第2話 選ばれしものってわけではないらしい

水無月の意識が覚醒する。

 胸の痛みはなく、息苦しさも残っていない。

 声が出るかの確認もするが問題なく出せる。

 水無月は自分の身の状態を軽く確認し、あたりを見回す。

 真っ白な空間。

 視界に広がるのはどこまでも続いてるかのように思われる地平線。

 いや、上も下もわからない感覚に囚われているため、地平線という表現は微妙にあっていないかもしれない。

 立ち上がってみるが地に足をつけている感覚はない。かといって浮遊感があるわけでもない。

 そんな不思議な空間に一人の少年の声が響く。

 

「やっと目を覚ましたね」


 水無月の背後からする声。振り向くと先ほどまで何もなかったはずの空間に少年の姿があった。

 少年は起きた水無月に優しい目を向ける。

 水無月が何かを問うと少し体を前に出すがそれより先に少年が口を開く。


「僕の名前はプロー・シェイ。世界を繋ぐ『コネクター』の一人。シェイって呼んでくれると嬉しいね」


 水無月に対して自己紹介を行うシェイ。

 シェイの言ったコネクターという言葉に水無月は興味を示すがシェイはそのまま話を続ける。


「さて、君を連れてきた理由だけど……その前に君のこと教えてもらっていい?僕も名前で呼びたいし」

「あ、ああ。俺の名前は水無月。名前呼びは慣れてないから苗字だけで許してくれ。受験を控えていた中学生だ。助けてくれてありがとう」

「それに関しては気にしなくていいんだよ。連れてくる前に伝えた通り僕も純粋な善意で水無月を助けたわけじゃないんだから」


 水無月の感謝の言葉にシェイは少し照れ臭そうにしている。

 その様子を無視して、水無月は座り込み考え事を始める。

 その眼差しは真剣さを感じ取れる。

 だがシェイは気にせず水無月に話しかける。


「それで、水無月が元の世界に戻りたいってお願いだけど…」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺一度もシェイにそのこと言ってないよな」


 今まさに水無月が考えていたことを口にしたシェイ。

 その事実に水無月は動揺を隠せない。

 しかしシェイはキョトンとした顔をしている。

 まるで、知っていて当たり前だと言いたげな顔で。


「僕はなんでも見れるからね。水無月の考えていることなんてお見通しだよ」


 おどけた調子で言うシェイ。

 その調子に水無月の動揺がおさまる。

 

「どうして元の世界に戻りたいかまではわからないけどね。でも今までの水無月の人生を見ててもよかったことなんてほとんどないように思えるけど」


 水無月の人生を見てきたかのように語るシェイ。

 そんなことありえないのだが、自信を持ったシェイの声に水無月も否定をすることはない。

 いいことがなかったのは水無月自身が一番よくわかっているから。

 だが、一切なかったわけではない。

 その理由を、思い出しながらシェイに語り始める。


「俺、彼女がいるんだよ。元の世界に」

「自慢かい?」


 少しイラついた様子のシェイ。

 それを華麗にスルーして水無月は続ける。


「その子に伝えたいことがあるんだよ。好きだって言ってくれたその子に。俺のことを救ってくれたその子に」

「その子から随分とモテたようだね」


 退屈そうな声でシェイが突っ込むが水無月はまたも華麗にスルーし続ける。

 

「それに、約束されたんだよ。俺をもうこれ以上不幸にさせないって。流石に俺も何言ってるんだろうって思ったんだけどな。でもその子にはその子なりの理由があるって言われて、まあ教えてくれなかったんだけど。それで、俺もその子に、彼女に伝えたいことがあるんだよ。でも伝えることができなかった。だから、もう一度だけでもいい。彼女に会って伝えたいんだよ」


 最後には熱のこもった声でシェイに訴えかける水無月。

 流石のシェイもその様子にドン引き…することはなく、涙を流しながら水無月の訴えに強く頷く。

 どうやら感動してしまったようだ。

 ポケットからハンカチを取り出し涙を拭いている。


「僕、そういう話大好きだよ」

「じゃあ、元の世界に帰してくれるのか?」

「それとこれとは別のは・な・し」


 あっさりと感情を切り替えたシェイ。

 指を、話すリズムに合わせながら動かすシェイに水無月は殴りかかりたくなるが、抑える。

 

「今後の話をしようか。水無月も早く彼女に会いたいだろうし」


 嫌味を加えたつもりのシェイだったが水無月は全く気にしていない。

 その様子をシェイは横目で窺うが、不発だったことに肩を落とす。

 がっかりとした調子のまま話を続ける。


「水無月にして欲しいことはただ一つ。今この世界を荒らしている異世界人をどうにかしてほしい。どう?」

「いや、どうと聞かれても。俺にどうしろと」


 最後に何故か胸を張るシェイ。

 結構簡単なことでしょと言いたいのだろうか。

 しかし、中身のない提案に水無月は何をすればいいかわからない。


「まあ、急にそう言われても困るよね。ゆっくりと事情を話そうじゃないか」

「じゃあ順番変えろよ」

「そう怒るでない。ハゲるよ?」


 茶化した雰囲気のシェイに水無月も苛立ちを抑えられなくなってくる。

 腕を組み指をトントンとしている。

 水無月の苛立ちを察したシェイも真面目な顔つきになり話し始める。


「最近僕以外のコネクターが私利私欲のために異世界人を連れてくるようになってね。別にそれ自体は僕も見逃してはいるんだけど。問題はここから。連れてきた異世界人に何も教えずに僕たちの世界に放り込むんだよね。そのせいで異世界人の人たちが誤って魔族の人たちを傷つけたり、最悪殺しちゃったりしてるんだよね」


 ため息を吐くシェイ。

 その様子からは今までさまざまな苦労をしてきたことが窺える。

 そのシェイに水無月は同情する。


「それはお疲れだな。でも、魔族だったら別に問題ないんじゃないか?」

「ほんと、疲れちゃうよ。どれだけ僕が異世界人の教育をしたと思ってるのさ。他のコネクターたちももう少し考えて行動して欲しいね。というかもう異世界人はいらないって言ってるのに…………」


 水無月の質問を無視して愚痴をこぼし始めたシェイ。

 声は段々小さくなっていき、その目からは徐々に光が失われていく。

 そのどんよりとした空気を醸し出すシェイに水無月も下手に口を出せない。


「……でなんだっけ。魔族がどうのこうのだっけ?」

「お、おう。魔族なら別に問題ないんじゃないかって話」


 急に元に戻ったシェイに少し怯える水無月。

 その豹変ぶりに先ほどまで目の前にいたのが別の誰かだったのではと思わされる。


「この世界、エルアーデって言うんだけど。あれ?言ったっけ?」

「いや、初耳だ」

「じゃあ改めて説明するよ。この世界はエルアーデと呼ばれていてね。エルアーデには七つの国があるんだ。その一つに魔族の国があるんだよね。魔族と呼ばれる種族は高い知能を持ってるんだよ。そして、それとは別に魔獣っていうのもいるんだ」

「魔獣と魔族の違いってなんなんだ?」

「魔族の知能はそこまで高くない。言語を喋ることもできないかな。あとは…魔法が使えないことぐらいだね。逆に魔族は魔法を使うことができる。それに言語も扱えるよ」


 魔法という言葉に心を弾ませる水無月。

 まだ中学生の水無月にとって魔法というファンタジー要素は強く憧れるものなのだろう。


「ただ、魔獣は魔法を使える種族に強く惹かれるんだよ。逆に魔法に惹かれない生き物もいるんだよね。こういう生き物たちはどの種族にも含まれていないんだよ」

「魔族っていうのはどんな姿なんだ?」

「それは種族によって変わるからな〜。まあこの辺は学校でやるんじゃない?」

「学校?」

「そう学校。そこで一年間この世界のことについて学んできてもらうよ。めんどくさいとか思わないでくれよ」


 異世界に来ても学校かよ内心思った水無月の心を見透かすようにシェイが言う。

 内心を当てられたことを露骨に顔に出す水無月にシェイも嬉しそうな顔をする。

 当てることができて嬉しかったのだろう。


「そこでこの世界を肌で感じてきてくれ。僕のお願いのことは学校の終わる一年後にまた聞くからそれまでゆっくり考えてくれるといいよ」

「俺まだ乗り気じゃないんだけど。なんかもっとそそられるキャッチコピーみたいなものないの?」

「急に面倒なこと言ってくるね!びっくりだよ」


 本当に急な水無月の言葉にシェイは驚いた顔を見せる。

 水無月と会ってから一番大きな反応ではないだろうか。

 が、すぐに気を取り直しこほんと一つ咳をする。


「これから水無月が向かうのは魔法あり冒険ありのファンタジー世界。ケモミミっこや単眼娘などの人間のようで人間でない存在や、スライムっ子や獣人などの人間とは全く違う女の子たちがたくさんいる世界」

「ちょっと待て。俺別に女の子目的で行くわけじゃないんだけど」

「そうなの?ちなみに法律はないから年齢も気にしなくていいよ?」

「別に年下に興味はねえよ」

「僕年下なんて一言も言ってないけど…まあいいや」

「ちがっ…」

「さて気を取り直しまして」


 水無月の抵抗も虚しく、シェイは強引に続ける。


「ドラゴンやペガサスはもちろん。空想上の生き物たちなんて当たり前。もっと摩訶不思議な生き物だって存在する。そんな生き物にさわれたり乗ったりすることだってできる!自分に目覚める魔法、努力で培う剣の才能、想像力があればなんだってできる!そんなファンタジー世界。いかがですか?」

「結構悪くないと思う。俺が単純なだけなのかもしれないが。だいぶ興味湧いた。ドラゴン見てみたいし」

「そんなワクワクすることなんてそうそうないけどね。大抵は痛いことや苦しいことばっかだよ」

「なんかもう最悪だよ。急に行きたくなくなったよ」

「まあここに来てる時点で行くのは確定してるんだけどね」


 逃げられないことを再確認され目にみえるように落ち込む水無月。

 それとは逆に、シェイはさっきのでテンションが上がったのか随分と楽しそうにしている。


「さて、異世界と言えば〜〜?」

「特別な能力とか特別なアイテムだな!それともあれか?ステータスがカンストしてるとかそんなんか?」

「ステータス?」

「ほら、なんかこう指を動かしたら画面みたいなのが出てきて自分の能力が確認できるみたいなやつ」

「何言ってるんだい水無月。そんなもの現実世界にあるわけないだろ」

「えっ」

「だって君たちの世界だってその画面ってやつを実際に見ることなんてできないだろ?」

「まあ、そうだが」

 

 シェイのセリフと表情から雲行きが怪しくなってきたことを察する水無月。

 期待していた頼りになるものがない可能性が高くなり途端に不安になる。


「それと一緒で僕たちの世界もそんなものはないよ。それと特別なアイテムだとかだけど…」


 少しだけためを作るシェイに水無月の期待が膨らむ。

 その期待に満ちた目をシェイに向けながら続きの言葉を待つ。


「生憎僕はそういうのを作るのが苦手でね。僕以外のコネクターは作ったりどこかで仕入れたりしてるらしいけど僕は何にもないや」


 その言葉を聞き水無月は膝から崩れ落ちる。


「じゃあ異世界と言えば〜〜ってなんだったんだよ」

「それは異世界言語についてだよ」

「なんだ?もしかして俺、読めないのか?」

「それは安心していい。先人たちの努力によりこの世界の公用語はニホン語となっている」


 コミュニケーションは取れるようだ。

 それだけで今の水無月に生きる活力を与える。


「そろそろこんなところも飽きてきただろう?伝えたいことは伝えたし、行くとしようか」


 シェイが水無月の腕を掴む。

 その直後、どこから白く輝く光が二人を包み込む。

 その眩しさに水無月は目を瞑った。


「目開けて大丈夫だよ」


 シェイの言葉を信じて水無月は目を徐々に開けていく。

 視界に映るのは暗い街並み。

 時間は夜のようだ。

 まだ目が慣れない。

 まぶたを閉じて目を擦り再度目を開ける。

 その視界に映ったのは、江戸の街並み。

 教科書で見たような江戸の街並みが広がっていた。

 多少道などは現代風に整備されているが建物の形などはほとんど変わらない。

 水無月は中世ヨーロッパの街並みを想像していたので、予想外の景色が広がっていることに驚きを隠せない。

 

「そんなに驚いてくれるなんてうれしいよ。この国は僕も好きだからね」


 そんなことを言いながら月光に照らされる街並みを再度確認する。きれいにライトアップされている光景はまさに幻想的。


「愛を掲げる国『旭昇天』この国はそう呼ばれている。さて、夜も遅いし宿に向かおうか。この世界に慣れるまでは僕も一緒に行動するよ」


 こうして水無月の異世界生活は始まった。


 

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