喫茶店にて

メラミ

行きつけの喫茶店にて。

 結婚がゴールという感覚はまるでなかった。今はただハツと一緒に居られればいいと思っていた。俺は両親にハツと結婚する話をした。すると二人は声を揃えて「ゴールインしたね。おめでとう」と言ってお祝いしてくれた。両親に話した後は、友人のヨリトにも伝えておきたいと思っていた。俺はハツにヨリトを喫茶店に誘ってもいいかと尋ねた。するとハツは――。


「じゃあ、あたしも親友呼ぶね」


 そう言って、彼女も友人を喫茶店に誘うことになった。俺はもう一人の彼女がどんな人物かはよく知らなかったのだが、ヨリトが来るなら彼女も来てちょうどバランスが取れていいだろうと思った。


 後日、ジュンとハツは結婚の話を伝えるべく、友人を行きつけの喫茶店に招待することにした。喫茶店は父親の知り合いのお店らしく、俺も子供の頃によくお邪魔した記憶があった。

 ハツを連れて喫茶店に着くと、ヨリトともう一人の彼女はまだ到着していなかった。俺とハツは先にテーブル席に座って、二人が来るのを待った。しばらくしてハツの友人とヨリトがやって来た。ハツがこっちだよと手で合図を送ると、彼女とヨリトは俺のテーブル席の方へ向かった。彼女は一息ついてハツの隣に座る。斜め向かいにヨリトが座ると、彼女は俺の隣に座るヨリトの姿を見て「え?」と驚きを隠せずにいた。


「は、はじめまして。あの、もしかして……」

「やっぱり、あなたよー君だよね! ね、ルイカ!」


 ハツが確かめるように、直接本人に彼女の疑問を投げかけた。ルイカと呼ばれた彼女は、少し緊張気味だった。四人集まるのはこれが初めてのことだ。少し興奮気味の彼女たちを見て、俺はこうなることを予測していた。ヨリトは丸眼鏡を掛け直しながら俺に聞いてきた。


「よー君て俺のこと?」

「なにとぼけた顔してんだよ。それとも素性はバラしたくないのか?」

「いやいや、別にそういうわけじゃ……」


 ヨリトはそう言ってヘラヘラしていた。彼は改まって彼女たちに挨拶をした。


「はじめまして。ジュンの友人のヨリトです。演劇やってます」


 彼がそう言うと、ハツは嬉しそうに返事をした。


「よ、よろしくお願いします」

「はっちゃん、今日よー君に会ったことはあたし達、二人だけの秘密にしよう!」

「そ、そうだね!」


 ルイカはハツに約束ねと付け加えた。ハツは視線を俺に移しながら返事をした。


「とりあえず何か頼む?」

「そうだな。じゃ俺はカフェオレにしようかな」

「あたしは、ブレンドコーヒーでいいかな」

「えっと、あたしはこのカフェラテ頼もうかな」


 皆が何を頼むか決まったところで、ヨリトが早速手をあげてウェイターを呼んだ。俺はハツと同じブレンドコーヒーを頼むことにした。コーヒーが運ばれて来るまでの間、話は俺とハツの結婚の話になる。俺はテーブルに置かれた水を一口飲むと、ハツと目を合わせた。彼女が少し頷いたところで、俺は彼女と結婚することを二人に伝えた。


「「おめでとう!」」

「「ありがとう」」


 ルイカとヨリトは俺とハツの結婚をお祝いしてくれた。俺は「おめでとう」という言葉以上のおめでたい言葉を知らない。素直に今は彼女と一緒になって「ありがとう」と返事をすることしかできなかった。


「親にはもう伝えてあるんだ」

「そっか。式の日程とか決まったら、また改めて教えてくれよな」

「うん」


 俺は両親に結婚すると伝えた時に言われた言葉を思い出した。「ゴールイン」という言葉はあったものの、ヨリトもルイカもその言葉を口にはしなかった。


「はっちゃん、これからもよろしくね。本当におめでとう」

「ありがとう。式には招待するから楽しみにしてて」


 俺もハツもお互いまだこれからがスタート地点だと思っていた。ふいに、いつから結婚がゴール地点だと思う錯覚が起こるのか……という話になった。

 話のキリのいいところで、注文した品が四人分運ばれてきた。カップに口をつけてコーヒーをすすりながら、俺はヨリトに話を振った。彼女と出会ったその後はどうなったのか、ふと気になって尋ねて見た。


「そういえば、彼女とはうまくいってるの?」

「え……あーいや、その、うまくはいってんだけど……」

「……?」


 ヨリトの曖昧な返事に、俺もハツも沈黙していた。だが彼女だけは違った。喫茶店の心地よいBGMが流れている中、ルイカはヨリトに向かって強気な姿勢を見せた。


「それってはっきりしてないってことですよね?」

「あ……ああ、うん」


 これはもしや……と俺はハツと目を合わせる。ハツの友人であるルイカは、きっとヨリトのことが好きであるに違いない。俺はそう確信した。俺は思い切って、彼女にヨリトを紹介してみようと思った。どういう風に声をかけていいか迷う部分はあったものの、ハツも俺の話に乗っかってくれた。


「ルイカ、思い切ってよー君と付き合ってみたらいいんじゃない?」

「え……? ええっ!?」


 彼女は突拍子もない返事をしたと思ったら、急にヨリトの顔を見るのが恥ずかしくなってしまったのか、席を離れてトイレに向かって行った。対するヨリトの反応はというと――。


「……俺でよければ、俺でいい……んだろ」


 照れる様子を見せるどころか、自分で良ければ全然構わないという大っぴらな態度をとった。全く仕方がない奴だと思いながら、俺は溜息を軽くついた。とりあえず、ハツの友人である彼女が席に戻ってくるのを待った。二人もこれからがスタート地点というわけだ。俺はそう思っていた。


「あー、あっつー。汗かいちゃったわ」


 そう言って、手で軽く扇ぎながら彼女は席に戻ってきた。本当にわたしでいいのかしらというような疑問は一切持たずに、隣に座るハツにこう呟いた。俺とヨリトには聞こえないように何かを話していた。


「(あたし達も、ゴールしたってことでいいのよね?)」

「(そ、そういう意味じゃなくてね、落ち着いてルイカ……)」


 ハツは思わず苦笑いをしてしまった。よっぽど「ヨリトと付き合えば?」と言われたのが嬉しかったのだろう。俺はヨリトに彼女達には内緒でこう伝えた。


 ――ゴールの先には、またスタートが続いてるということを。


「お前もこれからがスタート地点だから」

「お前の結婚もゴールじゃねえってこと、わかってるっての」

「本当に?」


 喫茶店でのひとときは終始和やかな雰囲気で終わった。俺はカウンターで支払いを済ませると、入り口付近で待っていた三人と一緒になる。

 俺はほっと一息ついた。ヨリトとルイカの二人が、帰り際も仲良く話し込んでいる姿が目に移り、俺はよかったねとハツにささやいた。

 俺とハツも結婚をしたことで、一度はゴールしたことになるかもしれない。だけど結婚生活はこれからも続いていくから、ある意味スタート地点に立っていると俺は思っていたい。むしろ彼女もそう思っているに違いない。

 ヨリトとハツの友人である彼女も、あの二人もゴール地点からまたスタートに降り立ったんだと俺は思いたい。

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喫茶店にて メラミ @nyk-norose-nolife

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