第27話 真倉、ショッピング後

今度こそ、今度こそうまく行くと思っていた。金曜日の放課後になるまでひたすらレイさんが来ないかって質問だけをし続けた。

「学校お疲れ様です」

「佐藤さん!お疲れ様です!」

水族館の時、連絡先を交換してもらってから何度かやり取りをしている。松澤さんと違って連絡をきちんと返してくれるまともな人だ。

「カンナちゃんって今何が好きなの?」

「うーん、特にない」

ユズはカンナの事ばかりだ。別にいいんだけど俺彼氏なんだぜ?2人でお揃いとかお互いへプレゼントとかさぁ。なんでカンナばっかりなんだよ。

「…ユズは欲しいもんないの?」

「んー特には無いなぁ」

最近知った事。ユズはあんまり欲しいものがない。古都の時、佐藤さんが自己主張しない方って言ってたの今なら分かる。ちゃんと言ってほしい。好きなものも嫌いなものも。

「…じゃあさお互いの誕プレ買ってからカンナへの誕プレ買わない?」

「やだ!カンナちゃんが先!私と真倉は時間が余ったら!」

だからなんでカンナばっかなんだよ!アイツまだ一回も会ってないんだぜ⁈俺との絆は⁈彼氏なんだろ⁈

「ユズは?ユズが自分に買うんだったら?」

俺はユズにイヤリングをプレゼントしたいのに、ユズが選んだのはチーズ食ってるネズミのイヤリングだった。俺がこれだけはないだろと思ったイヤリングだったから衝撃だった。でもユズが選んだものと思ったら何故か良いなとも思ってしまった。

「…そんなドロドロ美味いの?」

「美味しいよ!」

「水7本ありますから好きなだけ飲んでください」

警備の関係か、佐藤さんはご飯を食べない。そういや水族館の時もほとんど食べていなかった。やっぱ大変なんだな警備って。水7本は要らないけど。

「ユズって普段どこで服買ってんの?デパート?」

「買わないかなぁ貰い物ばっかり」

「何もらうの?」

「色々…」

俺ユズのこと何も知らない。機密事項は知ってるけど、好きなものとか嫌いなもの、服や食べ物。そういう事をもっと知りたい。何貰ってるかとかも知りたい。島は正直ドン引きした。

「ハンドクリームはこちらがおすすめですよ」

「ユズはつけないの?」

こうゆう時ユズはチラッと佐藤さんの方を見る。許可がないと何も出来ないなんて宮家って強くてお金持ってんのに窮屈なんだな。ユズも無視してさわれば良いのに。昔のユズならそうしてた。

「ユズは財布って持ってんの?さっきも佐藤さんが払ってたけど」

「一応あるけど学校の自販機ぐらいでしか使わないかなぁ。中身カードと電子マネーだし」

ユズは今カバンを持っていない。服にポケットもない。シンを持たないように?そういや持ってるの見たことがない。もしかして逃げれないようにしてんのかな。俺が財布プレゼントしたら…。

「これユズ好きそうだと思うんだけどさぁ…ユズ?何してんの?」

ユズが向いてる方向の先…佐藤さんに隠れてよく見えない。何?なんか来るの?支配人?スーツの集団がこっちに来る。よく分からないけど百貨店の支配人って感じじゃないな。もっとなんて言うか…警察みたいな感じ。

「真倉さ…逃げたり出来る?普通に歩いて入り口から堂々と出れる?」

「は?」

逃げる?なんで?ユズじゃなくて俺が逃げんの?レイさんが雇った殺し屋?な訳ないよな。意味がわからないんだけど。

「すみません。今はプライベートなんですよ」

佐藤さんの声に反射的に汗が流れる。そんな低くて怖い声出せたんだ。何?何が起きてんの?

「佐藤さんいいです。真倉送ってあげて下さい」

「…分かりました」

ユズは俺に背を向けたまま言った。そのユズをスーツ姿の8人が見下ろしてる。怖い。よくわからないけど怖い。

「真倉君。先送ります」

「えっ?ユズは?」

「大丈夫ですから。行くよ」

「えっ?ちょっ…」

佐藤さんが低いのにもの凄く悲しそうな声で言って、俺の腕を掴んで凄いスピードで歩いていく。

何が起きてるか理解できない。ユズの小さな後ろ姿がどんどん小さくなっていくのは分かった。

「乗って下さい」

「助手席がいいです。ユズいないし」

佐藤さんはただでさえ怖い顔がさらに怖くなっている。意味がわからない。ユズはあのスーツ姿の人達と行ってしまった。

「…どうぞ」

「ありがとうございます」

なんで敬語なんだよ。さっきまであんなにタメ口ばっかりだったじゃん。今ユズいないのに。

「出発しますね」

外はもう暗い。もう冬はすぐそこだ。

「…急に解散になってしまってすみません」

「いえ、別にいいんですけどユズは?」

「別の方が送ってくれます」

だからなんで敬語なんだよ。さっきまでの優しい声と全然違って低くて暗くて悲しい声だ。

「敬語…やめて下さい。今ユズいないんですから」

「…すみません」

「ちょ⁈泣いてます⁈車止めます⁈」

今のどこに泣く要素あった?俺なんかした?なんで泣いてんの?ユズの声…真剣だった。ちょっと震えていた。なんで?敵?味方?なんで佐藤さんは泣いて、俺を送って、ユズは…どこ行った?

「俺…もうユズの事大体知ってます」

「そうですか…」

驚かないんだな。本当、機密事項筒抜けだな。

「敬語…やめてくれませんか?」

「…敬語にしてないと色々辛いんです」

また色々かよ。出てきすぎじゃない?そろそろ引っ込めよ馬鹿野郎。

「辛くても…やめて欲しいです」

「…分かった」

さすが軍人切り替え早いな。もう涙も止まってる。俺のツッコミも冴えてる気がする。色々あったもんな、色々。

「松澤さんに大体聞いています」

「あのゴミ野郎」

松澤さん、カスにゴミに散々だな。

「水の宮家なんですよね。ユズとユリ」

「ユリ様を知ってるのか?」

「えっ?」

どういう事だ?あっ松澤さんは5年前居たからシグレとユリを知っていた。佐藤さんは知らない…?。

「ユリ様、知っているのか?」

「…ユズから自慢話聞きました」

「そうか…」

松澤さんに学んだ事。切り札は交渉に使える。大丈夫、俺成長してる。

「レイ様と何話した?久々に爆発されてたけど」

「ユズが16になれば婚約するから手を出すなって言われました」

「レイ様も必死だな」

やっと少し笑ってくれた。

「高校は彩都だから離れるだろうって」

「それも言われたのか。酷いな」

「ユズは俺の事好きなんじゃないとも」

「…レイ様の事分かってくれとは言わない。でもあの人本気でユズ様の事好きなんだよ」

「そんな事知ってますよ」

「一回ユズ様誘拐されたことあってさ、しかもその後2年目覚めなくてレイ様もう必死だったらしい」

「2年目覚めなかった?どうゆう事ですか?」

「えっ?」

今度は佐藤さんの番か。彩都の厨房の時から話噛み合わないよな。

「話して下さい。泣かない努力はします」

「…誘拐された後2年間目覚められなかったんだよ。サガを使いすぎた」

「地震…ですよね?」

「そこまで知ってるのか」

「今のは予想です。今知りました」 

「やるねぇ。松澤仕込み?」

「そうですね…」

腹立つけど松澤さん仕込みだわ。

「やっと見つけたら政府に保護って名目で会わせてもらえないわ、やっと会えたら記憶無くて怯えられてな、レイ様も可哀想なんだよ」

「そうゆう事だったんですね…」

だから俺が嫌いなんだ。俺がレイさんとユズの時間を奪って、俺との記憶になったから。

「レイ様が許嫁って言い出したらしいぞ」

「はっ⁈両親が決めたんじゃないんですか⁈」

「そういう事にして政府を説得したらしい」

「はぁ⁈」

「そうでもしないと会えなかったんだよ」

「嫌だからって…」

そこまでするか⁈あの人前からやばいと思ってたけどヤバすぎないか⁈精神病んでんだろ⁈

「今でも政府は別にレイ様じゃなくてもいいと思っているからレイ様は必死なんだ」

「なんで⁈ダブルサガの一種なんて最高の相手じゃないですか⁈金だって家柄だってある!」

「力がありすぎるんだよ。もう少し弱い奴じゃないと政府はユズ様を操れないからな」

「…最低ですね」

なんでユズが操られなきゃならないんだよ。アイツ人形じゃなくて生きた人間なんだよ。

「…さっきの人達誰ですか?敵ですか?味方ですか?」

「…分からん」

「なんで佐藤さんはユズを置いて行ったんですか?ユズはなんで俺に逃げろって言ったんですか?」

「…あれは見張りだよ」

「佐藤さん達も…見張りなんですよね」

「見張り兼護衛だな」

「じゃあ…要らないじゃないですか」

「あれは政府側。俺らは軍側」

「同じに聞こえるんですけど」

「派閥争いと同じだよ。上が騒いでるだけ」

「全く分からないです」

「俺も。誰も信用できない」

「でも…それでも置いていく必要ありました?政府側の人間なら守るかずっとそばに居ればいいじゃないですか!離れる必要ありました⁈」

「真倉君を送ってくれって言われたから」

「それだけな訳ないだろ!」

また怒鳴ってしまった。俺脳の血管切れやすくなってるのかな。

「…政府がもし真倉君に目をつけたら大変だからな。ユズ様は守りたいんだよ」

「…ユズと俺が付き合ってるってバレたら?」

「消されるんじゃないかな」

ものすごく冷静に、当たり前のように言われて逆にビックリした。俺が候補に入るとかは1ミリもないみたいで期待した自分が恥ずかしくなった。

「…俺が彼氏だと消されて、レイさんは許嫁だけどあんまり政府から歓迎されてない。ダメダメじゃないですか」

「でも真倉君は人質にとろうと思えば取れる」

「え…」

「言い方は悪いが3種の一般家庭。生かすも殺すも簡単なんだよ。だからユズ様は守ろうとしてる」

「…俺ユズの足引っ張ってるんですか?」

「それを言うなら俺もだ。俺がここまで勝手をしてなんで処分されてないと思う?」

「…全部ユズのおかげなんですね」

涙すら出てこない。底にあるのは失望。

「ユズのサガって凄いんですよね?」

「あぁ凄いらしいな」

「水の宮家なんですよね?」

「あぁ」

「この前お見舞い行った時ギリギリ生きてるって松澤さんから言われました。ギリギリってなんですか?水の宮家存続させなきゃいけないのに弱らせる必要あります?多少は弱らせてもあんな…」

「弱らせる必要あるかだろ?」

「そう…です」

「弱らせる必要はないんだ」

「じゃあなんで…あの時…俺ユズが死んじゃうって思いました。死にそうな程弱らせますか?」

「…ごめんな」

「だからなんで泣くんですか…」

あの時のユズを佐藤さんは多分ずっと見てた。俺より辛いはずだ。俺も佐藤さんもあの時を思い出しただけで涙が出てくるんだから。

「なんなんですか?俺に何隠してるんですか?」

「…俺しんどいよ。軍で厳しい訓練受けたけど心の訓練は受けてないんだよ」

「だから⁈何隠してるんだよ⁈」

「ユズちゃんって可愛いよな。純粋だしいつも明るいしちゃんと気を遣ってくれる」

「…急になんですか」

「俺こんなにずっと一緒にいたのに好きなイヤリング1つ知らなかった。真倉君のおかげだ」

「…別に何もしてないです」

「ユズちゃん遊ぶ時カバンいつもないだろ?」

「…無いですね」

「逃げれないようにだよ」

だからなんなんだよ。逃げるとか逃げないとか意味わかんねぇよ。

「…宮家ってそんなに価値ありますか?」

「…なんで?」

「サガは一流かもしれないけど科学の進歩も凄いです。今乗ってる車だってサガがなくても動く。昔ならともかくこの時代にサガってそこまで重要ですか?」

「要らないって?」

「なくても俺らは生きていけます」

「…そうだね」

「じゃあ…政府がそこまでこだわる必要ってありますか?軍が関わる必要ってありますか?むしろそんな強い力なら持て余すし、いっその事海外に行ってもらった方が…」

「着いたよ」

「…何回も同じ道行き来してましたよね?」

「流石に助手席にいたら気付くか」

「都合が悪くなったら家着くのやめてもらえないですか?軍人特権ですか?」

「今な…真倉君に言ってしまって楽になりたい自分と戦ってるんだ。分かってくれとは言わない。でもユズちゃんと一緒に思い出沢山作ってくれ」

「思い出ってなんですか?俺思い出なんて作りたく無いですよ。ずっと一緒に…居たいです」

「将来の夢、医者なんだろ?ユズ様が嬉しそうに言ってた。早く医者になって全世界の人々の命を救ってくれ」

「スケールでかすぎません?」

「どんな病も治して欲しい」

「無茶言いますね」

「みんなを不死身にしてくれ」

「嫌ですよ」

「頼むよ…」

「だから泣かないでくださいよ。そんな怖い顔で泣かれると困ります」

「医者になったら俺の涙腺手術して治してくれ。俺すぐ泣いちゃうからユズ様困ってるんだ」

「…泣けるなら泣いたほうがいいです。泣かないで笑ってる奴よりずっといい」

「学校でユズ様に問い詰めないであげてくれ」

「問い詰めてもへらへら笑って誤魔化します」

「ユズ様も俺も嘘つくの下手なんだよな…」

「2人とも誤魔化すのが下手なんですよ。優しいから、優しすぎるからダメなんです」

「ごめん…降りてくれ。頼む」

俺は車を降りた。車は全然動く気配がなかった。

俺も家に入る勇気がなくて玄関の前で少し泣いた。

涙が止まって家に入る時も車はまだあった。

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