プライドの保ち方

 振り返ってみるとなんと島津江ではないか。


「どうした?」

「ちょっと来なさい」

島津江は振り返って歩きだす。横を見ると望月と伊藤が楽しそうに喋っている。

仕方ない、ついて行ってやるか。と上から目線でついていく。

こうやってプライドを保っているのだ。かなりお勧めの保ち方である。

皆さんにはこれを推薦したい。……とてもしょうもないな。


島津江について行くと大水槽の端、椅子が少し置いてある所で立ち止まった。

ここからは伊藤と望月の背中を見ることになる。

そして声を潜めれば聞こえないくらいの距離ではあるようだ。

島津江はそこに座ると。

横でぼーっと立っていた俺に、ぽんぽんと椅子を叩いて横に座るように促す。


「なんだよ」

俺は若干機嫌が悪いような声を出して、横に座る。ふわっと甘い匂いがした。

うえ、こいつなんか振ってやがんな。俺は香料が嫌いだ。

とはいうものの、変な匂いがするよりはよっぽどましなのだろうし、特に女子同士の付き合いでも匂いは大事なのだろうな。俺はそんなことは気にしない。

妹に「うわっ臭っ」と言われても気にしていない。

しかし、臭いのは大体言動であるのだが。言葉の消臭剤が欲しい。


「私ね、同級生と水族館に来たの初めてなの」

「遠足とかで来ただろ」

小学生は近くの公共施設を回るのが基本である。

「来てないわ。私、私立の学校通ってたから。お嬢様学校だったの。地元なんか回らないわ」

島津江は自慢げに話す。


「いや、お嬢様学校だから来ないというのはさ、違うとは思うけれど。それでも来てないということは伝わったよ。そしてその自慢げな顔は何なんだよ」

「あなたみたいな庶民とは違うということよ」

「もともと一緒だと思ってないんだよなぁ」

「そう……」

島津江は残念そうだった。はぁ、良くわからん。


「まぁ、それでね、私は別に同級生に限らず人と何処かに行くことなんてなかったから……。そういえば小竹島先生とラーメン食べにいったわね」

島津江は顎に手を当て少し考えこむ。

そりゃ先生とラーメン食いにいった経験しかないものな。

人生考えなおしちゃうよな。


「ていうか先生とラーメン食べに行けるものなのか。今度誘おうか」

「あなた先生とそんなに仲良かったの?」

俺は少し考えてから

「いや、あの先生なら結構付き合ってくれそうだが。酒を飲みながら愚痴でもこぼすのではないのだろうか」

「そんなにほいほい付き合ってくれるかは別として、愚痴を聞かされるのは正解ね」

「ほう、聞かされたか?」

島津江は頭を抱えて

「えぇ、お酒を飲みながら泣いたり怒ったり。抱き着いてきたら酒臭いし……」

「まじで!抱き着いてくれるのか」

「声に出てるわよ」

「これは失敬」

「気持ち悪いわね。まぁ、さすがの先生も男性には抱き着かないでしょう」

さすがて。普通に抱き着かんだろう。

そもそも教師が生徒を酒盛りに付き合わせるなんてとんだ奴だな。


「いやさぁ、お前もどうなのよ。先生に付き合わされて辛くないのか?俺なら泣くぜ?」

しかしあれだな。想像したらえぐいな。

酒飲みながら泣いてる教師とその横で酒を飲んでもいないのに泣いてる生徒。

もはやホラーである。

「私はいいのよ。先生とは仲良いし、それくらいは許容してあげないとね」

「ほえー」

そんなのを許容しなければいけないのが友達としたら俺友達いらないな。

面倒くさいことこの上なしである。

「先生の話は良いとして。……水族館っていいわね」

「だよな。こうやって籠の中にいる生物を安全な場所で眺めるというのは良いものがあるよな」

島津江はうんざりしたようで

「はぁ、あなたって人生相当損してるわね」

と溜息交じりに言う。

俺は自嘲気味に

「損してなけりゃ今頃俺はもっと輝いてるよ」

「そう?今でもあなたは鈍く輝いているわ」

「それは輝かない方がいいのでは?」

「どうかしらね」

どうなんだろうか。元々輝ければ良いってものでもないだろうし。


「今日、此処に来て良かったわね」

「そうなのかね」

「少なくともこれで社会見学の心配はなさそうだし、皆仲良くなったでしょうし――」

「まぁ確かに、当初の目的は達成されたかもな。じゃあこれで今回は解決か?」

「そうね。だから任務の終了を言い渡しにあなたを呼んだの」

島津江は微笑んで

「お疲れ様。あなたもやれば友達作れるじゃない」

俺は急に微笑んだ島津江に若干どぎまぎしながら

「いや、まぁ、それはそうだな。いや、別に、友達は出来ていないが」

「そうなの?」

と顔を覗き込んでくる。

「え、いや、そんなこともないというか……」

「どっちなのよ……」

くそ、急に顔近づけやがって。綺麗だから困る。


「ま、とにかく俺もこれで気を張らなくて良いということだな」

「そうね……」

そう島津江が言った後、俺達は黙って水槽を見つめていた。

ふと、横を見ると思わず見とれてしまった。

とはいえ、ずっと見ている訳にもいかず、もう一度俺は水槽に目を戻す。


う~ん。

ハリセンボンの方が可愛い。

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