第17話 ユズの秘密
少し…気になる事はあったけど修学旅行は何ごともなく幕を閉じた。
真倉ってば、ずっと爆睡するから退屈でオデコにへのへの絵文字書いたら皆から爆笑されてたな。
真倉は修学旅行の初日は、私とマイちゃん以外と喋らなかったのに、今日は男子達が真倉の元にきて何か楽しそうに喋っていた。
何話してたのかなー。なんかちょっと寂しい気もするけど、真倉が楽しそうで私も嬉しかった。
「ユズ様さっきからめっちゃニヤニヤしてるの気づいてるっすか?」
「うん!」
「そんなに修学旅行は楽しかったすか?」
「凄く楽しかったです!松澤さん達もサポートありがとうございました!」
「本当、神社でユズ様が走られた時は焦せったっすね。佐藤が」
「松澤さんは?」
「俺は佐藤が焦るのを見ていたっす」
「松澤さんちゃんと私のこと見てよ!」
2人で笑う。
修学旅行の護衛のは私が指名して佐藤さんと松澤さんに実は後ろからサポートしてもらっていた。
佐藤さんの気配は変装していてもなんとなーく分かったけど、松澤さんの気配は本当に感じなかった。
「松澤さんって実は凄い人だったんですね!」
「なんすか急に。まぁそうっすね。俺実は凄い人っすから!」
松澤さんも無事任務を終えたからか機嫌良い。
「そういや松澤さんってマサ兄のサガ見たの?」
「はい!佐藤も見て超感動してたっす。アイツも緑サガっすからね」
「へー。やっぱマサ兄って凄いんだね」
マサ兄は緑サガのレベル10の1種だ。緑サガで1種は結構珍しいらしい。私からすると逆に周りが1種しかいないから申し訳ないけどその価値が全然分からない。
「ユズ様爆睡してたっすね!真倉君一生懸命起こしてたっすよ!」
それはちょっとみてみたかったかも。
「あっシャワーありがとうございました!」
「ユズ様1日目寝ちゃってたからめちゃくちゃ焦ったんすよ!俺見つかったら間違いなくお縄っすからね!」
「2日目は私がずっと怒られて集合時間1時間も遅れたからめちゃめちゃ焦りました…すごく汗かいたのに今日は入れなかったらどうしようって」
「本当にユズ様見つけたときほっとしたっすね」
「ですねー」
本当に2泊3日とは思えないほど、あっという間の濃い修学旅行だった。本当に、最高だった。
「…松澤さん、真倉もしかしたら知ってるかも」
「ん?ユズ様聞こえなかったっす」
もう一回言う勇気は今の私にはない。
「えっと、体調崩さなくてよかったなって!」
「ユズ様結構タイミング悪いっすもんねー」
「そんな事ないよ⁈」
「そうっすか?ほらこの前も…」
2人でワイワイ言いながら家までもう車が見えるって時、松澤さんが急に話をやめた。
「松澤さん?」
「…ユズ様来てるっす」
窓から家を見る。見覚えのある車だ。
あー来ちゃったかぁ。この前来たばっかなのに。
「どうするっすか?遠回りするっすか?」
そんなこと言ったってもう家はすぐそばだし、どうせ遠回りしたって結果は同じだ。
「いいです。帰りましょ」
「…アイツら頭おかしいっすね。本当」
「まぁ向こうも仕事だからねー」
庇っては見るけど、本当は私だって松澤さんと同じ気持ちだ。まぁどうしようもないけど。
「レイまだ来てないよね?」
「今18時前っすから…早めに終わらせないとまた鉢合わせしちゃいそうっすね…」
レイがブチ切れたら大変な事になる。
早めに終わらせて体調を整えないと。
「着いたっす…」
「ありがとうございます…」
さっきまでのテンションが嘘のようだ。一気に現実に引き戻された感じがする。
「…ただいま」
「おかえりなさい」
言ったのは普段のお手伝いさん達じゃない。複数人の白衣と黒スーツの人達だ。
「…またですか?」
私も一応、まだ子どもだ。これぐらい不機嫌な表情見せてもいいはずだよ。
「すみません。緊急事態なもので」
「そうですか…」
いっつも緊急事態じゃん。
「それで…今日は何ml必要なんですか?」
「200ml緊急に必要です。今すぐ」
「200⁈」
先週100抜いたばっかだよ?馬鹿じゃないの?って言いたい気持ちを必死に抑える。いっつも無表情でさ。まぁ、ニヤニヤされてたら余計ムカつくか。
「今日は金曜日ですし、ユズ様の今の体調からすると土日の休息で回復する予想です。こちらが現在のデータで…」
わざわざデータを見せながら言ってくるのもムカつく。土日の休息って言い方は、簡単に言ったら土日ずっと寝込めって事だ。
「…ですので、お部屋に伺ってもよろしいですか?」
拒否権なんて無いくせに。
「…こっちです」
ゆっくり、ゆっくり階段を登る。ちょっとでも時間を引き伸ばしたい気持ちと、レイが来るなら早くしなきゃって気持ちが半分ずつ。足が重い。
「では始めさせていただきます…」
着替えてシャワーも浴びさせてくれないなんて、よっぽど緊急事態なのかな。
「イッ」
「ジッとして頂けますか?」
「はい…」
ゆっくりと私の血が管を通って、ぽちゃんぽちゃんと溜まっていく。真倉どうしてるかなー。家で爆睡してるのかなー。私も寝たいけど寝たら死にかけた事何回かあるからなぁ。
「34.9℃…体温35度を下回りました。血圧の低下は見られませんね。意識はまだ大丈夫ですか?」
「はい」
意識があったって、なかったって規定量は取るくせに。
「34.6℃…そろそろ半分まで来ました。データ予想より体温低下が早いですね。これどうぞ」
「いただきます」
あったかいお湯を片手で飲む。どうせならココアがいい。あったかくて濃いやつ。
「34.4℃…報告以外のサガ使用はありましたか?怪我などの報告は逐一お願いします」
「…血は誰に使われるんですか?」
「…サガ使用はありませんか?怪我などの報告は逐一お願いします」
「…無いです」
あーあ、つまんないの。政府の人は私じゃなくて血とデータしか見ていないし。あー頭痛い…。
「34.2℃…後50mlです頑張ってください」
「…はい」
私が頑張ったところでどうしようもない。血は自分の意思では作れないんだから。
「34.1℃…後20mlです。脈低下しています。」
「…」
「起きていますか?ユズ様?」
「…はい」
あっダメだ。ちょいちょいフラつきが出てきた。これレイに間違いなくバレちゃう。
「お疲れ様でした。200ml確かにお預かりしました。ゆっくり休息なさってください」
「…」
「では私共はこれで失礼します…」
「…」
お疲れ様でしたとか言う体力すら残っていない。やっぱ調子乗ったかな…。みんな今頃帰ってぐっすり寝ているんだろうな。マイちゃんと簪選んだの楽しかったなぁ。マツリは…真倉となんか話していたけど何話してたんだろ。それよりやっぱ真倉思い出してるのかな…夏休み入って古都で殴れて以来様子が…目の色がやっぱり…でも髪の毛が違うから…あんま…。
「ユズ!」
…声がするな。シュウかな、ユリかな…おばあちゃん?カンナちゃん!会いたかった!まだ絵は描いてる?いじめられたって聞いて心配してたんだよ。
「ユズ⁈」
ふざけないでそれ私のー!返してってば!おばあちゃん!シュウが私の取ったの!酷くない⁉︎私の目の色が綺麗だからって嫉妬してるんだよ⁉︎
「ユズ!ユズ!」
「おいユズ!起きろ!起きねぇとサガでぶっ飛ばすからな!」
…うるさいなあ。今いい所なのに…私寝るの好きなんだよね…朝全然起きれないから…それで朝はいっつもユリが起こしに来てさぁ。ユリってばズルいんだよ。わざと私のお腹ふむの…裸足だよ…。
「ね…」
「ユズ!起きた!」
「おい!松井のジジイ!早く!」
おばあちゃん…。私今ね、すごい大きなお屋敷に住んでるの。ユリもいるんだよ。後はおばあちゃんだけなの。シュウもカンナも招待するからさ、おじいちゃんも。後レイとユウトっていう友だちも…
「…」
ぼんやりとした天井が見えた。夢から覚めた。目が熱い。私泣いてるのか、そっか。
「ユズちゃん。意識ある?ワシの指今何本かな?」
「…よん」
「今いる場所は分かるかな?」
「…戸間」
「うん、意識はハッキリしたね。今は10月31日土曜日の午後10時35分だよ」
「…27時間くらい寝ていたんですね」
「計算できるぐらいなら安心だね。起き上がれる?そうそうゆっくりね。はーい、そうそのまま。飲めそうかな…水で、ハーイ口開けて」
「…苦い」
「うん、味覚も正常。めまいは?ある?」
「ちょっと…」
「1から10で言うと?」
「6」
「…よし、ユズちゃん。ちょっとだけチクッとするよー。はーい、できた」
「…」
「もう一回寝ようね…おやすみ」
…修学旅行楽しかったなぁ。サガラ叔父さんに勇気出して頼んでみて良かったぁ。あの風船すごく綺麗でちょっとだけ涙目になったのは私だけの一生の秘密にしよ。
「ユズ、おはよう。起きた?」
…ユウトもいる。なんで?…あぁそっか修学旅行のお土産渡したいから来てって言ったな。松澤さんが言った通りかも私、タイミング悪い。
「今…何時?」
「今は日曜日の13時」
ほら言った通りになったよ、土日寝込む羽目にさ。ていうか二人とも目が真っ赤っ赤…二人とも普段は威張り散らしてる癖に。
「…ユズ、何か可笑しい?大丈夫?」
「急に笑うなよ、気色悪りぃ」
「大丈夫。二人ともおはよ。あっこんにちは?」
「…水飲んで、薬飲んで。身体、冷え切ってる」
「お前一時体温…33度台まで下がったんだぞ」
「どうせ33.9℃とかでしょ?四捨五入したら34℃」
「お前なぁ!34℃台でも危険なんだよ!」
「悪かったって。心配かけてごめん」
「…ユズが謝ることじゃないから」
「お前はなんも悪くねぇよ…俺の方こそ大声出して悪かった。松井のジジイ…呼んでくるわ」
ユウトはちょっと涙目のまま松井先生を呼びに行った。レイの顔は…怖い。人を殺しそうな顔だ。空気が凍ってる。寒い。
「ユズ⁈暖房あげるから!ちょっと!誰か毛布!」
ちょっと身震いしただけでこれだもんなぁ。すぐに毛布とヒーターがきて部屋の温度が上がる。
「ヒーター熱いね」
「…ユズの手が冷たすぎるんだよ」
「手が冷たい人って心はあったかいらしいよ」
「心より身体あったかくして」
「手厳しいですなぁ。お手柔らかに」
「…」
そこ黙ります?レイってやっぱ難しい。私のギャグセンス結構良い線いってると思うんだけど。
「レイ?」
「…もう無理。やっぱ殺したい」
やばい爆発寸前だ。ユウトの土サガは人を吹っ飛ばしたり殴ったりできるけど、レイの炎水サガは結構危ない。ユウトと違って半殺しができないから。レイはするなら徹底的に、本気で、殺す。
「レイ…お願いだから抑えて。レイを反乱分子にしたくない」
レイの手を握ったら思ったより熱くてびっくりした。レイ熱あるんじゃないの?私が冷たいの?
「ユズの手…冷たすぎるよ」
「レイこそ頭に血が上ってるんじゃ無い?」
笑って言ったのにレイは俯くからどうすればいいか分からなくなる。
「なんで?何ml?どうして?緊急?また?」
「レイだから落ち着い」
「答えて」
「…200ml。緊急。それ以外は知らない」
「…」
「レイ!手!痛い!」
びっくりするぐらい強く握られた。レイは繊細な見た目してるくせにユウトに負けず劣らず力が強い。
「ごめん!ユズ、大丈夫⁈」
「大丈夫、大丈夫」
ほんとはちょっとじんじんするけど。
「相変わらずレイは力強いね」
「僕は…弱いよ」
次は私がなんて言えばいいか分からない。ユウトが松井先生を連れてきてくれるまで私たちはずっと黙ったままだった。
「…じゃあ先生、ユズの事お願いします」
「松井のジジイ…先生頼むわ」
珍しい、ユウトが先生呼びするなんて。最近33℃台は無かったし、血を抜かれても意識なくなることはあんまり無かったもんね。
「じゃあユズちゃん口開けてー。深呼吸してー。血圧も測ろうねー。ハイーいいよ。ていうかこの部屋暑いね」
「さっきレイの殺気に震えたら勘違いされちゃって。暑いですよね」
「いきなり下げるとまずいからゆっくりさげよっか。あと着替えたほうがいいね。立てる?」
「…着替え持ってきてもらえますか?そこの棚に入ってるんで」
恥ずかしい。15歳にもなって着替えさせてもらうなんて。私だって乙女なのに。
「…今回はだいぶ抜かれたね。久々にこんな酷い数値見たよ」
「明日って学校行けます?修学旅行のレポート…あっ!松井先生の分のお土産あります」
「それはありがとう。でも明日は無理そうだね…。どうしても行きたいの?」
「修学旅行楽しかったので。みんなともっと仲良くなれた気がするしこれ以上休みたくないです」
「…みんな1日ぐらい休んだからってユズちゃんのこと忘れはしないよ。まぁ最低でも3日間は休まないとね」
先生は私の頭をなでなでする。いつまで経っても子ども扱いのままだ。でも先生は政府の人達とは違ってちゃんと私を見てくれるから好き。
「でもそんなに修学旅行楽しかったんだ。ユズちゃんの顔、青白いけど嬉しそう」
「楽しかったです!風船飛ばして願う神社って知ってます?私マジックでお願い書きすぎて真っ黒の風船みたいになっちゃいました」
「それは楽しそうだね。どんな願い事書いたんだい?」
「いっぱい書きました!ユウトがもうちょっと優しい言い方になって欲しいとか、レイとの会話の変な間をなんとかしてくださいとか、真倉がユウトとレイと仲良くなれますようにとか、ユリがギリシアから無事に帰ってきて欲しいとか!」
「そうかい。自分へのお願いはしなかったのかい?」
「自分へ?えーと、もっと可愛くなってとか頭もうちょっと良くなって欲しいとか書きました!」
「そっか。叶うといいね」
「はい!」
「…さっきからハキハキ喋っているけど息乱れてるね。これ薬だからちゃんと飲んでよく食べて寝るんだよ」
「ありがとうございま…」
ゲッ。何種類あるのこれ?苦手な漢方まであるよ。
「じゃあね。また明日」
「ハイありがとうございました」
…明日も来るのか。そんなにヤバいのかな私。
先生がドアを開けると、レイとユウトが待っていた。これは全部聞いていたパターン…。
「ちょっと2人とも!いっつも言ってるでしょ!盗み聞きしないでってば!」
「お前の声が大きいのが悪りぃんだろ!俺の悪口いってたよなぁ⁈」
「…ユズ、安静にして」
「レイのその間だよ!その間が怖いの!」
「お前バリくそ嫌われてんじゃねえか!ユズいいぞもっと言え!俺が学校でいつも…あっテメェ殴ったな!やんのか⁈」
「ユウトはいっつも下品なんだよ…やったね…僕に勝てると思ってんの⁈」
「2人ともここで喧嘩はやめてよ!きいてる⁉︎」
この後、私たちはやってきた号泣している佐藤さんと笑ってる松澤さんと急いでやってきた名取さんにめちゃくちゃ叱られた。
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