第23話 真倉、水族館
やっと、やっと、やっと日曜日が来た。土曜日に散髪行って服買って靴まで買った。カンナに物凄く気持ち悪がられながらファッションチェックもクリアした。最高の初デートにする為の準備は万端だ。
家のチャイムが鳴る。ユズだ!本当は水族館前集合にしたかったけどユズが車で迎えに行くって言うから。いやまぁ仕方ないんだけどさ。今日って護衛松澤さんであって欲しい。あの人ムカつくけどなんだかんだ俺たちのこと応援してくれてるしな。
玄関の扉を開けるとちゃんとユズが立っていた。
「真倉おはよ!」
「ユズ!おはよう!」
なんかいつもに増してユズが輝いて見える。ニットワンピにお団子って反則だろ。イヤリングも可愛い。背が低いから全体的にチマってしてるのも可愛い。自分で服選んだのかな。
「真倉?ボーってしてるよ?大丈夫?」
「…大丈夫」
頼むから顔覗き込むな!反則だろ!
「早く車乗ろう」
「あのさ、その事なんだけど」
「何?水族館貸切とか?護衛とか?別に分かってるからもういいよ」
「いや…その…」
「どうした?なんか用事?体調悪い?ならやめるから無理しないでくれ頼むから」
「いや…体調は良いんだけど…バレちゃって…」
「誰に?護衛さんに止められた?いやでも俺ら別に今から悪いことするわけじゃないんだからさ」
「…怒らないで聞いてね?」
だから上目遣いやめろって!天然かよ!
「…にバレちゃって付いてきた」
「なんて?聞こえない?」
「レイに!2人で遊ぶのバレて今車の中にいる…」
えっ…と…今…なんて言った?もしかして死亡グラフたってたの俺の方だった?終わった。完全に死んだ。てかどうやって知ったんだよ。盗聴?まさか?
「…で聞いてる?真倉?顔真っ青だよ?」
「俺死にたくない…」
「死なないよ!レイこの前ちゃんと真倉に謝れてなかったから謝りたいんだって」
「ユズはそれ…信じたの?」
「だったら別に今日じゃなくていいって言ったのに着いてきちゃってさ。朝急に来たから本当ビックリしちゃった」
「なぁ…俺ら付き合ってる事言ってないよな?」
「言ったほうが良かった?松澤さんに言わないほうがいいって言われたから言わなかった」
松澤さんナイス!マジでありがとう!今まで色々あって許せないけど許すよ!大好き!愛してる!
「…車の中にいんの?」
「謝ったら帰ってって言ったんだけど真倉とも仲良くなりたいんだって!レイがそんな事言うの初めてだよ!真倉本当何したの⁉︎凄いよ!」
俺はお前の鈍感力と純粋さが凄すぎてもはや恐怖の域だよ。
「なぁ…遊ぶの別の日にしない?」
「えー今日すっごい楽しみにしてたのに」
俺だって楽しみにしてたんだよ!でも命掛けて初デートなんて嫌だよ!てかもうデートじゃないだろ!
護衛ついてる時点でデートじゃねぇけど!
「真倉一緒に水族館行こ!ねっ!」
お母さん。俺、後2時間ぐらいでそっちに行く事になるかもしれません。
「お待たせー!」
ユズが青ざめた顔の俺の手を引いて車に向かう。
「…ずいぶん話し込んでたね」
「レイのせいだよ!来るなら来るってちゃんと言ってくれたら私だって説明せずに済んだのに!」
「…早く出発して」
もはや俺の目すら見ない。絶対仲良くする気無いだろ。ていうか殺す気だろ。車内、霊柩車並みの静けさだよ。
「じゃあ出発進行ー!」
ユズはなんでこの状況で楽しそうなんだよ。許嫁と彼氏だぞ?もはやユズが悪魔に見えてくる。
「出発します…」
運転手さんの声震えてんぞ。これ行き先地獄?
「ねー。レイ!スマホばっかいじってないでちゃんと真倉に謝ってよね!シン出してた時本当焦ったんだから!」
「…ゴメン」
また棒読みかよ!スマホに謝ってどうすんだよ!まぁ言えねえけどな!
「もーレイってば!本当にごめんね真倉。レイ素直じゃ無いだけなの。許してあげて。ねっ?」
「…別にいいよ。俺も悪かったし」
今日はボウリングの時と違ってユズの顔が近い。心臓が結構ヤバい。生命の危機ってのもあるけど。
「着いたー!」
まぁやっぱりと言うか結局と言うか、車の中はユズが1人で喋っていた。
「着きましたね…」
今日は佐藤さんが護衛か。今から水族館なのにもう顔死んでるんだけど…。
「今日は貸切じゃ無いんですね…」
「ユズがちゃんと言えば貸切にしたのに」
「それが嫌だから内緒にしてたの!佐藤さんが頑張って見取り図覚えてくれたのに!」
「いやユズちゃん気にしなくて良いんですよ…」
佐藤さん声小っさ。マジでレイさん何したんだよ。
「真倉こっち!チケット並ぼ!」
「あっちょ…」
こんな状況なのにユズは俺の腕を掴んでチケット売り場に走りだすから慌てて佐藤さんが追っかける。修学旅行の時もこんな感じだったのかな。
「はいチケット」
「あっ俺の分のお金払います」
「いいんだよ。お詫びだから…」
そんな諦め切った顔で言われても。佐藤さんって色々損な役割だよな…可哀想になってきた。
入った瞬間、大水槽が俺らを迎えてくれる。
「わぁ!綺麗だね!」
「おー!めっちゃ綺麗…」
水族館なんて久々だ。三年前カンナと来た以来だな。ユズ達がいた頃は戸間に水族館なんてなかったから…一緒に行きたかったな。カンナに…話したほうがいいのかな。
「なぁユズ…」
振り返ると、ユズとレイさん何か喋っていて俺の心は少し重くなる。なんなんだよ…今日俺と2人きりの予定だったくせに。
「あっねぇ真倉!真倉はどの魚が好き⁈私はあの魚!黒と黄色の子!真倉は?」
「俺は…あの魚。青に光って綺麗だから」
「真倉青好きなの?」
「うん」
「真倉はずっと赤好きだと思ってたよ!」
「青の方が好きになった」
「そうなんだ!じゃあねぇあの魚は?あれなら…」
「ユズ、次行こ」
「ちょっとレイ今話してるんだから…」
「ユズの好きなクラゲあっちにいるよ」
「えっ!行く!真倉も行こ!」
ユズはまた俺の腕を掴んでクラゲ館の方に向かう。レイさんには悪いけど少しだけ優越感。
「ねぇこのクラゲ小さくて可愛い!」
「小さい…タコクラゲって言うんだな…」
「なんでタコなのにクラゲなんだろうね?」
「それはそのクラゲの脚がタコと同じ8本だから」
「うわぁ!」
「レイ!後ろから脅かさないでよ!」
割と今マジで生命の危機を感じたよ。佐藤さんの顔怖いはずなのにもう全然怖くない。ていうか佐藤さんも色んな意味で今日大丈夫か?
「…ユズが欲しいなら彩都の家で飼う?」
「こうゆうのは水族館で見るのが楽しいの!あっ!あのクラゲは?由来分かる?」
「あれはアマクサクラゲって言って…」
また2人の世界だ。レイさん全然俺と仲良くする気無いじゃん。まぁ俺もだけど。
「すみません…まさか朝来られるとは予想していなくて…本当に油断してました…」
佐藤さんが小声で話しかけてきた。
「いや佐藤さんが謝る事じゃ無いですけど…レイさんどうやって知ったんですか…」
「それが…」
「佐藤さんも真倉もこっち来て!このクラゲすごい可愛い!」
「ユズ、2人が喋るの邪魔しちゃダメだよ」
お前さっきから俺とユズのこと邪魔してばっかじゃねぇか!とは絶対に言えない。
「可愛いな…」
クラゲも楽しそうに見るユズも。今日、白ニットなのにユズの肌同じぐらい白い。俺、肌は昔ぐらい焼けているほうが好きだな。
「真倉?」
「うわっ急にこっち向くなよ!」
「いや視線感じたから。私の顔何かついてる?」
「…イヤリング可愛いなって」
「あぁこれユリとお揃いなの!可愛いでしょ?結構高かったんだけど買っちゃった!」
「うん…可愛い」
「ユズの分は僕が買ったんでしょ。嘘つかないで」
「ちょっとレイ⁈どうせ出所は一緒じゃん!かっこつけさせてよ!」
「ユズ高いって買わなかったじゃん」
「もう!分かったよ!レイありがと!」
「別にいいよ。そのニットワンピならこの前僕が買って来たイヤリングの方が良かったのに」
「レイは買ってきすぎなの!あんな高いのつけて無くしたらどうする気⁈」
「また買う」
「ハァ…真倉レイになんとか言ってやってよ」
「はっ⁈今俺に話振る流れだった⁈」
「あっ!カンナちゃんってどんなイヤリングが好き?今度一緒に買いに行こ!私が買う!カンナちゃんなら…」
ユズの話に集中したいのにレイさんの圧力が怖すぎてある意味ユズの顔しか見れない。誰か助けて。
「…じゃあ絶対!約束ね!」
「あっうん」
ヤバい、なんの話か全く聞いてなかった。ていうか水色の瞳ってブラックライト当たっても水色なんだ。レイさんの瞳も見たいけど絶対見れない。
「ユズ、もうすぐアシカの餌やり時間だよ」
「行く!真倉も行こっ!」
「…あっあぁ」
ユズってすぐ俺の腕掴むよな。手首も普通に掴むし。色々心臓もたない。
「ユズ!人多いから走らないで!佐藤さんがさっきから困ってる」
佐藤さんが困ってるのはレイさんにだろ…ブラックライトに当てられてても顔が死んでるのは分かる。
「佐藤さんごめん…ゆっくり歩く」
「いえ…気にしないでください」
ギリギリ笑顔の佐藤さんに心から同情する。
「アシカ可愛かったねぇ!」
「そうだな…」
正直アシカどころじゃなかった。ユズは騒ぐし、俺の腕を掴むたびにレイさんに睨まれるし、佐藤さん超グッタリしてるし。
「ねぇ!私もっと見たいんだけど!」
「ユズ、無茶しないで。ちゃんと2時間おきに休憩して。薬もちゃんと飲んでもらうからね」
「えー折角来たんだからさぁ」
ユズは不満そうだけど過保護になる気持ちはわかる。見舞いの時は本当に怖かった。
「お茶とジュース買ってくるから。佐藤さんちゃんとユズ見張っててよ」
「ハイ…」
多分俺を見張れって意味だなアレは。
「…持てないから真倉君も来て」
「えっ…」
目線でユズに助けを求めるけどめっちゃキラキラした瞳で見ていてもはや殺意が湧いてくる。
「早く」
「…はい」
もしかして今日って2時間おきに2人きりになんの?俺死ぬの?
「…混んでますね」
「…」
まぁ無視ですよねー。てかさっきから女の人がチラチラとレイさんを見てる。帽子に眼鏡しててもイケメンって分かるって凄いな。いや、レイさんがイケメンすぎんのか。
「お待たせしましたー!」
「…どうも」
店員の声も高い。そしてレイさん超塩対応。ユズといる時と全然違うんだけど。怖いんだけど。
「真倉もレイもありがと!」
「ユズはお茶だから。薬飲んで」
「やだー!真倉のコーラでしょ?一口頂戴!」
「えっ…?」
「ユズ、ジュースなら僕の飲んでいいから。真倉君のジュース貰うなんて失礼でしょ」
「もー分かったよ」
ちょっと待て。お前誰にでも貰うの?そうゆうタイプなの?ユズ世間知らず過ぎじゃね?そりゃ10歳の時はしてたけどさ…。
「真倉こっち!このカメ見て可愛い!」
「ユズ…頼むから待って。疲れた」
「えーさっき休んだばっかじゃん!」
今日のユズ本当にテンション高いな。レイさんは超怖いし佐藤さん…触れないでおこう。
「あっ!ふれあいコーナーある!」
「えっ⁈俺の心読んだ⁈」
「ん?触れ合いコーナーだよ!ヒトデとかカメとかだって!いいなぁ!私も触りたい!」
「行けばいいじゃん。今なら人少ないし」
「佐藤さん!行っていい⁈」
「…俺が触って大丈夫だったらいいですよ」
「やった!佐藤さん大好き!」
ユズが佐藤さんに抱きつく。レイさんの顔見なくても想像つくようになってきた。もう帰りたい…。
「真倉これプニプニしてる!」
「ちょっとナマコだろ⁈近づけんな!」
「ユズちゃんこれも大丈夫だよ」
「ヒトデだ!可愛い!」
「ユズ、それザラザラしてるからゆっくりね」
ユズって生き物1つ触るのも許可いるのか。普段の生活とか思ったより大変そうだな。
「真倉も!これ!可愛いよ!」
「だから出すなって!汚い!」
ユズは触れ合った後、佐藤さんが持ってきたハンドソープで手を洗って、消毒して更にハンドクリームを塗った。
「佐藤さんと真倉バーガーセットでいい?」
「ユズ、早く行こ。並んでる」
警護の関係で少し遅めの昼をみんなで食べる。レイさんはずっとユズの横にいてマジで怖い。ユズ俺にめっちゃ話しかけてくるけど話の内容一個も頭に入ってこない。
「佐藤さんユズのそばにいなくていいんですか?」
「いいんですよ…レイ様だし…流石に疲れました」
佐藤さんが天井を見上げてダラっとしてんの初めてだ。絶対に警護で疲れたんじゃないだろ。
「ずっと気になってたんですけど、シンって持ち込み禁止ですよね?大丈夫なんですか?」
「軍用のセンサーに引っかからないものがあります。今日はそれを持っています」
「成程…。色々あるんですね」
「まぁ万が一の為に銃も携帯しています。スタンガンも警棒も」
「マジですか⁈それでそんなに大荷物…」
「万が一何かあったら終わりですからね…」
そうか。よく分からないけど水の宮家は多分2人しか居ないもんな。でもそれならなんでユズをあそこまで弱らせる必要あるんだよ。薬飲まないといけない位弱らせる必要あるか?
「真倉君?」
「…あっはい。なんですか?」
「いや…今日は本当にすみませんって謝りたくて。バレないように頑張ったんですが」
「レイさん…どうやって知ったんですかね?」
「お手伝いさん脅したみたいですね…。俺が対策しないように朝7時に来ました」
来た瞬間の屋敷の空気を考えただけで身震いする。
「…付き合ったのバレてないですよね?」
「告白学校でして正解ですね。家だったらチクられて今頃あの世行きですよ。俺もですが」
簡単に想像できるのがまた怖い。付き合ったのバレてんのかよ!って突っ込む気力もない。
「お待たせー!2人ともだいぶ疲れ切ってるね!大丈夫?」
「大丈夫じゃないです…」
「俺も…寒気がする」
「真倉大丈夫⁉︎寒気⁈熱あるの⁈」
「ちょっと!ユズ何すんだよ⁉︎」
「えっ?オデコくっつけようとしただよ?」
「…もういいわ」
「真倉?大丈夫?これ食べたら帰る?」
「いや元気だから大丈夫」
レイさん超睨んでていたせいかハンバーガーしか見てないのにハーバーガーの味は全く分からなかった。
「…間も無くイルカショーが始まります。御来賓の皆様は…」
「真倉急いで!イルカショー始まっちゃう!」
「ユズ、走らないで」
「ユズちゃんイルカショーは水かかるから後ろの席見てくださいよ」
「はーい!真倉行こ!」
「だから俺の腕掴んで走るなって…」
佐藤さんは警護のためか1人後ろの席に座り、俺らは車の時と同じでユズを挟んで座る。
「ここ寒いね」
「ユズ。これは折って」
「レイ君一応俺ブランケッ…」
あの怖い佐藤さんを表情一つで黙らせるってマジで凄いな。
「真倉は?大丈夫?寒気なくなった?」
今ユズが俺に聞いたせいで氷点下だよ!後ろに吹雪が見えるよ。割とマジで身体も心も寒いよ。
「真倉君…ブランケットいる?」
「ありがとうございます…」
佐藤さんも俺と同じ理由で寒そうだ。
「わぁっ!凄い!いま飛んだ!」
「可愛いね」
「おー綺麗ですね」
「すげー!」
イルカショーを遠目で見るってなんか新鮮。水は被らないけどユズは楽しそうだ。
「…以上でイルカショーを終了させて頂きます。お客様は列を乱さないよう…」
ユズは感動しているのか席を立たない。レイさんはお手洗いに行って、やっと3人だけになった。3人だけど。
「下…行く?イルカショー終わったし近くで見てもいいだろ」
「いいの⁈佐藤さん良い⁈」
「床は水で濡れてるから気をつけて下さいね」
「真倉行こ!」
「だから危ないって!」
「分かったよ。ほら手」
「…うん」
手を繋ぐのは初めてだ。恋人繋ぎじゃないけど。ユズは恋人繋ぎって知ってんのかな。
「わぁ…イルカ可愛い!」
「こんなデカいのが飛ぶんだな…」
ユズの目すごいキラキラしてる。やっぱ近くで見たかったのかな。なんか…今日1日だけで俺の心臓大忙しだ。
「水槽大きいと思ってだけどイルカにとっては小さいのかな。さっきからこっちに何回も来てる」
「…イルカにとって水槽の中って幸せなのかな?」
「うーん餌もらえるし天敵とかいないから幸せだとは思うけど…あっまた来た!可愛い!」
「イルカが喋れたら良いのにな。そしたら水槽の中か海の中か選べるのに」
「陸に行きたいって言われたらどうする⁈」
「連れて行く。死んだとしても陸が良いって言われたら連れて行くかな」
「なんで?」
「なんでって…周りがどう思うかより個人の幸せが一番大事だろ」
「…真倉のその考え好きだよ。あっまた来た!おーい!こっちこっち!」
ユズはさ、今幸せ?って言葉が喉に詰まって声にならない。幸せじゃないって言われたら俺、多分ユズの手を握って逃げ出したくなるから。
「なぁ…ユズがこっから」
「2人とも!前!」
「へっ?」
「えっ?」
佐藤さんが叫んだ瞬間イルカの尾鰭が水を思いっきり叩きバシャン!という音と共に俺らを…ビショビショにした。
「はいお茶」
「…ありがとうございます」
「別に」
俺らがビショビショになった後、佐藤さんがユズを抱き抱えて、俺を走らせた。水族館のスタッフに軍人手帳を見せ、俺は着替えを用意してもらった。ユズも俺も速攻で着替えさせられ、即退散。
近くのホテルでユズは今お風呂に入っている。魅力的なシーンだが、残念ながらユズは別室で、佐藤さんも見張りの為ユズの部屋に。
結果、この部屋には俺とレイさんだけだ。最悪だ。なんで男二人でホテルの部屋にいるんだよ。こうゆう時は俺たち濡れちゃったね…ホテル行く?ってなる場面だよ!まだ俺じっちゃんの名にかけられたくねぇよ。
「…すみませんでした。ユズ濡らしちゃって」
「万が一の為に佐藤さんが着替え持ってきてくれていて良かったね」
全然良かったねのトーンじゃないんですが。これから死ねるよ良かったねにしか聞こえないんですが。
「…次からもっと気をつけます」
「次はないから安心して」
ブチギレてるよ…ユズの大事な思い出の相手認めても許してもくれてないよ。
「…本当すみませんでした」
「謝らないで。許す気ないから」
まだ手しか握ってないのに修羅場ってか殺人現場なんですけど。
「ユズに何かあったら君ごときの命じゃ済まされないから。理解しなくて良いから近づかないで」
俺の全身、風呂上がりなのにめっちゃ震えてるよ。
「ユズが土日来ないでって言った時点で気づいてやめさせれば良かった。本当に最悪最低の1日」
マジのマジのマジで生命の危機を感じる。
「2人で遊びに行こうってユズが言ったの?」
「俺…からです」
「自分の立場わきまえてくれない?これ頼むんじゃなくて命令」
「…松澤さんに最後までって言われました」
「あのカス。殺す」
「…どういう…意味…ですか?」
「ユズは高校彩都に戻るから。それだけ」
「…でも受験しないって」
「受験とか関係ないから」
「…ユズの希望なんですか?」
「決まりだから」
「…水の宮家だから?」
この部屋って冷凍室じゃないよな。俺風呂上がりで身体ポカポカなはずなんだけど、寒いんだけど。
「…そこまで知っててユズに手を出そうとしたんだ。へぇ」
この世で一番怖い「へぇ」が冷凍室に響き渡る。
「ユズが16になって僕が18になれば婚約する。これも決まりだから。君が入る隙なんてないから」
「…ユズの希望は?」
「あのさぁ、ユズは君が好きなんじゃなくて君との思い出に執着してるだけだから。勘違いしないでくれない?」
痛いところ突いてきやがった。ユウトさんに殴られた時より心臓が重くて苦しい。
「…決まりなんですか?全部?」
「そう。僕の希望も関係なし」
いや、レイさんは絶対希望してんだろ。他の人が許嫁だったら殺して自分にするレベルだろ。
「…ユリも?」
「ユリを解放する為にユズが希望した。僕と結婚して子どもを産んだらユリは解放される」
ユズらしいや。妹大好きだもんなアイツ。
「他の選択肢は…ないんですね」
「みんな必死に探してる。君がのうのうと生きている間に頑張ってたんだよ。邪魔した君が言える台詞じゃないから」
「邪魔した…?どういう意味ですか…?」
「本当に何も知らないんだね。吐き気がする」
「えっちょっ…」
レイさんは凄い音を出してドアを閉めてどこかに行ってしまった。
邪魔した?俺が?5年も会えてなかったのに?今邪魔してるって事?訳が分からないまま、ホテルの部屋にポカポカになったユズと佐藤さんが来た。
レイはユズの部屋にも行かなかったみたいだ。
「…全く!レイってばどこ行っちゃったんだろうね。電話しても出ないし」
「レイ様の事だから一足先に家に帰られたんじゃないですか?もう16時だし今日のところは解散しますか」
「えー!もうちょっと遊びたい!ねー真倉!」
「…今日は帰ろ。俺も疲れた」
「じゃあ車用意してきますね」
佐藤さんも部屋から出ていった。
「…でさ。真倉?大丈夫?」
「…大丈夫じゃない」
「真倉?もしかして熱あるの?それなら…」
「あのさ、ユズ。俺ユズのこと何も知らないよな」
「そう?結構知ってると思うけど…」
「いや知らない。何も知らない」
「真倉?」
「高校彩都に戻るんだってな。ハーレス?」
「…うん」
「俺さ一応ユズの彼氏なんだよね?なんで教えてくれなかったんだよ」
「ごめん…」
「…悪いけど俺帰るわ。今ユズの顔見たくない」
「そっか…ごめんね」
だからなんでユズが謝るんだよ。何も悪くないだろ?決まりなんだろ?そう文句言えば良いじゃねぇか。なんで教えてくれなんだよ。謎解き発見してんじゃないんだよ。こっちはイライラしてんだよ。
どうしようもない感情のまま、ホテルを出た。松澤さんの電話は通話中だった。もうバスに乗る気力もなくてタクシーに乗った。
「8750円確かにお預かりしました」
タクシーって高いよな。一般の中学生は絶対乗れない。俺は政府から月30万も貰ってるから乗れる。
月30万に特別推薦。これと引き換えに?いや流石にユズもこれだけの為に自由を手放さないだろ。なぁユズ、謎解きならさ答えはちゃんと用意してくれないと。俺ユズのこと諦めきれねぇから。頼む。いったい5年で何があったんだよ…。
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