から預からさせております」


 かなりの援助をしていてもらったことが発覚する。

 後で感謝しないといけないなと水無月に思わせるほどだ。


「そうですか。他にも気になることがあるのですが、部屋にあったもので使い方のわからないものがいくつかあるのですが」

「その都度アルマに聞いていただければと思います」

「一番重要な質問なんですが…」

「はい。なんでございましょう」


 妙な緊張感が二人の間に走る。


「アルマの年齢はいくつですか?」

「今年で九になります」


━━九歳か…九歳か……しかもお願いすれば何でもしてくれるという…

━━落ち着け水無月!相手は九歳だ。しかも俺は彼女持ち。さらに俺はロリコンではない!そうだろ?持ち堪えるんだ水無月。そうだ、その調子で一発深呼吸かましとけ。


 大きく深呼吸をする。

 水無月の心も落ち着いたようだ。

 その目は悟りを開いたかの如く落ち着いている。


「優しくしてあげてくださいね」

「大丈夫です。僕彼女いたので」

「あらあら、一人称が僕になっていますよ。まだあの子は小さいですから。優しくしてあげてくださいね」


 残念ながら煩悩というものは簡単には消えない。

 それを女将に見透かされていたとわかり、水無月は顔を赤くする。

 なんであれアルマには部屋に入るときは必ずノックしてくれと伝えておこうと心に決める。


「質問はもうよろしいですか」

「はい。いろいろとお答えいただきありがとうございます」

「いえ、お気になさらず。それではゆっくりお過ごし下さい」


      ――――――――――


 部屋に戻るとベッドが綺麗に整えられていた。

 ベッドに染み付いていた自分の香りも消えて昨日の寝る前の状態に戻っていた。

 その事実に水無月は猛烈に感心する。


「すげえな。あんな短時間でここまでできるとは…中居の人たちはみんなこうなのか?」


 ふとここでメリッサのことを思い出す。

 メリッサにも中居がついているはずだが果たして男性と女性どちらの中居がついているのだろうか。

 それに気づいた水無月は頭の中で妄想を広げる。

 百合も全然いける水無月にとってはどちらの組み合わせも特にしかならない。

 妄想も加速し、危険思想に至るレベルまで広がりそうになる。

 が、外から聞こえるアルマの声に気づき水無月の妄想は塵一つ残らず消えていった。

 そもそも妄想に残るものなんてないのだが。


「水無月様、プロー・シェイ様が外でお待ちしております」

「りょーかい。そのまま少し部屋に入ってきてくれる?アルマちゃん」

「何か御用でしょうか」

「大したようじゃないんだけどね。俺アルマちゃんに様付けで呼ばれるのがなんかこうむず痒いんだよ。だから別の呼び方にしてくれないかなあって

「かしこまりました。では、水無月おにぃ…」


 おや?


「いえ、でしたら水無月さんと呼ばせていただきます」

「ああ、うん。それでいいよ」


 一瞬何か言いかけた気がするが水無月は自分に気のせいだと言い聞かせる。


「それじゃ、シェイのところに行ってくるね」

「いってっらしゃいませ」


      ――――――――――


「やあ、水無月君」


 昨日と違い少し距離感が空いた気がする。

 どうやら水無月は昨日のことをさっぱりと忘れているようだ。

 昨日の今日だというのになんと使えない記憶力か。

 そんな記憶力での記憶を全力で遡る水無月。

 なんとか思い出したようだ。


「よっ、ようシェイ」


 昨日のことをなくせるような完璧な挨拶をしようと試みたが、普通に失敗した。

 悲しいかな。思ったことと口に出ることが異なることがコミュ症の性なのである。


「今から学校に行くからついてきてね」


 そう言うやいなやシェイはすぐに歩き始めた。気まずいので水無月は少し後ろをついていく。

 しばらく無言の状態が続いたが水無月が勇気を振り絞り会話を試みる。


「なあ、シェイ。昨日のことはすまん。俺のコミュ力のせいで変な空気にしてしまったのは反省してる」

「僕もごめんね。まさかあそこで無言を貫いてくるとは思わなくて。変なフリをふった僕のせいだったのに君に責任感を感じさせてしまって。僕の責任なのに」

「ああ、いいんだよ。俺も上手い返しができなかったんだし。それよりもみたことのないものがいっぱいあるんだ。学校に着くまでいろいろ教えてくれよ」

「ああ、もちろんさ」


 それからどのくらい経ったのだろうか。最初の方は説明ばかりだったが、途中から談笑できるほどには仲がよくなった。

 気づいたころには学校の校門だと思われる場所に着いていた。

 校門には誰かが立っている。

 少し白髪が目立つ老人とまではいかない男性。


「あれがこの学校の校長だよ」


 わざわざ校門まで迎えに来てくれたようだ。


「あなたが水無月さんですね」

「はい。よろしくお願いします」


 それから校長室まで行き今後の説明を受けた。

 学校は今日からちょうど一ヶ月後に始まる。

 授業は前半半年は午前と午後、後半半年は午前中のみと少し変わった時間割だった。

 少なくとも水無月が通っていた小学校や中学校は一年通して午前と午後に授業があった。

 必要なものは後日宿の方に届けてくれるらしい。


「いやあ、説明あっさり終わったね」

「予想以上に学校に行き始めるまでの時間があってすごく暇なことが判明したんだが」

「僕も水無月と一緒にこの街を散策していろいろ教えてあげたいんだけどね。忙しいからそんなに時間がてれないんだよ。ごめんね。でも、なるべく時間ができた時は水無月と一緒にどこかに行こうと思ってるから」

「そうしてくれるとうれしいよ」

「今日はどうする?時間はまだまだあるけど」

「もう少し街の様子を見ていきたいな」

「いいよ。今日は僕も一日中暇だからね」


 水無月とシェイは日が沈むまで街をぶらぶらと散歩していた。

 途中で腹が減り屋台へと寄ったのだがその店で売っている肉が少し変わったものだった。

 変わったものというか、めっちゃでかいバッタの丸焼きだった。

 水無月の肘までの長さはあったと思う。

 味は筋肉質な身が淡白で脂もあまり乗ってなかったので丸一匹食べることができた。

 食べた後に水無月は自分自身がこれを食べたのかと疑っていたが美味しかったので気にしないことにした。

 

       ーーーーーーーーーーー


「困ったことがあったらいつでも呼んでね。なるべく駆けつけるようにするから」

「心強いぜ。ありがとうな」


 水無月はシェイに別れの挨拶を済ませて自分の部屋へと戻った。

 冬のような寒さだったと言っても一日中歩けば汗もかく。

 暇だったので空腹と汗の鬱陶しさを感じながら和室でゴロゴロしていたのだが、自分の部屋のドアを誰かがノックしていることに気づく。


「お風呂の準備ができております。先にお入りになりますか」

「そういうこともできるんだ!ちょうど汗が鬱陶しいなと思ってたんだよ。お風呂まで案内してくれる?」

「かしこまりました」

「ちょっと待ってね。すぐ準備するから」


 着替えは持ってないのでクローゼットから浴衣を取り出す。

 それと同時にクローゼットの下に置かれていた大きめのタオルと小さめのタオルを持ち部屋の外へと出る。


       ーーーーーーーーーーー


 アルマの案内のもと、風呂場に来たのだがその広さに驚く。

 水無月の近所にあった銭湯よりも一回りぐらい大きい。

 さらに外には温泉もついているようだ。

 湯に浸かる楽しみを抑えまずは体を洗うためシャワーを浴びる。


「〜♪〜〜♪」


 水無月が気持ちよく鼻歌をしながら頭を洗っていると背後から戸が開く音がした。

 他の客だろうか。

 だが目を瞑っているので誰がいるのか確認できない。

 誰だっていいかと思いながら頭を洗うことに集中する。

 しかし相手の声を聞き、その手は止まった。


「お背中を流しに来ました」

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