第13話 真倉と父、入院

夏休みはあっという間に終わって2学期がやってきた。

「はーい席つけ。お前ら2学期もサガ判定に中間期末、修学旅行まであるからな。気い抜いてたら外部のやつらにあっという間に追い抜かされんぞ!俺の給料のためにも、お前ら気合い入れていけよ!」

先生は給料がかかっているからか熱く語る。

肝心の俺はというとユウトさんに教えてもらいタイムは伸びたが、夏休み毎日練習したのにたかさも0.5cmしか伸びなかった。

これじゃあレベル4に行けても三種のままだ。どうすれば伸びるんだ?

「ねぇ!真倉!ねぇってば!」

「何?寝かせろよ。毎日サ開の自習で疲れてんだ。ていうか今昼休み中…」

バッと顔を上げる。みんなが俺を見ている。

「寝かせれないよ!修学旅行の班!私となろうよ!」

やばいみんな見てる。ユズに小声で言う。

「馬鹿!みんな見てるよ!サ開の時間以外話しかけないでって俺言ったよな?」

「何言ってんの?これからは教室でもガンガン話しかけていい!もう他人の目は気にしない!って言ってくれたじゃん」

ユズが大声で言ったのでクラスがざわめき始める。

「えっそうゆう仲だったの…」

「そういや幼馴染だって…」

「だから最近やたら練習…」

「俺狙ってたのに…」

「似合わね…」

クラス中の視線が俺に向く。似合わないとかそんなの自分が一番わかってるよ。

「ねぇ真倉ってば。一緒の班なろうよ!」

ユズの鈍感力に前々からムカついてはいたけど、こごまでとは。もはや怒る気力もない。

「もう好きにして…」

「やった!」

「頼むから寝かせて…」

机に突っ伏して視界を真っ暗にするが、視線は物凄く感じる。内心汗ダラダラだ。

「真倉!起きて一緒にお昼食べようよ!」

うるさい。

「ねぇ修学旅行の班なんだけどさ…」

うるさい。

「ていうか夏祭り誘ったのに既読無視は酷くない?」

うるさい。

「…いるくせに」

「ん?真倉なんて?」

「…いるくせにちょっかい出してくんなよ!」

クラス中がシーンと静まり返る。やってしまった。ユズが見た事のない顔をしている。クラス中の視線よりユズの顔を見るのが、辛い。

「…トイレ行ってくる」

立ち上がって教室を出る。教室のドアが開いてたからか廊下にまで聞こえてたみたいだ。みんなの視線が痛い。人気者のユズだ。多分今頃クラスメイトがユズを慰めてくれている。俺以外にもユズには沢山の友だちがいる。俺以外にも。

「なんなんだよ…」

虚しくもすぐに昼休みは終わらせるチャイムがなって俺は教室に戻った。

次の時間は…最悪だ。サ開だ。今はユズの顔を見たくないのに。

「白川さん悪いんだけどユズ保健室まで送ってくれない?」

「いいですよ」

その日はサ開もボロボロだった。学校が終わるとユズの顔を見ないようにして教室を出る。こうゆう時友だちがいたら相談できたんだろうか。連絡先一覧を見る。

「ユズ関連ばっかじゃねえか…」

ますます自分が惨めになる。

「ただいま」

「おぅおかえり」

殺人犯の声がした。もう全然家に帰ってこないから存在を忘れていた。母を自殺に追いやった挙げ句、俺らをじいちゃん家に捨てた人。地震の後、政府が無償でこの家を建ててくれたらノコノコやってきて、じいちゃんが死んだ後は俺らの面倒すら見てないクソ中のクソの声だ。

「…親父。珍しいな。新しい女に捨てられた?」

「お前、久々に会うお父さんに向かって捨てられた?はないだろう」

上機嫌だ。ずいぶん飲んでいる。母さんを死なせてものうのうと酒と女に溺れれるこの男の神経を受け継げたらどんなに幸せか。

「そうだ、お前あの転校生とは仲良くしているのか?しっかり頼むぞ。政府はいけ好かないが見返りも沢山もらっているから。報告書もちゃんと書いてるんだろうな?しかしいくら病気持ちだからってあそこまでするか普通」

「見返り?」

「あぁ。お前貰ってるんだろ30万。俺がちょっとごねたら俺にも払うから秘密にしろってさ」

「…知ってたのかよ?」

「知ってたも何も政府が最初俺のところに来たんだよ。息子さんが特別協力要請に協力できるように見守って欲しいってな。お前がちゃんとすれば俺らの生活は一生安泰だって。最高じゃねぇか」

あーそう言えばこの人が幼馴染とか言いやがったんだったな。俺もみんなもすっかり忘れてたよ。お前の存在すら忘れてたよ。お前のせいでシグレとユリに出逢えたけどお前は許せない。

「何黙ってんだよ。母親に似て陰険で嫌な目しやがって。不満があるなら自殺すればいいだろ。あっでもこの家は資産価値あるから自殺すんなよ。いやぁ政府様々だなぁ。地震でこんな家建てて貰って震災給付金?がなくなったと思えば次は特別協力要請で金が貰える。最高だよな」

「クソ野郎だな」

「あぁ?今お前なんつった⁈」

反射的に体が身構える。そっか俺、まだこの人が怖いんだ。

「クソ野郎だって言ったんだよ!」

「お前!黙っていりゃ調子乗りやがって!誰がお前をこの世に生み出してやってたと思ってんだ⁈」

「誰も頼んでねぇよ!」

そう言った瞬間父の重たい拳が僕の腹を殴る。痛いけどユウトさんの比じゃない。そっか。この人俺が思ってるよりずっと弱い。弱いんだ。

気づくと俺は病院に運ばれていた。あの人に殴られて気絶したらしい。

「…で君がお父さんに叩かれてカッとなりシンでお父さんを刺したと」

「はい。あの人死にました?」

「君ねぇ。シンで刺したぐらいで人が死ぬわけないだろ。本気で殺すなら心臓まで刺すか手首を切らないと。お父さんはもう傷もすっかり塞がって退院したよ。君の方が殴られて重症なんだから」

「…ユズなら死ぬのに」

「誰それ?」

「…血が中々止まらない病気の人です」

「そんな人いるの?」

「はい」

「へー。でももし全員がそんな病気だったらこの世は大変なことになってるだろうし、君は殺人犯になってたんだよ?」

「…あの人は母を自殺まで追い込んだのに裁かれないんですか?」

「お母さんは…心の病気だったんだよ」

またそれか。警察の人はすぐに出ていき、交代でカンナが来た。

「…お兄ちゃん」

カンナだ。外にいるカンナを見るのは久々だ。こんな形になるのは想定外だけど。ゆっくりとカンナが口を開く。

「学校には休みの連絡したよ。明日の昼には退院できるって。あの人が大事にしたくないって事でお咎めなし」

「お前が通報したの?」

カンナが小さく頷く。

「外、出れたんだな」

「うん」

「あの人は?」

「知らない」

カンナは心底どうでもいいと言った顔だ。表情は諦めでもなく悲しみでもなく日常の、いつもの顔だった。

「カンナ、俺…あの家出たい。だから高校受験して寮がある高校に行きたい」

「いいんじゃない。あの人、世間体が大事だから学費は出してくれるよ」

「カンナは?どうするの?」

「…」

「言い方間違えた。カンナはどうしたい?」

「…ここじゃないどこかに行きたい」

「じゃあ留学する?」

冗談で言ったつもりはなかったのにカンナは笑う。

「本気だよ。ギリシアなんかどう?有名な女子校あるじゃん。聖ミリア学園だっけ?」

「いいね」

2人で笑いあう。久々に笑ったからか殴られたからか顔の筋肉が痛かった。

「じゃあ私帰るから。バイバイ」

「うん」

個室だからか、カンナが帰った後の病室は寂しい。もう17時だ。学校はもう終わったよな。ユズからも連絡はない。

まぁ当然か。ていうかなんかバタバタうるさ…

「真倉!」

扉が開くと同時に聞き覚えのある声が俺の耳を突き抜ける。

「真倉!」

泣きそうな顔で叫んで抱きしめられた。

「真倉!よがっだ!よがっだよー」

鼻声だ。顔は見えないけど泣いている。泣かせるつもりはなかったのに。

俺の行き場のない手がぶら下がっている。抱きしめ返すべきか悩んでるうちにユズが僕の体から手を離す。ようやく見れた顔は目が真っ赤で鼻水は垂らしまくって正直不細工だ。でも

「好き」

呟いた声はユズの鼻を噛む音で無常にも消される。

「ん?なんて?」

「…そのストラップ付けてくれてたんだなって」

ユズのカバンには俺のあげたへのへの絵文字ストラップが揺れている。

「気づいてくれた⁈マイちゃんも私に似て可愛いねって褒めてくれたの!」

マイちゃんが白川さんって事に気づくのに数秒かかった。ていうか、それは貶されてないのか?女子の感覚が分からない。

「…なんでここが?」

「先生が教えてくれた!放課後呼び出されてみんなを代表して見舞いに行ってやれって」

俺たちの噂、先生の耳まで入ってんのか。ていうか個人情報どうなってんだよ。

「後、先生が真倉は厨二病って言う病気だから優しく接してやれって。病気だったなんて知らなくて。昼休み無理やり起こした事ほんと後悔してる。ごめん」

あのクソ先生が。

「病気じゃないから」

「ほんと?嘘ついてない⁈」

「うん」

「よかった。本当に、本当によかった」

ユズはヘナヘナとベットの手すりに手をかけしゃがみ込む。光の加減かユズの黒く染まった髪に青色が見える。

「ちょっと手乗せたら黒いのついちゃうよ!」

ミスった。無意識のうちにユズの頭に置いていた手をのっける。

「ごめん」

「そうじゃなくて手のひら汚れてない?」

ユズがしゃがんだまま顔をあげるから必然的に上目遣いになっている。どうしよう見たいのに。ユズの顔が見れない。ユズは僕の手のひらを自分の両手を使ってひっくり返してみる。

あれ?ユズの手…傷?

「なぁその傷どうしたの?」

「ん?」

「手のひらの傷だよ。その一本線の傷跡」

「あー。これはねーこの前転んだ時の傷跡」

ユズは嘘をつく時、片耳を擦る。昔からの癖だ。

「ちゃんと話してよ。俺そんな信用ない?」

「ホントだって。ついやっちゃったの。私ってはドジだよねー。まぁそこが可愛いいところでもあるんだけどねっ!」

ユズはまだちょっと片耳を触りながらヘラヘラ笑って言う。

「俺…ユズが分かんねぇよ」

「えー、私結構分かりやすいって言われるよー。この前もさぁ…」

話を逸らすなよ。

「じゃあなんでレイさんって彼氏がいるのに俺があげたストラップとかカバンにつけれるわけ?」

ユズの話が途切れる。ユズの泳いでた目は見開いて俺を見つめる。

「許嫁なんだろ?」

「そうだよ」

ユズはまっすぐ俺を見てそう言った。誤魔化す事もなくへらへら笑って話をそらす事もしなかった。

「私の両親とサガラおじさんとナツさんが決めた許嫁だよ。彼氏じゃない」

そこかよ。

「許嫁は彼氏みたいなもんだろ」

「違うよ。結婚相手。彼氏じゃない」

「意味わかんねぇ!彼氏から婚約して結婚するんだろ⁈」

「だから彼氏じゃないってば!」

「だから意味わかんないって!」

不毛な言い争いだ。

「レイも私も望んだんじゃない!決められただけ!お互い好きでもなんでもないの!いや好きだけど!あくまでライクなの!ラブじゃない!」

ユズの声が病室に響き渡る。

俺は卑怯でどうしようもないクズだ。レイさんはユズの事がラブの方で好きなんだとは教えない。

「…でも結婚するんだろ?」

ユズは黙り込む。否定すればいいのに。

「結婚相手って事は結婚して子ども作って一生添い遂げるんだろ?」

「離婚するかも」

「そういう事じゃなくて!」

結婚はしないって言って欲しい。今だけでもいい。

耳を触りながらへらへら笑って言ってもいい。結婚しないって。親が決めた結婚相手なんてクソ食らえだって。

「…結婚は、するんだろ?」

「するよ」

じゃあ俺って何?結婚するまでの遊び相手?聞けばいいのに聞く勇気がない。

「…面会時間終わるよね。帰ってくれない?」

「分かった。これプリント。確かに渡したから」

「うん。ありがと」

「後、私明日休むから報告書いらないよ」

「なんで?」

「両親の命日だから。お墓参り」

「…分かった」

「じゃあね」

「うん」

ユズは静かに出て行った。どうしようもない感情が溢れていく。

「報告書…」

昨日も今日も書いていない。書きたくない。傷つきたくない。やっぱり俺は弱い人間だ。

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