第11話 真倉、ボウリング
蝉がうるさい。
「てか暑い!学校行きたくねぇ!」
「お兄ちゃんうっさい!早く行け!」
「いくよ!行けばいいんだろ!」
それにしても暑い。
「なんで受験ねぇのに夏期講習があんだよ…」
誰にも聞こえないように心の中で呟く。俺が通う第八学校には高等部まであり基本はエスカレーターでみんな上がる。だから受験はないはずだ。なのに。
「なんで夏期講習があるんですか…」
もう一度今度は口で小さく呟くが、呟いてもなくなりはしない。汗を流しながら教室に向かう。
結局あの日、僕は佐藤さんと一緒に飛行機に乗って帰った。佐藤さんは僕に飛行機の中でも家までのタクシーの中でも泣きながら謝るので僕はただひたすらに恥ずかしかった。そして結局何一つ聞けなかった。
教室の欠席者にはこの1週間、ずっとマツリとユズの文字がある。クラスの女王が消えた事で新しい女子のリーダー戦争が行われているらしい。
「どうでもいいけど…」
「おい真倉⁈何がどうでもいいんだ?」
やばい。やらかした
「後で職員室に来い」
「はい…」
職員室に行くと今度はクーラーが効きすぎてて寒かった。
「なぁ真倉。お前最近変だぞ」
「すいません。以後気をつけます。では」
「おい。帰ろうとすんな!」
先生が止める。
「本当に反省してます」
「本当に反省してるやつがそんな棒読みで言うか。まぁ座れ」
珍しい。いつもなら絶対立たせるのに。
「真倉、お前マツリの家行ったらしいな。お姉さんから学級委員の瑜紅さんと真倉くんによろしくお伝えくださいと電話があったぞ。」
「げっ」
「げっばないだろう。げっは」
「すみません」
「まぁ別に誰か行ってくれたら、俺はそれでよかったんだけどな」
やっぱ適当だこの先生。
「まさかのユズも学校に来なくなった。いやマツリと違って連絡はあるんだが。病気がちょっと悪化したらしくてな!ヤバいかな!俺ヤバいかな!」
「何がですか?」
「何がじゃなぇよ!ユズもマツリの家訪問した後一回も学校来てないんだぞ!絶対先生のせいじゃねぇか!お前何か知らないのか⁈」
知らないと言えば嘘になるが、休んでる理由までは知らない。
「…知らないです」
「真倉!今その…の間に何か隠しただろう!先生の目は節穴じゃないぞ!」
なんていうか、先生
「暑苦しい…」
「暑苦しいってなんだ暑苦しいって!俺のクラスの2種2人がこのまま欠席を続けたら?そう考えただけで俺は胸と頭と財布が苦しいんだよ!」
「わかりました」
「わかりましたじゃねえよ!こっちはなんもわかんねえから呼び出してんだ!」
「はい」
「はいじゃねぇよ!お前さっきからわざとやってねぇ?なんか先生1人頑張ってんだけど」
「以後気をつけます。じゃあお疲れ様です」
「まぁ真倉くん。座りなさい」
僕をもう一度先生が座らせる。
「家庭訪問」
「いきます」
「えらい食い気味だな」
「はい。行ってきます」
「誰ん家行くか分かってるのか?」
「ユズん家ですよね」
「そうだ。俺も一回行ったんだがな。家デカくてびっくりしたよ」
「行ったんですか⁈いつ⁈何時何分何秒⁉︎」
「真倉お前どうした?普通に三日前だよ!ピンポン鳴らしたのに誰もいなくてな。でも毎朝欠席連絡は来てる。なんていうか…」
「じゃあ行ってきます」
「話を最後まで聞けよ!なんていうか不気味なんだ!」
「分かりました」
「何?お前行ったことあんの?」
「…ないです」
「お前…使えば先生と読者が察して空気読んでくれるとか思ってんのか⁈そう言うのをな3点リーダー症候群って言うんだぞ!文章力のなさを…で補おうとすんな!」
「先生誰に向かって言ってるんですか?」
「そんなんじゃ友だち居なくなんぞ!あっお前には元々いないか!」
「先生今天から殺すぞって声が聞こえた気がします」
「…ってさ…便利だよな…うん」
「ちょっと先生が何言ってるか分かんないけど便利ですよね」
「まぁとにかく。今度は白川と家庭訪問行ってきてくれよな!」
「えっ。白川さんもですか?」
「お前なぁ。女子の家に男1人で行かせるわけないだろう。白川は良いってよ。教室で待ってるんじゃないか」
「…失礼しました」
「あっまた使っ」
ドアを閉めて、職員室を出る。
「頼むからいないでくれよな…」
教室のドアを開けると願い虚しくそこには白川さんがいた。
「先生から聞きました?」
「うん。もしダルかったら俺1人で行くけど」
頼む。だるいと言ってくれ。
「全然。ユズちゃん家一回見てみたかったし。一緒に行きましょう」
「…うん」
2人でカバンを持って教室を出る。
「どうする?ユズの家結構遠いみたいだけど」
「タクシーで行きましょう。先生宛に領収書書いてもらったら先生も断りきれませんから」
真面目を絵に描いたような容姿でにこやかにブラックなことを言う。
「あのさ前から思ってたんだけど白川さんて誰にでも敬語だよね。俺たち同級生だし敬語は無しにしない?」
「癖付いちゃっているんです」
「治せない?」
「はい」
「分かった。ごめん」
白川さんのこういうところ苦手だ。
「タクシー料金は私が立て替えて先生に請求しますね」
「ありがとう」
白川さんがタクシーを呼んでくれて僕らはユズの家に行く。ユズん家までは確か30分ぐらいだった。絶妙な気まずさの中、タクシーの運転手が楽しそうに喋る。
「君たち2人でタクシーなんて、ませてるねぇ」
タクシーの運転手が喋る言葉ってどうしてこう的外れなんだろうか。
「今からどこいくの?この時間だったらねぇ、ランチのパスタがおすすめだよ。僕のおすすめはねぇ…」
タクシーの運転手さんってなぜこんなに1人で喋り続けれるんだろうか。
「そんな店あったんですね。勉強になります」
白川さんメモまでとっている。なんていうかユズと一緒で変な子だ。この後車では延々と街のランチ特集談話が繰り広げられた。
「はい。着いたよ。えーと4280円だから4000に負けとくよ」
「ありがとうございます。領収書と請求書もお願いします。はい、大八宮学校です」
白川さんがお会計をしてくれてる間に僕は車から早々に降りる。
「やっと着いた…」
実は昼間にユズの家に来るのは初めてだ。相変わらずだだっ広い屋敷だ。不気味という先生の気持ちも少しわかる。
「うわぁ。ユズちゃんってすごいお金持ちだったんですね」
屋敷を見上げながら白川さんが言う。
「そういや白川さんってユズと仲いいよね。連絡取り合ったりしてるの?」
「毎日してますよ。さっきも家行って良い?ってメッセ送ったら絶対来ないでって返信がありました」
「なのに来たんだ」
「来ちゃいましたね」
白川さんて本当不思議な人だ。こんなこと言うのは失礼かもしれないがなんでユズが白川さんとずっと一緒にいるのかわからない。
ていうか俺からのメッセージに既読は一切つかないのに白川さんには返信してるのか。別にいいけど。
ピーンポーン玄関のベルを鳴らす。やっぱり誰もいない…怖い。
「ちょっと真倉君鳴らしすぎだよ。いないのかもしれないですから」
「いる気がする」
居て欲しい。ピーンポーン。ピーンポーン。ピーンポーン。ピーンポーン。ピーンポーン。
「真倉君本当に近所迷惑ですよ」
ガチャット音が鳴った。やっぱり誰かいる。
「ハイ…」
名取さんだ。運が良いのか悪いのか名取さんだ。
「あのー私たち大八宮学校の者なんですが、1週間お休みをしているユズさんが心配でクラスを代表してお見舞いに来ました」
白川さんがスラスラと言う。
「…どうぞ」
大きな門がギーと音を立てながら開いた。
「お邪魔します」
門を潜ってドアでまたピンポンを押す。
「どうぞ」
そこにはやっぱり名取さんが居た。
「あの私、ユズちゃんといつも仲良くさせていただいてる学級委員の白川マイです。お母様ですか?」
「…えぇ」
名取さんがお母様⁈そういう設定…なのか?そういえばユズ両親はいないって…。
「そちらの方は?」
すごくわざとらしく名取さんが聞く。あなたもよく知ってる
「白川さんと同じ学級委員で真倉シュンです」
「真倉君に白川さん初めまして。ユズの母です。立ち話もなんですからこちらへどうぞ。」
名取さんに案内されて改めて見る。相変わらず豪華な部屋だ。
「凄い!私、螺旋階段がある家初めてです」
「僕も初めてです」
あの夜は見る余裕なかったんで。とは言えない。
「夫が建築会社を経営しておりまして。この家は完全に趣味なんです。どうぞこちらへ」
リビングには金持ち特有のやたら長い机がある。
「金持ち物産展みたいな家ですよね」
「今なんて?」
ヤバい。口に出すつもりはなかった。
「真倉君はお金持ちの見本市みたいだなって言いたかったんだよね」
全くフォローにならないフォローをありがとう。名取さんの無表情な顔が辛い。
「その、素敵な家ですね。家具一つ一つ拘っている感じがします」
もう遅いが一応言っておく。
「今お茶淹れます。白川さん紅茶、日本茶、コーヒーどれが良いですか?」
「ありがとうございます。コーヒーでお願いします」
普通に無視されるの、辛い。
「真倉君は?」
「コーヒーでお願いします」
名取さんがコーヒー豆を機械に入れる。ガリガリという音ともにコーヒーの良い匂いがしてきた。
「お待たせしました」
コーヒーと高そうなクッキーが並ぶ。
「これ⁈もしかしてミッシェルバッハのクッキーですか⁈あの半年待ちの⁈」
「よく分かりましたね。そうですよ」
名取さんがにこやかな表情で笑いながらいう。
「そんな珍しいの?」
「真倉君ミシェルバッハを知らないんですか⁈古都にある超有名店ですよ!通販で約半年待ちの超有名クッキーです!」
「そうなんだ…」
白川さんの熱量に圧倒され一枚クッキーを食べる。
「うん。高級な味がする」
「そんな平凡な表現力持った人が食べていい代物じゃないんですよ!もう真倉君は食べないで下さい!」
「ふふふ」
名取さんが笑った。あの名取さんが。
「白川さんも真倉君も面白いですね」
怖い。もはや逆に怖い。
「この前の出張で大量に買ったので、どんどん食べてくださいね。真倉君も」
「はい…」
「ありがとうございます!!!」
白川さんが夢中になってクッキーを食べながらクッキーの魅力について名取さんに語っている。僕はここぞとばかりにリビングを見渡すが特に何もない。本当に生活感のあるものが一切ない。不自然なくらい綺麗だ。
「真倉君。何キョロキョロしてるの?」
思わず体がびくりと動く。いつもの名取さんの声だ。ビビるな。
「瑜紅さんはどこかなと思って。これプリントと宿題です」
「はっ。クッキーについ夢中になってしまいました!すみません。ユズさんはいらっしゃいますか?」
「すみません。先生にもお伝えしたんですが、ユズは今彩都の病院にいまして。明後日には学校に行けると思います」
「わかりました!ヘフヘイにもそう伝えます」
「白川さんクッキー食べすぎて先生がヘフヘイになってる」
「白川さんもしよろしければ持ち帰り用のクッキーもありますよ」
「いいんですか⁈」
この光景は見覚えがある。ユズは白川さんと仲が良い理由がなんとなく分かった気がする。
結局この後も名取さん以外は誰も来ず、白川さんはクッキーを二缶平らげて僕らは屋敷を後にし、名取さんが用意してくれた静かなタクシーにのる。
「あー美味しかったですね」
「白川さんてあんな食べる人だったんね。ユズみたい」
「真倉君ユズちゃんと仲良いんですか?」
「なんで?」
「ユズって呼び捨てだし。教室では全然喋っていない感じがしてました。でもそう言えば幼馴染だって先生も言ってましたもんね」
「白川さんこそ」
「はい?」
「マツリと初等部の時はあんな仲良さそうだったのに。いつの間にやら無視とか…イジメぽい事されたりしてさ。なんであぁなっちゃったの?」
二人は初等部の時、学年の間で有名な二人組だった。活発なマツリと本好きの白川さんは初等部時代からレベル6。二種の突き抜けた存在どうしだったからだ。
「それはなんとも言えないですが、やっぱり私が三種に落ちちゃったからですかね」
三種落ち。それは決して珍しい話ではない。サガを使うには集中力や力など様々な要因を組み合わさなければならない。練習でレベルをあげていくことはできるが逆に成長するにつれ伸び悩んだり、レベルが落ちることは普通にある。
「三種に落ちたからって友だちやめるなんて最低だな。マツリ、ちょっと才能があるからって調子乗ってんだよ」
すぐ同意されると思っていたのに、白川さんは暫く黙った後
「マツリちゃんはマツリちゃんで色々あるんです。何も知らないくせに。口を挟まないでください」
と言った。なぜか怒っている。俺そんな悪いこと言ったつもりはないんだけど。
「マツリちゃんは私に敵意も好意も真っ直ぐぶつけてきてくれました。私からしたら真倉君の方がよっぽどどうかしてると思います」
「…ごめん」
俺は心底自分が嫌いだ。白川さんとマツリのこと何も知らないで。自分だって白川さんが無視されていた時。傍観してただけのくせに。
「本当にごめん。軽率な発言だった」
白川さんに頭を下げる。
「いやいや!私こそなんか調子に乗って発言してしまってごめんなさい!忘れてください!恥ずかしい!」
「なんか…白川さんって静かな人ってイメージだったけど思っていたより面白い人だしちゃんと自分の意見持っているんだね。凄いよ」
俺と違って。
「そんな!照れますからやめてください!」
白川さんは顔を真っ赤にして謙遜する。ユズならきっとでしょう⁈ってドヤ顔するんだろな。
「会いたい…」
「へっ⁈」
「えっ俺今なんて言った⁈」
「会いたいって言いましたけど」
「えーと、マツリとユズに会いたいなって。2人がいないとクラスが静かでさ」
「そうですね。2人とも早く学校に来て欲しいですね」
「だな…」
俺はタクシーの窓から景色を見る。夏は日が落ちるのが遅いからか、1日が随分と長く感じる。
その夜、ユズから約1週間ぶりの連絡が来た。
「明後日から学校行くから安心しなさい!って。随分待たせた割に短すぎんだろ」
「お兄ちゃん…ニヤニヤしながら言う根暗の中学生男子の独り言ほど気持ち悪いものはないよ…」
「えっ俺なんか言ってた⁈」
「嘘でしょ無意識?純粋に気持ち悪い。寝る」
「ちょっとおい!」
カンナも昔はお兄ちゃん、お兄ちゃんって可愛かったのに。いつのまにかユリの絵も壁紙から無くなっている。そう言えばユリはどうしてるんだろうか。
「もう寝よ…」
そして早く明日になって、明後日になってほしい。
明後日はいつもより大分早く学校に来た。多分一番乗りだ。なんかユズを待ってるみたいで嫌だけど。教室の扉を開ける。あれ?誰かいる。逆光でよく見えない。
「ユズ?」
ビクッとしてその誰かが振り返る。振り返った瞬間、時代遅れの二つ結びの影が揺れる。
「マツリ…?」
「どけ!」
ガンと肩が当たっても、謝ることもせずマツリらしき女は教室から走って、消えた。
「なんなんだよ…」
教室の朝日が眩しい。カーテンを閉めて電気をつけたところでまた誰か入ってきた。
「ユズ!」
「おっ真倉珍しく早いね!」
今度はユズだ。良かった。
「ユズ!なんで連絡くれなかったんだよ!」
「したじゃん一昨日」
「めっちゃ心配したんだぞ!」
「ちょっとそんな大声出さないでよ。もうすぐみんな来るよ」
「いいよ!もうそう言うのやめる!」
「へっ⁈」
ユズが驚いた表情でこっちを見る。
「もう他人の目を気にして生きるのはやめた!」
「ごめん。ちょっと何言ってるかわかんない」
「とにかく!これからは教室でもガンガン喋りかけてくれていいから!」
「うん。分かったから。どうしたの真倉?今日変だよ」
「…またいなくなるのかなって思った」
「真倉?」
「…またいなくなるのかなって、思った」
「ここにいるけど」
そう言ってユズは笑う。やっぱりユズは笑うと。
ガラガラと教室の扉がまた開く。
「ユズちゃん!おはよう!ずっと来てなかったから心配したんだよー」
「ごめんごめん。検査入院が長引いちゃって」
「おっユズおはよー。身体大丈夫?」
「おはよー。大丈夫だよ」
あっという間にユズは囲まれた。やっぱりユズはなんだかんだ人気者だ。まぁマツリ学校来なくて、必然的に女子が集まるってのもあるけど。
夏期講習は3時間目時までが筆記講習で、午後はサ開だ。4時間目までは全員参加だけどその後からは自由参加だ。サガを真剣に毎日練習する子、すぐに帰る人など様々だ。
俺とユズは結果的に喋れるのはやっぱりサ開の行き来の時間だけだ。
「古都での出来事まだちゃんと謝ってなかったよね。真倉にはメッセージじゃなくて、ちゃんと謝りたくて。本当にごめん」
「全然良いよ。別にユズが悪いことしたわけじゃないし。なんでか内出血とかも一切なくてさ。不思議だよな」
「いや今回のことは私の責任。本当にごめん」
ユズはわざわざ立ち止まって謝る。
「本当にもういいから」
「あのそれでさ、今週の日曜日って空いてる?」
「多分」
「じゃあさカラオケでも行かない?」
「えっ…」
2人きりで?それって…デート?。心臓が動く。
「ユウト…真倉を殴った人が謝りたいって彩都から来るんだよね。それでもしよければあってやってくれない?」
そっちか。ていうか
「ユウトって俺殴ってきた奴だろ!嫌だよ!」
「本当にお願い!」
「絶対嫌だ!」
「お願いだって!ユウト本当に反省してるから!」
「…分かったよ」
「本当⁉︎ありがとう!」
「ただ」
「ただ?」
「カラオケは嫌だ」
「別のとこでもいいよ!ユウトに払わせるから!」
「ロウンドワンにサ開の練習スペースあるだろ。そこでユウトさん…にサガ教えて欲しい」
ユウトって人は悔しいけど物凄く、圧倒的に強かった。同じ土サガなのに。
「あそこならボウリングとかもあるし良いね!」
「あの人達って何歳なの?先輩ぽかったけど」
「2人とも私と真倉より2つ上だよ。ユウトとレイって言うの。2人とも普段は彩都にいるよ」
「そうなんだ。どの学校?」
「ハーレスって所」
「まぁ…そうだよな」
納得だ。あの強さと高圧的な態度。あれは絶対的に自分に自信がないと出せない態度だった。ハーレスって言われてすごいって気持ちより当然って気持ちが上回るんだからあの2人って凄いよな。
「じゃあ日曜日、家まで迎えに行くから!詳しくはまたメッセージ送る」
「分かった。じゃあ俺サ開だから行ってくるわ」
「いってらー」
日曜日か。それまでに少しでもサガを開発しないと。負けたくない。初めてそう思った。
あっという間に時間は過ぎて、日曜日になった。
あんなに一週間が長かったのに、今度は早く感じるから不思議だ。今日は朝6時に起きてしまった。大丈夫。カンナの服装チェックもクリアしたし、サガも少しは強くなった気がする。今日はユズも私服だ。実は今まで私服は見たことがない。変だけどまだ制服とドレスとパジャマしか見てない。
「パジャマ…あれどこのだろ」
一応、一応検索してみる。
ピーンポーン。チャイムが鳴った。ユズだ。
「はーい。待ってた…」
靴を履きながらドアを開けたのでまたズボンを見る。既視感を抱いて目線を上にあげるとやっぱりあの綺麗な男の人が立っていた。
「ちょっとレイ!待って!」
後ろからユズの声がする。
「あの…」
「早く乗れば?」
「ちょっとレイ!失礼だよ!真倉おはよう!」
ユズは髪は染めていたが、カラコンはつけてない。水色の瞳が僕の顔を映す。
「三つ編み初めて見た」
「ヘヘッ可愛いでしょう⁈」
ユズは一周くるりと回ってみせる。可愛い子だけができる特権だ。ていうか私服も可愛い。
「早く、乗って」
「あっはい」
車に乗り込むとあの怖い人が一番後ろの奥にいた。
「…乗れよ」
怖い。やっぱ怖い。でもここでビビっちゃいけない
「失礼します…」
横に座る。車の中は涼しいのに汗がびっしょりだ。
2列目の席にユズとレイという人が座る。
「じゃあ出発します」
松澤さんでも佐藤さんでもない運転手さんがエンジンをかける。
「出発進行ー!」
ユズは明るくいったが誰も喋らない。どうしよう。
「ちょっとユウト!謝るって約束したでしょ!早く謝って!」
ユズが僕らの方向に顔を向けながらいう。
「だってコイツ…」
ユウトという人はまた僕を睨む。
「ユウト⁈またおじさんにカード止められてもいいの⁈」
「…めん」
「ユウト!聞こえない!」
「ごめん。やり過ぎた…かもしんねぇ」
物凄く渋々と言った感じでユウトという人が睨みながら謝る。全然謝られた感じがしない。怖いしぶっちゃけもう帰りたい。
「いやこちらも変装なんかして怪しませたのも悪いですし。こちらこそなんかすみません」
言えた。早口だけどなんとか言い切った。
「じゃあ仲直りの握手して!」
ユズの口を塞ぎたい。手汗が噴き出て慌てて新しい5000円のTシャツで拭く。
「チッ」
ユウトさんという人は舌打ちをして右手を出すので僕も右手を出して、もの凄くぬるい握手をする。
「よし!これで仲直りね!」
ユズは嬉しそうにいうがユウトさんの顔は怖いままだ。もう1人のレイという人なんかこちらを見向きもせずひたすらスマホをいじっている。
「レイも謝れよな」
ユウトさんがぶっきらぼうな声で言う。
「そうだよ!レイも!」
「…僕何もしてないよ」
静かに、美しい声で言う。イケメンは後ろ姿もイケメンだ。
「レイもユウトが殴るの止めなかったんだから、謝るべきだよ!」
ユズ。本当にもうやめてくれ。頼むから。
「…ゴメン」
綺麗な棒読みのゴメンが車に響く。
「いえ…こちらこそすみませんでした」
そう言うしかない。
「着きましたよ」
運転手さんの声が一番あったかい気がした。駐車場からロウンドワンの入り口に行く。全自動だから人がいない。人が…。
「もしかして貸切⁈」
「んだよ。お前が言ったんだろ。なんか文句あんの?」
言っていないですと言いたいが怖くて言えない。
「ちょっとユウト!真倉には、真倉シュウって名前があるんだからちゃんと呼んであげてよ!」
「…分かったよ。真倉な」
ユウトさんはユズの言うことは一応ながらも聞く。ユズからは親戚と言われたが、いまだに関係はよくわからない。
「で、真倉?とっととやろうぜ。サガ開発の自主練すんの?」
「ユウトもうちょっと優しくいってあげてよ。まずはみんなでボウリングでもして親睦を深めよう!」
「そんなこと言ってお前がしたいだけじゃねぇの?」
「なっ!そんな事ないよ!」
ユズはそう言いながらも目線はもうボウリングに言っている。
「じゃあボウリングで…」
とにかくゆずに任そう。
「やった!じゃあ行こ!真倉こっち!」
ユズはこの空気の中、僕の腕を引っ張ってボウリングシューズがある場所に行く。
「真倉は靴のサイズ何センチ?」
「25だと思う。ユズは?」
「22」
「小さくない?」
「そう?普通だと思うけど」
こう話しているとデート感があるっちゃあるが。
「なぁ超気まずいんだけど」
小声でゆずに助けを求める。
「ユウトさんは怖いし、レイさん?あの人なんてスマホしか見てないよ」
「大丈夫だって。2人とも仲直りのためだけにわざわざ彩都から戸間まで来たんだから」
絶対嘘だ。
「ユズはさ、この逆ハーレムの状況怖くないわけ?」
「逆ハーレム?何それ?」
これだからリア充は。
「レイ!ユウト!早くこっち来て!」
ユズが大声で呼んで、2人が来る。遠目から改めて見ると2人とも違うタイプのイケメンだ。
「どいてくれる?」
レイさん…だ。ユウトさんも怖いが、どっちかというとこの人の方が怖い。綺麗だからかな。紫色の瞳が俺を冷たく突き放す。
「どいて」
「あっごめんなさい」
「ちょっとレイどうしたの?靴ならこっちにもあるじゃん」
「こっちがいい」
「変わんないよ!もう!レイ、今日テンション低くくない⁈」
ユズがハイテンションすぎんだよ!そう突っ込みたいが、空気を読んで言わない。てか言えない。
3人の男が無言のままボウリングゲームは始まった。
「よっしゃ!これでダブル!」
(2回連続ストライク、3回はターキー)
ユウトさんはボウリングゲームが始まったら徐々にテンションが上がってきたみたいだ。ストライクのたびに叫んでる。
「次、ユズの番」
レイさんはさっきからユズにだけ喋りかける。それ以外はストライクを出しても無言だ。
「よーし!私に任せなさい!」
今日新しく知ったことはユズはボウリングが下手という事だ。フォームからして変だ。なんだあのポーズ。
「お前またガーターじゃねえか!ちゃんとやれよ!」
ユウトさんが怒ってるのかふざけてるのかわからない声量で言う。
「おい真倉!次!お前の番!」
「はいっっっ!」
怖い人には大きな返事をする。最近学んだ人生の鉄則だ。
「あっ惜しい!あと2本だったのに!」
ユズの興奮した声がボウリング場に響く。
結局ハイスコアはユウトさんで195。ユズはなんと52だった。
「おっ真倉は173か!やるねぇ!」
「ユズが下手すぎるんだよ…」
「うるさいよ!あぁ叫びすぎて喉渇いた!」
「俺買ってくる」
「ありがと!私メロンソーダで!」
「いやちょっとは遠慮しろよ」
「真倉、俺の分も頼む。コーラで。ペプシね」
ユウトさんとは少しだけ打ち解けた気がする。
「わかりました。ペプシとメロンソーダですね」
「真倉もう敬語やめろよな」
「あっすみません」
「だからやめろって言ってんだろ」
やっぱまだ怖い。
「じゃああの…レイさんは何がいいですか?」
「一緒に行く。4本も持てないでしょ」
えっ⁈俺はユズに目線で助けを求めるがユズとユウトさんは2人でもう別の話題に入ってる。
2人で無言のまま、自動販売機に向かう。どうしよう。気まずすぎる。
「あの…」
無言だ。どうしよう無言だ。2回心の中で言うがやっぱり無言だ。
「あの…」
それにしても綺麗な横顔だ。
「何がいいの?」
「へっ?」
「ジュース。何がいいの?」
いつの間にか自動販売機までついていた。
「あっ俺お茶で」
「分かった」
「あっ俺払います」
「いい。借り、作りたくないから」
ただ無口な人なのかと思っていたけど違う。単純に俺が嫌いなだけだ、この人。
「…やっぱ許嫁だからですか?」
言ってしまった。
「知ってたんだ。」
驚きもせずにレイさんはボタンを押す。ガランガランとお茶が出てくる。
「はい」
「ありがとうございます…」
「誰に聞いたの?」
「えっ。あぁ…松澤さんです」
「そう」
レイさんはペプシを続けて押す。ガランゴロンと落ちる音だけが響く。
「メロンソーダないね」
「…ないですね。戻ってユズにもう一回聞いてきます」
「これでいいでしょ」
レイさんはサイダーとクリームソーダーを買って、俺にペプシとお茶を渡す。
「はい」
「あっありがとうございます」
2人で戻る。
「おっ2人ともありがとね!ってこれサイダーじゃん!」
「メロンソーダーなかった」
「レイのどっち?」
「どっちでも。ユズ好きな方選びなよ」
「もう!レイ先に選んで!」
ユズはレイさんには先に選んでって言うのか。俺が持ってきたらユズは絶対自分が好きな方選ぶのに。
「もう昼だな。お腹すいたし真倉、サ開の練習はご飯食べてからでいいよな?ピザ取ろうぜ」
「はい。いや、うん」
「真倉。日本語おかしいよ」
ユズが笑って、レイさんも笑った。目だけ。
ピザを食べおわってサ開の練習場にいく。
「おぉ。俺、初めてきたけど意外といいな」
「ユウトさんって普段どこでサガの練習してるんですか?」
もう敬語のまま突き進む事にした。
「家と学校。基本は家だけどな」
「家…」
サ開の練習場がある家ってどんな家だ。
「ユズは見学ね」
「えぇ⁉︎つまんないの」
ユズはそう言ってベンチに腰を下ろす。
「じゃあ真倉。一回やってみろ」
よし。練習の成果を発揮する時だ。シンを刺して落ちる血に集中する。砂が巻き上がる。
「おっツイスターね」
よし!あとは何秒持つかだ!精神を集中させる。しかし竜巻は少し舞ってあっけなく消えた。
「…終わりです」
「25.4秒、23.2cm、レベル3、3種」
機械のアナウンスが虚しく響く。
「真倉成長したね!前は20秒ももたなかったのに!」
「はっ⁈ユズなんで知ってんの⁈」
「私ずっと保健室からみてたもん」
まじか。めちゃくちゃ恥ずかしい。
「じゃあ次は俺の番な。同じ技のツイスターでいいだろ」
そう言ってユウトさんはシンをつかって、手の平を一気に割く、一滴。落ちた瞬間、
「ゴホッゴホッ」
嘘だろ⁈思わず袖で口を覆う。竜巻は俺の背を超えてる。30秒ほど竜巻は舞って、消えた。砂煙がまだ残っている。
「32.1秒。高さ6.1メートル。レベル10。1種」
「どう?俺中々やるでしょ⁈」
中々やるなんてもんじゃない。これが一種か。噂には聞いてたけどレベルが全然違う。
「レイ、お前も見せてやれよ」
「無理」
「なんでだよ。別サガとはいえ勉強にはなるかもしれないだろ。おい真倉、コイツ、ダブルサガなんだぜ。炎と水」
「ダブルサガ⁈」
思わず叫んでしまう。嘘だろ⁈ダブルサガ⁈初めて見た。ダブルサガとは2種類のサガを使える人の事だ。サガを2種類使いこなせる人間は確かナラクでも程度しかいない。しかもこの歳で一種となれば
「レベルが違いすぎる…」
本当にレベルが違う。全てにおいて負けてる。
「レイのサガ久々に見たい!あれがいい。水と炎が混ざるやつ。ねぇレイお願い!」
「…分かった」
レイさんがリンクに上がる。シンを刺す。血が一滴。炎が俺の背丈を超える大きさ燃え上がった瞬間、水がその周りをグルグルと回り続ける。この色…。
「レイさんの瞳色…」
20秒ぐらい炎と水は混ざり合って、消えた。
「22.4秒。高さ4.3メートル。レベル10。1種」
「…今日調子悪いね」
これで調子が悪いのか⁈
「お前何言ってんだ。まぁまぁ全力だしてただろ」
ユウトさんは笑いながら言うがまぁまぁ全力だろうがなんだろうが俺にはできない。
「うるさい」
レイさんは紫色の瞳で俺を一瞬見て、ユズが待つベンチに戻る。レイさんとユズは何か楽しそうに喋っている。2人の世界って感じだ。入る隙がない。
「じゃあ練習すっか」
「はい」
「まずお前のシンを刺した後なんだけど…」
ユウトさんは意外と教えるのがものすごくうまかった。25秒しかもたなかった膝丈ぐらいの小さな竜巻は、たった3時間の講習で32.3秒の新記録を叩き出した。
「32.3秒、高さ22.9cm。レベル4、3種」
「新記録です!ありがとうございます!」
「別に。それよりあとは大きさだな。」
見た目と性格はヤンキーそのものだけど、サガを教える姿は誰よりも丁寧で細かかった。多分家でめちゃくちゃ練習しているんだろう。
「それより真倉、お前よく回数持つな。俺一日70が限界だぞ。お前もう135回してんじゃねえか」
「体力だけは自信あるんで。しかも夏期講習入ってから100回以上できるようになったんです」
「夏期講習入ってから?」
「はい」
「さすがユズだな」
「えっ。ユズ関係ありますか?」
「いやなんもない」
ユズとなんの関係があるんだ?聞ききたい。もう知らないのは嫌だ。
「あの…」
「てかそろそろユズとレイ探さないと。たく、あいつらどこ行ったんだよ。」
「あの俺…殴られた後気を失ったあと何があったんですか。起きたら内出血も何もなくて」
「あーそれはあれだな。現代の医学の力だな。本当安心したよウン」
この人嘘下手だな。
「嘘つかないでください。俺に何したんですか?ユズの秘密ってなんですか?」
「は?何?お前ちょっと優しくしたからって調子乗ってんじゃねぇよ。お前ごときが俺を問いただせると思ってんの?」
少しでも親しくなったと思った俺が間違ってた。一瞬で突き放される。
「真倉、ユウトそろそろ帰るよー!」
ユズが来て結局何も聞けなかった。帰りの車はまた静かになる。ユズが何かしら喋っていたが、ユズ以外はみんな黙っていた。
「着きましたよ」
運転手さんの声がやっぱり一番あったかい。
「じゃあまた学校でね。バイバーイ!」
元気よく窓から手を振るユズを見る。ユズに聞きたい。何隠してんだよって。
「…バイバイ」
車を見送って家に入る。結局何も聞けず何もわからなかった。どうしようもないモヤモヤを抱えたまま俺の足は真っ直ぐカンナの部屋に来た。
「カンナ、入っていい?」
「何。いつも勝手に入ってくるくせに。急に気持ち悪いんだけど」
ドアを開けて入ると相変わらずパソコンに向かってるカンナがいる。
「あのさ、シグレとユリの事…覚えてるか?」
カンナが振り向いた。久々に名前を出したからかユリは少し驚いた表情をしたがすぐ真顔に戻る。
「…忘れる訳ないじゃん。私達があれだけ言ったのに大人達は誰も探してくれないし信じてさえくれなかった。おじいちゃんまで忘れろって言ったんだよ?忘たくても忘られない」
「その…シグレに会いたいか?」
「会いたいに決まってるでしょ!ユリお姉ちゃんにもシグレお姉ちゃんにも会いたい、凄く会いたい」
カンナはもう半泣きだ。
「もし、もしもの話なんだけど…シグレが別人になって現れたら?」
「は?何言ってんの?どういう意味?」
俺だって自分が何言ってるかわからねぇよ。
「その…いきなり現れたらどうする?」
「は?だからどうゆう事?」
「だからぁ!俺にだってわかんねぇよ!」
思わず大声を出してしまった。
「…意味わかんないんだけど」
カンナは俺から背を向けてまたパソコンをカタカタしている。いったいなんなんだよ。
「…カンナ、お前もう学校行かないつもり?」
「行くぐらいなら死ぬ」
「それずっと言ってるよな。でもさ世の中にはもっと頑張ってる人もいるんだよ。それに行きたくたっていけない人も…」
「したよ。私は頑張った」
「話聞けよ。いっつもそうゆうけどさぁ…」
「うるさいな!」
今度はカンナが怒鳴る番か。
「努力しろとか!もっと頑張ってる人がいるとか!知ってるんだよ!知ってるけど!私の努力の器が今がいっぱいいっぱいなの!これ以上頑張ると身体が死ななくても、心が死ぬの!」
「…ごめん」
「.…心が死ぬのと、体が死ぬのってどっちが辛いんだろうね。お母さんはどっちが先に死んだのかな?」
「母さんの話はやめろよ」
「お母さんはやっぱ心が先だったのかな」
「カンナ!」
「…会いたいよ。お母さんにもユリお姉ちゃんにもユズお姉ちゃんにも会いたい、会いたいよ」
カンナは俺に背を向けたまま肩を震わせて泣いている。俺は何も言えなかった。
た。カンナの部屋の扉を閉めて自分の部屋に戻る。
ユズからの「今日は楽しかったね」ってメッセージになんて返信すればいいか分からず、寝た。
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