大水槽
「マグロ?」
いや、マグロではないだろ。
「あ、マグロじゃん」
「まじ?」
「うっそ」
まじかよ。
「うっそ~」
と当坂。
「嘘なのかよ……」
ここまできたらむしろマグロであって欲しかった。
願望なんてのは大抵の場合叶わないけれども、マグロ位俺に見せてくれたって撥は当たらないだろう。
「そんなにマグロが見たかったの?じゃあお寿司屋さんいこっか」
慰めているつもりなのか当坂は頭を撫でながら言ってくる。
「当坂さんはひどいことを言うのね」
島津江が俺の気持ちを代弁する。泣きそう。
「え、それってどういう?」
「分からないのね。それも良いと思うわ」
島津江は遠い目をする。その先にはマグロでもいるのだろうか。はたまた寿司か。
あいつは意外と食い意地を張るのかも知れないけれど、やっぱり見た感じはそんな風には見えない。
「マグロはさ、やっぱり食べてなんぼだと思うんだよ」
こちらは先程から食欲全開の望月。腕を組み神妙な顔をしている。
考え込む姿も格好いい。
「ほう。そうかね。いやさ、鉄火巻き好きだけれども」
俺も望月に習って腕を組んでみる。う~ん。
格好から入ってみたところで食い意地なんてものは張れないけれど、寿司の話位は出来るようにはなるようだ。
「鉄火巻きかぁ、、、マグロでそうなる?」
「そうだな。やっぱりマグロは鉄火巻きだろ」
「その結論に辿り着くのは本当にまれだと思う。けれどもそれと同時に、やっぱり独自性、多様性は認めるべきだと思うから否定はしないよ。否定は」
「そ、そうか……」
なんなんだ急に。本当に望月のテンションが分からない。
「ていうか何に対する否定だよ」
「甘南備君。それは言葉のあやと言うものだよ」
「お前なんでも言葉のあやって言えばなんとかなるって思ってそうだな」
俺は組んでいた腕を解いて、望月から水槽に目を移す。
回遊魚的な魚がぐるぐる回っている。
そのまま目で追って目の動きを回遊魚に委ねる。
と言ってもただぐるぐる回っているものを見ているだけなのだから、委ねるほどの視線でもないかも知れないが。
「僕はさぁ、普通にトロマグロが好きだね。鉄火巻きなんてあんまり食べないな。勿論、海苔は香り高くてそれはそれで美味しいけれども、自分はしっかりマグロを味わいたいからね」
伊藤が割って入ってくる。
今になって思うがなんで俺はこんなイケメン二人と話しているのだろうか。
「そういえば俺は海苔が好きなのかも知れないな。おにぎり好きだし」
「あんまりおにぎり好きを海苔好きと換算したりはしないけれどねー。でもまぁ、鉄火巻きも同じだし、甘南備君に関しては常識が通用しないからね」
そうだな。常識は壊す物だしな。
「そういってるお前も常識ないけどな」
「え?」
「え?」
沈黙。自覚なかったのかよ……。
まぁでも世の中割と”お前変人だよ”って言ったら”え?”って大体言うよな。
ほとんど試したことはないけれど。それでも俺は確信している。
世の中の人のほとんどが”俺は普通の人だ!”と思っていると信じている。
考えればそれはそうで、逆に”俺は変人だぜ!”とか言う奴いないものな。
とんだ変人だ。俺のことかな?
「とにかく、伊藤君が変人ということは置いておいて……」
と望月。
「僕はさぁ、サーモンが好きなんだぁ」
「いるなぁ。そういう奴最近多いよなぁ。昔は寿司屋になかったのにな」
「いつの話かな?」
伊藤は少なくとも現代ではないという事は分かっているようだ。
「江戸時代でしょ?サーモン東京湾で取れないし。北海道だし」
望月は知っているようだ。
「いや、俺も良くは知らないけどな」
「僕もね」
皆知らなかった。ていうか望月は適当言ってたのか?
「ちょっと」
つんつんと肩をつつかれる。
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