水族館へ

 声の主の方を見てみると、それは望月だった。

「あ」

声を失いこそはしなかったが(あって言ったし)、息を飲んだ。

どっちかというと、唾を飲み込んだのかもしれないが。

「遅いよ~」

と半笑いになって話す伊藤を横目で睨みながら考える。


怒れなかったじゃん。


あれだけ気合いれたのになぁ。あまりにも望月が可愛いからな。

怒る気を無くしちまったぜ。


私服の望月は別に可愛い系の服を着ている訳ではなくて、上下黒でかっこよく決めている。

まだ、初夏と言ってももういい感じに夏が見えてきている。

音くらいはもう聞こえてきているのではないだろうか。暑くはないのだろうか。

まぁ、かっこいいと言えばいいのか。

いつも、可愛いとしか言ってなかったからなぁ。うん。

よくよく考えてみるとかっこいい。


しかし、これではなんだか結構悔しいので


「遅すぎるだろ。俺なんかここでもう一回寝たぞ」

「寝たの?!」

「いや、寝てなかったでしょ」


そしてラッシュ到来である。

「ごめ~ん」

「ごめんなさい」


そうやって来たのは勿論当坂と島津江である。

「おせぇだろうが!」

俺は怒っていた。半分冗談だったが(冗談ではないが)、二人は申し訳なさそうに

「ごめんなさい」

と声をそろえて謝る。

おお、二人が頭を下げて謝るのは見ていて気分が良い。

待った甲斐があったっものだ。


「そんなに怒らなくても……」

伊藤がなだめる。

「いや、お前も遅れたからね?俺以外全員遅れてるからね?俺別に真面目キャラじゃないからな。遅れる担当は俺と当坂って相場が決まってるんだ」


「確かに」

島津江は納得する。

「納得しないでよ!」

当坂は島津江に抗議をしていたが、効き目はなかったようで

「いや、そうかもしてないけれどぉ」と文句を言っていた。


ちょっとわちゃわちゃしたあと、俺はそれを眺めていただけであったが、島津江は

「皆静かに」

と言う。

別にそんなこと言わなくても皆聞いてるだろ。

そう思ったが、そういやこいつはこういう奴だな。何かと形式ばった奴だ。

そして、自分が一番上じゃないとやっていけない。

島津江は遅れてきたくせに偉そうに

「では、そろそろ行きましょう。忘れ物はないですか?」

「携帯」

「え、じゃあ取りに帰らなきゃ」

と当坂は言う。

「いや、大丈夫。別にいらないから」

俺は首を振る。

「いらないことはないでしょう?連絡に使うのでは」

島津江はそういって首を傾げた。

「いや、別に連絡もしないし」

「じゃあなんで忘れたって言ったのよ」

至極当然の返しを島津江はする。

「いや、忘れたのは事実だし。あって嬉しい。なくても別にいい。そんなものない?」

「それはわかるわ。友達とかね」

ふっと島津江は笑う。

「そんなことはないでしょ」

望月は不思議なものを見るような目でこっちを見ている。

髪をいじっているその姿は思わず写真に撮りたくなるようであった。

まぁ、撮らないんですけどね。


「で、どこ行く?」

良い感じに混ざって来る伊藤。本当器用だなこいつ。

リズム良く入って来る伊藤にはさほど会話に割って入った感じはない。

俺なんかが入ったらぶつ切りである。成長してないなぁ。

そして何処に行くのだろう。

結局ひと悶着あって行き先は当日決めようとなった訳だが。

社会見学の予行練習なのだから、本当の所は社会見学に行くような所に行くのが良いのだろうか。


「水族館に行きましょう」

「乗った」

俺はすぐに返事をした。食い気味に言った俺に島津江は少し驚いた様だ。

乗った理由は簡単だ。無料だからだ。

ここらにある水族館なんて自治体運営の所しかないから、高校生までは無料なのだった。

てっきり出かけるから二千円くらい使うものだろうと覚悟していたのだが。

ラッキーだ。水族館なんて無限に一人で水槽見ていられるもんな。

気まずかったらそうすればいいし。


「水族館好きなの?」

望月が言う。


「おお、そりゃな。文句ある奴いるか?」

居なかったので

「よし、じゃあ――」

「じゃあ、行きましょうか」

島津江が割って入って来た。


仕切りたがりが。


距離的には歩いて行ける距離ではあるのだが、如何せん三十分ほどかかってしまうので歩きたくない。


「いやでも、水族館なんて僕は行かなくなって久しいなぁ。何年ぶりだろう」

望月は指折り指折りポキポキ数える。


「ふ~ん、僕は初めてだなぁ」

と伊藤。

「意外だね。てっきり行ったことがあるかと思ってた」

当坂は笑顔で言う。

「そうかい?でも何でだろうね。そんなに遠くもないのに」


水族館なんて別に行かなくても人生困ることもなければ、不思議なこともない。

因みに俺はたまに行く。

自転車を走らすついでなのだが、水槽なんてものはいくらでも見ていられるので、はまればすぐに時間が過ぎる。

別に暇を潰したいわけでもないのだが、潰れてしまうものは仕方ないし、引き寄せられるものも仕方がない。

皆わちゃわちゃ話していて、この感じだと社会見学は大丈夫だろうな。

当坂と島津江はいないものの、俺と伊藤と望月で喋っている時も別に気まずいことはなかったし。

取り合えずの目的は達成されたようなので、一旦安心した。

なんだか、気が抜けてしまって、水族館まで黙っていたら

「機嫌悪くした?」

と望月が心配そうに顔を覗き込んできた。

もっとましな聞き方ってもんがあるだろう?


「別に。元々あまり喋らないんだよ」

「そうなの。魚好き?」

「まぁ、そうだな。人間とはかけ離れているようで、俺らの進化元だしな。見ていて面白い」

俺が比較的真面目に返すと、


「僕も好きだよ。美味しそうだし」

「あぁ。確かにな」


そういうタイプか。いや、それはそう。

でもまぁ、俺はうどんの方が好きだからなぁ。

いやもちろん目の前に寿司とかあったら食べるけれども。

そういえばすしってよく寿司って書かれるけれど、これが意外と覚えにくくて。

そういう人には鮨がおすすめ。魚で旨いと言えばすし!って覚えればいいので楽だね。しかもあまり使われていない方だからなんだかインテリみたいになれる。

因みに俺が使うと、なんだか知識をひけらかそうとしている奴みたい、というかそのものになりました。

元々何も持ってなかったので良かったけれども、色々抱えている人はひらがなで書きましょう。

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