第10話 ユズ、ホテルから戻った後

ホテルの部屋を飛び出してしまった。折角真倉といい感じだったのに。私が泣いてたとこ見られてないよね。こんなの誰にも見られたくない。露天24時間って言ったけど本当は知らない。とりあえず行ってみよう。

「24時間だった…露天ないけど…」

ぽちゃんと音がする。ホテル貸し切ったのかな。私しかいない。

「あーーーーーー」

ちょっと音を響かせてみる。1人風呂の特権だ。流石にここまで護衛達は来ないし。

「主人公か…」

真倉から見た私は主人公なのかな。

「まぁ要素はどっかのおとぎ話みたいだよね…」

ある日目が覚めたらユリが泣いていて、知らない人がたくさんいて。2年眠ってたんだって言われて。急に宮家様とかユズ様とか様様って崇められて。許嫁とかいう綺麗な男の子はくるし。

「めちゃくちゃ狙われるし…」

本にしたら儲かりそうな内容詰め合わせって感じ。水の宮家衝撃の真実!みたいな感じで。でもそしたらまた犯罪組織とかに狙われちゃうのかな。

「はぁー」

ため息をつく。浴場だからかため息まで響く。とりあえず化粧落として、シャンプーして、ドライヤーして…帰って真倉と仲直りしよう。きっと実は優しい真倉のことだから私に謝るために部屋で待ってる。昔からそうだった。

「仕方ない!主人公様が許して差し上げよう!」

声が浴場に響く。1人とはいえ恥ずかしい。早く上がって帰って真倉と仲直りしよ。

「ただいまー。…何やってんの⁈」

目に飛び込んできたのはトイレの前で倒れてぐったりとしている真倉と、その真倉の胸ぐらを掴んでるユウトだった。

「おっユズ…」

「どいて!」

ユウトを突き飛ばす。

「真倉⁈大丈夫⁈どうしたの⁈しっかりして!」

返事をしない。息も荒い。

「真倉!真倉!」

「真倉!しっかりして!」

「ユズ、何?コイツ知り合い?」

「ユウト!真倉に何したの⁈」

「何って…」

「早く答えて!」

「コイツが部屋にいて怪しかったから、ちょっとサガ使って殴った。喋らないからさ」

「馬鹿!なんで!」

「手加減したぜ」

「ユウトの馬鹿!間抜け!」

ユウトのことだ。わざと痛みが強い場所を狙ってやったんだろう。最悪骨が折れている。

「シン貸して!」

「おい。今風呂入ってきたんだろ?血流良くなってるしまずいって」

「貸して!」

「ユズ。危険だからやめなよ」

「うるさい!」

ユウトのポケットから無理やりシンを取って。だめだ指じゃ間に合わない。手のひらにシンを刺して引っ張る。血が一気に流れる。真倉の口を開けてそこに手を突っ込む。

「真倉。飲んでよ…」

真倉の喉仏が動く。飲んだ。徐々に傷が治っていく。真倉の荒かった息が静かになっていく。

「よかった…」

本当によかった。口から手を抜く。ユウトが突っ立っている。

「…コイツじゃなくて真倉っていうの。私のこの手じゃ運べないからそこのベッドに運んで!早く!」

「ああ…」

「レイも!手伝って!」

「ユズ、顔真っ青だよ。このコップ使って」

「そんなこといいから!早く!」

レイがゆっくりと立ち上がってユウトと一緒に真倉を私のベッドに運ぶ。

「ユズ、運んだぞ」

「ありがどゔ」

泣きじゃくって変な声になっちゃった。今日は泣いてばっかりだ。

「血」

レイが私の腕を上にあげて私の手首まで伝った血を指でとって舐める。

「おい!レイ!ずるいぞ!」

「レイ腕離して、後コップ貸して」

私はこう見えて今怒っている。2人に。

「ユウト、カバンにある鉄分サプリとって」

「分かった…」

ユウトはこんな怒った私をみるのは多分初めてだ。びくついている。

「僕、紅茶入れ直してくる。冷めちゃったから」

レイは至って冷静だ。そんな冷静ならユウトの事止めれたはずなのに。私はソファーに座る。強がってはいるが血が、やばい。ぶっちゃけ立ってられない。

「ほら鉄分サプリ。その…ごめん…」

「そこにあるペンダントもとって。リフェース皇太子がくれた血が入ってる」

とってくれたペンダントの血を一気に飲む。少しだけ血の気が戻る気がする。

「ユズ、大丈夫?」

「大丈夫じゃない」

「無理するから。傷…これ深いね」

「レイが止めればよかったじゃん!いっつも暴走したユウトを止めるのはレイの役目でしょ!」

レイが悪くないと分かっていても八つ当たりをしてしまう。

「…ごめん」

レイの冷静で綺麗な声がこういう時はムカつく。

「ほんとにごめんって」

ユウトの声はもっとムカつく。

「2人の馬鹿!阿保!間抜け!サーシャ様に祟られろ!」

止まらない。涙がまだ出てくる。

「ユズ本当ごめん。落ち着いて」

「ごめんって。ほら鉄分配合のいちご飴」

「っ…」

今更怒ってもどうしようもない。それに軽率に間倉を部屋に招き入れた私も悪い。分かってる。分かってるけど。

「あそこまでする事ないよね⁈」

「夜中だし従業員の服着てる割に若かったから…その…反乱分子かなって…」

「反乱分子だったとしても!同い年だよ!」

「だから骨は折ってないって」

「そういう事じゃない!」

「ユズ、ユウトは間違ったことは言ってないよ。もし本当に反乱分子だったら同い年だろうが何歳だろうけれどうが僕らは殺さないといけない。分かってるでしょ?」

レイの言ってることは正論だ。

「ユズ…本当にごめん…」

「…」

血がドクドク流れていくのがわかる。

「ユズ。頼むから横になって」

「ユウトちゃんと1から説明して!したら寝る!」

「…まず俺が来た時レイが真倉と2人して突っ立っていて。それで従業員の制服着てるから怪しんで。なんか根暗だし声ちっさくて聞こえないから…殴った」

「真倉は元々声小さいんだよ!」

思わず叫んでしまう。

「ユズ落ち着いて。次はユズの番だよ。なんで真倉君がここに居るの?」

「それは…知らない…」

「はぁ⁈じゃあやっぱ反乱分子じゃねぇか!」

「違うよ!同級生!色々あって!彩都まで一緒に来たの!なんで古都にいるかは知らない!聞こうとしたんだけど、その前にも色々あって!」

「どういう事だよ⁈てか、彩都にもいたのか⁈」

「ユズ。色々が多すぎる」

レイが冷静な声で続ける。

「このままじゃ埒が開かない。誰か知ってそうな人いないの?」

「…松澤さん」

「じゃあ、松澤さんに状況説明してもらうよ。いいね?」

「うん…」

「じゃあ松澤さん呼びに行ってくるからユズはコップの血を飲んで早く寝て。顔真っ青」

血はまだ止まらない。時計はもう夜中3時を差している。ぶっちゃけ眠い。

「でもベッドは間倉寝てるし…」

「僕のベッド使って。これルームキー。805」

「わかった。1人で行けるからついてこないで」

流石に限界だ。レイのルームキーでレイの部屋のベッドにダイブする。ダメだ…やっぱ…貧血…。

目が開く。カラスが泣いてる。朝?夕方?

「朝だよ。おはよう。」

エスパーみたいなレイの声がした。

「おはよう…」

まだ頭が痛い。手のひらがジンジンする。

「まだ9時だよ」

「もう9時だよ。ていうか真倉は?大丈夫?」

「…うん。今佐藤さんがついてる。ユズの血のおかげでどこも異常なしだよ」

「よかったぁ。ていうかレイは?寝てないの?」

「昨日の血のおかげで徹夜できた」

床からいびきが聞こえる。ユウトだ。

「おはようございます…」

松澤さんもいた。ていうかすごいクマ。

「大丈夫ですか?」

松澤さんは答えることなくまた床で眠る。

「床で寝て風邪ひかないかな?」

「ユズ。松澤なんかの心配なんてしなくていいよ」

レイが怒っている。松澤さんはどこまでレイに言ったのかな。

「顔洗って…拭いてくる」

洗面台で間抜けな自分の顔を見る。確かに真っ青だ。戻ると、大量の鉄分料理が並んでいた。

「寝れないから作った。食べて」

「ありがとう。いただきます」

レイって本当なんでもできるな。食べながらレイの話を聞く。

「私が寝てからどうなったの?」

「ちゃんと食べて」

「食べるから教えて」

「…松澤さんを起こしてユズの部屋に行く前に、ユズの様子を見に行ったらユズが倒れていて医者を呼んで傷を糸で縫ってもらった。顔色が悪かったから点滴も2回打った」

「それで?」

「医者が用意したユズの薬ね。13種類あるから。漢方もちゃんと飲んでね」

「続きを」

「飲んでから」

仕方ない。鼻をつまんで飲み切る。なんで薬13種類も処方するかな。絶対レイが医者に色々言って薬増やした気がする。

「飲んだ!教えて!」

「…医者にユズを診て貰った後、真倉君も診て貰って異常なしだったけど念の為入院して貰った」

「えっ⁈お見舞いいかないと!」

「大丈夫だから。座って。続き話さないよ?」

レイの顔がちょっと怖い。大人しく座る。

「それから、松澤が彩都に行くまでの話をしてくれて。古都に行く経緯で佐藤さんの名前を出すから佐藤さんにも話を聞いた」

そういえば松澤さんが、真倉は佐藤さんと一緒だったって言ってた気がする。

「それで佐藤さんが僕らに全部話して、病院にいった。おしまい」

「そこの全部の部分が聞きたいんだけど!」

「食べ終わったね。じゃあ寝て」

「起きたばっかだよ」

「ユズ。寝て」

レイがこうゆう言い方をする時は怒ってる時だ。

「いくら同級生とはいえ…血を無断で与えたのはやりすぎだよ。もし真倉君がユズの秘密を知ったら?ユズが死んだら?責任取れるの?」

「それは…」

「もう少し冷静に判断して行動して」

「…ごめんなさい」

昨日の私の暴言と行動を思い出して恥ずかしくなる。

「もう寝て」

「うん…」

「じゃあユズが薬を飲んだとこ確認したし。僕はユズの部屋行って寝る」

「ここで寝ないの?」

「やだよこんなむさ苦しい場所」

確かに…床から男2人のいびきが聞こえるスイートルームってのはちょっと笑える。

「…一緒に寝る?」

悪戯っぽくレイが聞く。

「ううん。ここで寝る」

「体調悪かったらすぐ人呼んでね」

「うん」

「じゃあおやすみ」

そう言ってレイは私の部屋に行った。私も寝る。お医者さんまたくるのかな…。

「あっ起きたっすか?」

「松澤さん…ここは?」

「ホテルの医務室です。また点滴したんすよ」

「そうですか…今何時ですか?」

「17時っす」

「…色々すみません」

「いや謝るのはこっちですよ。レイ様達に見つからないように変装させたのが仇になってしまって」

「あの変装って松澤さんがさせたんですか?」

「本当すみませんでした」

深々と頭を下げられる。松澤さんがこんなふうになるのも珍しい。

「いや私も2人に言わずにいたの反省してますから。今回はみんなそれぞれ悪かったんです。頭上げてください」

「本当にすみません」

「もう謝るの禁止です!それより真倉の様子聞いてませんか?」

「あぁ。ユズ様の血のおかげかピンピンしてますよ。佐藤さんと一緒に一足先に戸間に帰ったっす」

「そうなんだ」

ちょっと残念。言いかけだがやめにした。

「それより」

松澤さんが続ける。

「今回の事、サガラ様に報告させてもらったっす」

「えっ」

「すみません」

また深々と頭を下げる。

「血の量凄かったし仕方ないですよね。おじさんはなんて言ってました?」

「とりあえず彩都で3人全員1週間謹慎。全員から直接話を聞かれるそうっす」

「3人全員?」

サおじさんはレイに似て静かで冷静だけど怒るとめちゃくちゃ怖い。

「ついでに俺と佐藤も1週間の出勤停止と2ヶ月の減給処分っす」

「…私のせいですね。すみません」

「いや別にいいんすよ。でも」

頭を上げた松沢さんが真剣な顔で見る。

「もう二度とあんな無茶しないでください。本当…青白い顔見た時…心臓止まるかと思ったっす」

ごめんなさいと言いたかったが松澤さんは怒りを抑えた声で続ける。

「真倉くんがいくら大切な人でも、貴方は貴方で大切で特別なんっす。自己犠牲を伴う愛は結局周りを不幸にします。それだけは覚えていてください」

「はい…」

自分の馬鹿さを痛感する。レイがわざわざ起きてくれていたのも、みんなが私が寝ている部屋で寝ていたのもみんな私を心配してくれてたんだ。それなのに私はレイにありがとうの一言も言わず自分が気になることばっかり質問して。レイに謝らないと。

「レイって起きてますか?」

「さっき見た時顔洗っていましたよ」

「ありがとうございます!」

部屋を飛び出し非常階段で走って行こうとしたけどやめた。また倒れたらみんなに迷惑がかかる。

エレベーターで私の部屋にいってベルを鳴らす。

「…はい」

「レイ!開けていい⁈」

「ユズ⁈僕まだパジャマなんだけど…」

言いかけたレイを遮って扉を開ける。レイが驚いた表情のままハグする。ワカバお姉ちゃん流のごめんなさいと大好きだよのハグだ。

「ちょっと⁈ユズ⁈離して!」

レイの顔を見る。顔はいつものレイだけど耳がほんの少しだけ。気のせいかもしれないけど赤い。

「ありがとう」

「何いきなり」

「起きてご飯作ってくれてありがとう」

「…うん。分かったから離して」

レイが優しい手で私を引き離す。

「とりあえず僕またパジャマだから着替えないといけないから。また後でね」

「うん」

自分の部屋を後にする。ユウトにもちゃんと言わないと。レイの部屋のベルも鳴らす。

「はーいってユズ⁈」

「ユウト!」

レイと同じハグをする。ユウトもビックリした表情だ。

「昨日はごめん」

「いやいいよ。俺もごめん」

ユウトはレイと違ってハグし返す。

「ちょっとユウト力強いんだから手加減してよ」

「ごめん。でもユズが元気で本当よかった」

やっぱみんな心配していてくれてたんだ。

「てゆうかそろそろ離して」

「本当よかった」

「聞いてる?」

ユウトがやっと手を離す。

「…なぁお前それで上がってきたの?」

「ん?なんか変?」

「パジャマの上のボタン…外れてんぞ。俺がユリ一筋だからいいけどよ」

「ん?あっ本当だ!ありがと!」

ピーンポーンとまたチャイムが鳴る。ユウトを振り切ってドアを開けると松澤さんがケーキセットとサンドイッチセットのワゴンと一緒に立っていた。

「松澤さんそのケーキどうしたの⁈」

思わず涎が出そうになる。

「ルームサービスっす。俺の奢りっすよ。今回は迷惑かけたんで」

「あっじゃあ私レイ呼んでくる!」

「おいちょっと待てユズ。レイにもさっきの格好でハグしたのか?」

「うん!ありがとうって!照れて離してって言われたからすぐ離したけど」

「…じゃあ今はやめとけ」

「なんで?」

「俺、ユズ様の淹れてくれた紅茶飲みたいっす。ユズ様淹れれますか?」

「任せて!」

「俺も手伝う。淹れた事ないけど」

ユウトは手伝うなんて言いながら紅茶のティーパックを知らなかった。さすが坊っちゃんだ。紅茶の淹れ方をユウトがようやくマスターしたところで、ピーンポーンとチャイムがなってレイも来た。

「ユウト何?そんなニヤニヤしてこっち見ないで」

「べっつにー」

「だいたい昨日、誰のせいでこうなったの?」

「お前が止めてくれたらよかったんじゃねぇか!」

2人はまたギャーギャー騒いでる。

「2人とも昨日夜中ずっとユズ様より青白い顔されていたんですよ」

「そうなんですか?」

「2人とも少し泣いてたっす」

「えっ!ちょっと見たかったかも!写真とかないんですか?」

「いやぁさすがにあの状況で写真は…でもユウト様なんか鼻水を」

「松澤テメェぶっ殺されたいのか⁉︎」

「ユズ。松澤なんかとコソコソ喋ってないでこっちおいで」

テーブルにつくだけで騒がしい。

「じゃあみんなで乾杯しよ!」

「何に?」

何かって言われると。私の生還?言ったら怒られそう。松澤さんに目線で助けを求める。

「…えぇ俺っすか⁈えーと、みんなで1週間の謹慎処分に。乾杯!」

「は⁉︎」

「えっ…?」

「2人知らないの?」

「えーと、ユズ様には言ったんすけど今回は俺の手に余ると言う事で!サガラ様に報告しちゃいました!みんなで仲良く彩都の本邸で1週間謹慎っす!」

「…マジかよ。カード2週間停止と外出禁止って親父から来てる」

「僕も…9日後のオークション行けない。最悪」

「まぁまぁ坊ちゃん方!落ち込まない!俺なんて2か月も減給すよ…」

「みんな落ち込まないで!ほら乾杯しよ!」

「乾杯…」

悲しみに満ちた声とマグカップがぶつかる音がスイートルームに虚しく響き渡った。


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