第6話 ユズとパーティー
真倉はよっぽど飛行機が怖かったのか戻ってきた瞬間、涙を流し到着まで私に抱きついて離れなかった。
「真倉…着いたよ。離しても大丈夫だから」
「…」
真倉は無言のまま全然離してくれない。正直私だってずっとこのままでいたいけどそうもいかない。
「ユズ様迎えの車が来てるっす。俺が真倉君ホテルまで送くとくっすよ。ほら真倉君、ユズ様に抱きつくのやめて」
松澤さんが言って真倉はやっと私の身体から手を離した。真倉は俯いたまま目を合わせてくれない。
心配だけど時間がない。
「松澤さん後お願いします!」
「了解っす」
松澤さんの声を後ろで聞きながら、ベールと靴を持って急いで飛行機から降りて迎えの車に向かう。
「ユズ。遅いから迎えに来たよ」
車の窓から顔を出したレイに少しドキリとする。
「そのベールかわいい。新作?」
「うんナツさんのデザイン。透けそうで透けないのがポイントなんだって」
「母さんこんなのも作ってたんだ」
「可愛いよね」
さっき真倉が抱きしめていた感触が残っていて正直、全然レイとの会話に集中出来ない。
「今日の招待客リスト覚えた?」
「ううん、見る暇なくて」
「…その割には遅かったよね。なんかあったの?」
レイの紫色の瞳がこちらを覗く。まずい。ただでさえこの前の事件で真倉に怒っていたのに、もしバレたら…想像するだけで怖い。
「えっと…松澤さんが途中でお腹痛くなって。今も飛行機の中で唸ってる」
ごめん松澤さん。心の中で手を合わせる。
「…そう。まぁ本番は明日だし今日は練習みたいなものだから緊張しなくていいよ」
誤魔化せたのかは分からないが追求はされなかった。松澤さんごめん。心の中で再度祈る。
「今日ってパーティ終わるの何時?」
「開始が20時だから23時ぐらいじゃない?」
そっか。真倉はきっと寝てるだろう。そう言えば真倉はどこに泊まるんだろ?えっ私の部屋?
「ユズ?大丈夫?顔、赤くなってる」
「…なんでもない。リフェース皇太子ってどんな人かなって思っただけ。」
「ユズ初めて会うもんね。楽しい人だよ」
「そっか」
自分以外のサーシャ様の祝福者に会うのは初めてだ。凄く緊張する。でもとりあえずは今日の招待客リストを覚えないと。さっき真倉のせいで見れなかったリストを見る。
「多いね…」
やっぱ飛行機で見とけばよかった。後悔してる暇もない。必死で覚える。
「着きましたよ」
願いも虚しくあっという間に到着した。車から降りると名取さんがいた。
「ユズ様予定より随分と遅かったですね」
ジロリと睨まれるとやっぱり萎縮しちゃう。
「すみません…。おじさんもう着いてます?」
「本日来れなくなりました。お二人で頑張って下さい」
「えぇ⁈」
思わず大声を出してしまって名取さんにまた睨まれる。
でも、叔父さんがいないと言うことはレイと私が全員を相手しなければならないからしんどい。
「…ところで松澤さんは?ご一緒ではないんですか?車にもいらっしゃらないみたいですが」
「…飛行機の中のトイレにいます」
松澤さんに心の中で土下座した。
「全く、あの人は…。とにかく2人とも早く来てください、皆様お待ちですよ」
「ユズ様、右手をこちらに」
「レイからかってるでしょ?」
「うん」
「みんなの前でキザな台詞はやめてね。恥ずかしすぎて顔真っ赤になっちゃうから」
「うん。わざと言ってる」
本当レイのこうゆうとこなんとかしてほしい。
もうパーティ始まっているみたいだ。扉の向こうから音楽が聞こえる。
「どうぞ」
重い扉が開くと一瞬にしてみんなの視線は私たちに向けられる。
「レイ様よ…相変わらずお美しい…」
「今日はユウト様とご一緒ではないのね…」
「まぁでは…あれが…」
「青い瞳と髪…」
「ベールが邪魔でお顔が見えないわ…」
視線とざわめきが混じり合う中を歩くのはいつになっでも慣れない。
しかも私はベールで前があんまり見えないからレイの腕だけが頼りだ。あっ止まった。
「ユズ、こっち向いて」
レイの方向に顔を上げるとレイが耳元の髪を直す。レイの顔が近づいて、後ろからほぅ…というため息がこっちまで聞こえる。
「ちょっと恥ずかしいよ。みんな見てる」
「…虫除け。今、ジジイ集団がこっちにきてる。みえる?」
「ちょっと待って…見えた」
私もレイの腕を少し引っ張り、耳元で囁く。
「先頭の人菅橋大臣だよね。前すごく口臭かった思い出がある」
「あれはニンニクとボロ雑巾混ぜたみたいな匂いだよね」
「止まったけどこっち見てるよ」
「仕方ない。ユズいこっか」
「うん」
2人で笑顔を作り直す。
「これはお久しぶりです。菅橋大臣」
レイがニコリと上品に笑いかけて言う。
「レイ様、ユズ様お久しぶりです。春を愛でる会以来ですね」
こういうパーティーでは、地位が高いものから喋りかけないと相手は口を開けない。そんな時代錯誤な風習がまだちょっとだけ残っている。軍や政府の役職は多岐にわたっているし、現代では地位と言うのはだいぶ曖昧だ。ぶっちゃけ私も覚えきれてないけど、大体のパーティでは私かレイが喋らないと向こうは喋りかけることはできない。
「仲睦まじい様子大変喜ばしいことでございます。私にも御二方のような時代がありましたなぁ。妻とは見合い結婚でございましたが…」
これは長くなりそう。毎回思うんだけどおじいちゃんおばあちゃんの話って長いよね。これも伝統のなのかなぁ。私がおばあちゃんになったら話長くならないように気をつけよ。
「…でございましたね」
ヤバい、全く聞いていなかった。
「そうですね。私たちも菅橋大臣の様にありたいと考えています。ねぇユズ」
レイが私に笑いかける。
「…菅橋大臣にサーシャ様の祝福を」
私はいつもの台詞を言う。
「ありがたきお言葉。御二方にもサーシャ様の祝福を」
やっと1人目が終わった。今日は色々あったしもう帰りたいけど、殆ど全員がこっちをチラチラと見ているしなぁ。
レイともう一度私に顔を近づけて話す。
「なんか今日は帰らせてくれない雰囲気だね」
「2人だけの顔見せは久々だから」
「今日ユウトは?」
「来るはずなんだけど。ばっくれたかな」
ズルい。私だってばっくれたいのに!
「…仕方ない。20人ぐらい挨拶したら二手に分かれて挨拶しよ。24時には終わるでしょ」
「大丈夫?」
「うん」
実際は全くもって大丈夫じゃないがさっきからざわめきがうるさくなっている。仕方ない。
「よろしいですか?」
向こうから声をかけてきたということは。
「四宮のおじい様。お久しぶりです」
「あぁ。ユズ様、レイ君久しぶりだね。レイ君、今日お父さんは?」
「用事があるそうです」
「そうか。ちょっと話があってな…。ユズ様、レイ君お借りしてもよろしいですか?」
「勿論」
そうは言ったがいい訳がない。言葉とは裏腹にレイの腕をギュッと握ってしまう。レイは心配そうに私を見るけど、私がいいと言ってしまったのでレイは行くしかない。
「ではユズ様、サーシャ様の祝福を」
「サーシャ様の祝福を」
レイはパーティー会場の外に行ってしまった。さぁ。ぐるっと周りを見渡す。レイという社交会の華がいなくなったからかざわめきは収まっているが、視線は強くなっている。仕方ない。明日の本番だけにするつもりだったが強行策だ。司会者のマイクを貸してもらう。
「皆さん。本日はお集まり頂きありがとうございます。これは私からのささやかな祝福です。」
ざわめきと視線が私に集中する。私はシンを手に少し指して血を出す。水サガを使うのはあのプール以来だ。ちゃんと集中して…血は、沢山の水滴となり宙に浮く。
「皆様グラスを上に」
集中だ。万が一誰かの服にかかったら失敗だ。ゆっくりと全員のグラスに水を落とす。決まった!
「皆様に挨拶をしたいのですがこの後予定がありますので。皆様にサーシャの祝福を。乾杯。」
あっ自分のグラスに入れるの忘れてた。まいっか。
「乾杯!!!」
大きな声が響き渡った。みんながグラスを飲み切る前に急いで会場を出て控室に逃げ込んだ。
私の血は他の人と違いシンで一回刺すとなかなか止まらない。そして痛い。いいなぁ他の人達って痛くないんだもんな。
「ベール暑…」
ベールを脱いだついでに、靴も脱いじゃお。
「ユズ様。パーティーはまだ始まったばかりですよ」
聞き覚えのある声がする。
「ユウト!サボったかと思ってた」
「俺もさっき来たんだよ。バルコニーから入ったらユズの乾杯儀式の途中だったから」
「えっあれ見てたの?」
誰も知り合いがいないと思ったからまぁまぁノリノリでやってしまった。恥ずかしい。
「明日本番だろ。血、無駄遣いして大丈夫かよ?」
「なんとかなるよ」
「相変わらず適当だな。てかレイは?」
「四宮おじい様と密談中。叔父さんは仕事」
「それでお前1人じゃ相手しきれないから逃げてきたって訳ね」
「戦略的撤退と呼んでくれる?それより血止まんないからそこのグラスとって」
「わかった」
ポツンポツンと血がグラスに響く。
「ユズ、マジで傷塞がらないよな。普通はすぐ塞がるもんなのに」
ユウトはそう言いながらシンで手を切って砂にかえる。ユウトは土のサガ使いだ。
「ほら止まった」
「いいなぁ。こっちまだ止まんないよ」
「まぁユズの血は普通と違うからな。明日リファール皇太子に聞いてみな」
「うまく喋れたらね」
「それよりその血飲ませろよ」
「だめ」
「チェッ。その血があれば次のサガ判定でレイにも勝てる気が済んだけどな」
レイとユウトは幼馴染だ。お互い同い年ということもありずっと一緒にいる。
「てかユズ、お前いじめられて倒れたらしいじゃん。大丈夫だったのかよ?」
「…貧血で倒れたんだけだよ。ていうか噂回るの早いね。誰情報?」
「レイ。ブチギレてた」
「あぁ…なんかごめん」
多分かなり八つ当たりされただろう。
「皮肉なもんだよな。人を救える血を持っているユズ自身は救われないんだもんな」
「まぁ仕方ないよね」
やっと血が止まった。指先でさえこんな風になる自分の身体が恨めしい。
コンコンと音がした。
「あっやばい誰か来た!血隠して!」
「はっ⁈お前やっぱ無断だったんじゃねぇか!」
「早く!」
私たちがバタバタしている間に扉は開いて人影が見える。
「もう遅いよ」
レイが呆れた顔して言った。ていうか後ろに四宮おじい様もユウトの両親もいる…。
「ユウト?どうゆう事か説明してもらえるな?」
ユウトパパの笑顔に私とユウトは思わず唾を飲み込んだ。
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