第5話 真倉、いじめ後と飛行機
また客間に1人だ。暫く待っていると、
「真倉君お疲れ様!車で家まで送るっすよ!」
松澤さんが来て、俺を豪華な黒塗りの後部座席に乗せてくれた。
「シートベルトして、家の場所教えてもらえるっすか?」
この人よく平気な顔して俺と喋れるな。
「戸間町八番地2ー1ー345です」
「了解っす!」
車は出発した。今は松澤さんと俺の2人だけだ。俺は色々考えたいのに松澤さんは喋り続けるし、昨日と違い陽気な曲が流れているのがうざい。
「…で、この車やたら綺麗だからやなんすよ。軍の時みたいに汚かったらやりやすいのに」
独り言なのか俺に喋っているのかはわからないけどひたすら喋り続ける。
「…なんすよ、もうね」
「松澤さんて軍の人じゃないんですか?」
話を遮っていってしまった。それぐらいにはイラついている。
「軍の人っすよ。今は派遣って形でこの家にお世話になってるんすけど詳しくは機密なんで」
「そうなんですか…」
どうしよう、ますますわからなくなってきた。
「なんすか?俺と再開して嬉しそうじゃ無いっすね」
嬉しい訳ねぇよ。あんな事あったのに…。俺が無視していると松澤さんはあの時の事をどんどん喋る。
「…いやぁあの地震の後、国の再開発地区になったとは聞いていたんすけどここまでとは!あんな田舎だったのに国の力って凄いっすね!」
「俺はこんな街も国も軍人も嫌いです」
言っちゃったけどまぁいいよな。松澤さん笑顔だし。
「…まだ言ってるんすか?」
「絶対いたんです。地震で死者はいないって発表あるし、絶対生きてるって思ってます」
戸間を5年前襲った地震で死者は0だった。絶対に生きているはずなんだ。
「…ユズの声、少しだけシグレに似てるんです。別人だってわかってはいるんですけど」
ユズとは目の色も肌の色も体格も全然違うけど、笑った顔とかなんか時々似ててドキッとする。
「まぁ俺はそのシグレちゃんって子見た事ないんでなんともいえないっすねー」
俺がこんな真剣なのに相変わらずバックミラー越しに見る松澤さんは笑顔で5年前と何も変わらない。
「…ユズ大丈夫なんですか」
「名取さんから聞いて無いっすか?結構元気らしいっすよ」
「名取さんにあなたに教える必要ありますか?って言われました」
「名取さんらしいっすね!」
笑い事じゃ無い。でも無事だったんだ、よかった。
「ユズあんなに身体弱いって最初から教えてくれていたらちゃんと報告もしてたのに…」
「まぁ政府には機密情報がいっぱいなんすよ」
「…知ってますよ。嫌という程」
「そんな怒んないで欲しいっす。俺らだって好きでやってんじゃないんすから」
松澤さん5年前も同じこと言って誤魔化したよな。無力な自分と相変わらずクソみたいな政府に嫌気がさす。
「まぁあの時の話はやめるっす。ところで…ユズ様の濡れた姿めっちゃ下着透けてたっすけど興奮しました?」
こっからこの話に移るか普通。ていうかユズ様って。様付けかよ。アイツやっぱ実は凄いとか?お嬢様ってのは間違いなさそうだ。
「…変な話しないでくださいよ」
「ほんとのところ?」
「…ちょっとだけ」
「シグレちゃんがいるってのにまったく」
「ちょっと松澤さんがそれいいます⁈」
そんな話をしているうちに家に着いた。
「じゃあまた!」
またって…。俺は何も言えないまま松澤さんは帰っていった。
家に戻ると珍しくカンナがリビングにいた。心配してくれていたみたいだ。
「あの人は?」
「知らない。女の家でしょ」
あの人ってのは俺の父親だ。簡単に言えばクズ。
「それより名取さんって人から電話かかってきてビックリしたんだけど。どこにいるかも教えてくれなかったし。どこにいたの?」
「…友だちの家」
嘘はついていない。カンナは信じたのか信じていないのかそのまんま自室に戻った。
「はぁ。なんで今日も学校…」
思わずため息が出る。名取さんやナラクサガ開発教育長という人からなんの話も聞けなかった。アプリの方にメッセージを送ってもなんの回答も返って来ないし。
重い足取りで学校へ行く。意外にも教室はいつも通りだったが3人とユズはいないままチャイムがなった。
「はーいお前ら席つけー!朝のHRなー。今日は4人も休みがいるんだよたっく、お前らも夏風邪には気をつけろよー!」
4人。昨日の事件を見た俺以外全員休みだった。クラスでユズがいじめられていたのは全員が知ってる。クラスはざわめいてこそいないものの皆考えることはやはり同じ事だ。
「おはよー」
結局ユズが来たのは週が明けた月曜日だった。
ガラガラとドアを開けて入ってきたユズにみんなの視線は一気に集まる。
「ユズちゃんおはよう!」
白川さんがユズの所に行って2人は周りの視線も気にせず話している。ユズはあんな事があったのに律儀に俺との約束を守って教室では目すら合わさない。
「いやぁ、この前は迷惑かけてごめんねぇ」
俺が謝るより先に謝るなよ。
「いや、こっちこそごめん。でもあんな病気だって知っていたらもっと注意したのに」
「本当、ごめんねぇ」
嫌味を込めて言ったのにへらへら笑って返されると正直困る。まぁユズだって機密情報とかで教えられなかったんだろ。本当、政府ってクズだ。
「それより真倉、名取さんからなんか聞いてない?そのマツリへの対応とか…」
先に俺が聞こうと思っていたのに、ユズの方から聞いてきたって事はユズも知らないのか。
「ユズの様子でさえ教えてくれなかったのに知るわけないだろ」
「そうなの?私も名取さんに聞いたんだけど、無事に終わりましたとしか言われなかった。大丈夫かな?」
ユズも俺も何も教えてもらえないんだな。
「まぁ自業自得だろ…。あっ着いたな」
「じゃあねーいってら」
「うん」
この前松澤さんに会ったからか、余計にシグレに似ていると思ってしまう。ていうかあの人なんでユズの元にいるんだ。てかユズって何者なんだ?
「分かんねぇ…」
もう分かんねぇ事ばっかりで嫌になる。もう季節はすっかり夏だ。もう…5年経つのかあの地震から。最近色々ありすぎてすっかり忘れていたけどじいちゃんの墓参りも行かないとな。今日の空は雲ひとつない快晴でシグレとユリの瞳を思い出す。
「どこにいんだよ…」
待ってるんだぞカンナも俺も。
「あー今日もマツリは休みだなー」
結局、マツリはあの事件以来学校に来ていない。もう2週間になる。
「マツリ大丈夫かな?」
最近ユズはそればっかりだ。なんであんな酷いことをした奴をそこまで心配できるか分からない。
「ホノカとユミは学校来たけど喋んないしな」
「一体名取さん何したんだろ…」
「俺想像したくないわ。あの人怖過ぎた」
「私も…」
マツリの金魚の糞2人はユズに媚びるかと思っていたが、媚びるどころかユズが動くたびに怯え、話しかけるなんて持っての他という感じだ。彼女たちは何も話さなかったが、それは女子同士の間で静かな空気になりユズと白川さんにはもう誰も近づかなかった。いじめられてはいないけど、遠巻きに眺められてると言った感じだ。まぁユズは気にしないからガンガン喋りかけてんだけど。
「えーでは今日も連絡はなしという事で。明日からいよいよ夏休みだ。まぁお前らは夏期講習があるだろうが頑張れよ。あっ、学級委員はちょっと残ってくれ」
俺と白川さんは先生に呼び出しをくらった。
「あのなぁお前らマツリについてなんか知らないから」
先生は知らないというのはユズから聞いたが多分白川さん初耳だろう。少し戸惑った表情をしている。先生は続けて言った。
「マツリな学校無断欠席してんだよ。俺が行っても入れてもらえななくてな。お前ら悪いがプリント届けるついでに話も聞いてきてくれないか?」
「…嫌です」
「真倉頼むよ!サガの学校トップに休まれると俺の財布が睨まれるんだよ!頼む!成績やるから!」
「…わかりました」
「おっさすが!じゃあこれ住所のメモ。明日から夏休みだし今日行ってくれ」
「はい?今日?」
「今日。真倉も白川も部活やってないんだし暇だろ?白川さっきから喋ってねぇけど大丈夫か?」
「…はい」
「じゃあお前らとっとと行きたまえ!」
と言ってそさくさと職員室から俺らを追い出した。
「えっと、白川さん…」
「…」
やばい…何話せばいい?白川さんとはあまり仲良くはない。お互い喋らないタイプだし、ユズと会話するのはサ開の往復の時間だけなので白川さんは俺とユズとの仲を知らない。
ユズを誘いたいが、ユズは放課後すぐに帰るので今日も帰った後だろうな。
「じゃあ…行きますか」
「ごめんなさい真倉君!私行けないです!」
「えっ?確かに白川さんが許せないのは分かるけどそれなら見て見ぬ振りしてた俺も同罪だからその…」
えっなんで?俺といくのそんな嫌?あっマツリにいじめられたから?えっ?俺1人は…
「ごめんなさい!」
白川さんは凄いスピードで帰っていった。
「あんな早く走れたんだ…」
俺はおもわず呟いてしまった。
しかしどうしようか。1人で行くのは色々まずい。てか名取さんは俺が喋ったと言っているかもわからない。もし、怒り狂ったマツリが現れたら?
「やばい俺死ぬかも…」
ん?着信?ユズ…。
「はい!」
思わず大きな声が出た。
「あっ真倉?あのさ私机の中にノート忘れたぽくて。見てあったら写真送ってくれない?名取さんがあれ以来持ち物チェックするんだよね」
「分かった」
「ありがと。今度ジュース奢る。じゃあね」
「いや待て待て、切らないで!」
「何?」
「今日ユズ暇?」
「…なんで?」
「マツリん家にプリント届けにいかなくちゃならないんだけど、白川さんが嫌だったみたいで帰っちゃってさ」
「…」
「いやほら1人だとあらぬ誤解を生みそうだし…」
「正直に言うと?」
「もし名取さんが俺の名前を出していたら、俺1人で行くと間違いなく殺されるからです。ユズ様力をお貸しください」
半分ヤケクソ気味にいったのが面白かったのかユズは一通り笑って、
「ちょっと待ってて。学校の東門出た交差点に車止めるからそこ来て」
と言った。助かった。俺はお礼のジュースを買って急いで向かった。俺がついて1分もしないうちにものすごい真っ黒な車が俺の前で止まった。思わず
「マジか…」
とつぶやく。前は気づかなかったが車の窓は、マジックミラーらしい。僕は自分が立てた仮説1「ユズの家は超怖いヤクザ」を思い出して身震いする。
「早く乗って」
ユズが窓を開けていう。こうやってみるとユズがお嬢様に見えるから不思議だ。
「真倉君久しぶりっすね。住所送ってくれるっすか?」
車に乗ると運転席から聞き覚えのある声がした。
「…松澤さん。お久しぶりです」
「真倉、松澤さん知ってるの?」
「前家まで送ってもらった」
「あの時はめっちゃ盛り上がったっすよね」
「ちょっとやめてくださいよ」
「えっなんの話?」
「それは男同士の秘密っす」
松澤さんは相変わらずだ。
「そういえば、ユズ今日用事あったの?」
話を逸らす。
「うーん。多分急げば大丈夫。」
不安だ。ユズがそうゆう時は大抵大丈夫じゃない。
「待って。今思ったんだけど名取さんにユズがマツリの家行くの知ってるの?」
「知ってたら許可出すわけないじゃないすか」
答えないユズの代わりに松澤さんが言った。
「俺、今度こそ殺されるかな…」
「まぁでも1時間以内だったら誤魔化せるから!ねっ、松澤さん!」
「努力はするっす!」
この人の努力ほど怪しいものはない。昔からマジで意味がわからない人だったからな。
マツリの家はやっぱりというかなんというか立派だな。でもユズの家を見た後だからあんま感動はしない。
「じゃあ俺ら念のため着替え取りに行っときますね。」
そう言って松澤さんはどこかに行った。
2人でチャイムを鳴らししばらくの沈黙が流れる。
「…いないのかな」
「でも車あるし、さっき人影が見えたよ」
「ちょっお前声でかい!」
俺らが騒いでると、
「…どちら様ですか?」
と力無い返事が聞こえた。
「あっ、私たち学級委員でマツリさんにプリント届けに来ました!」
「お前いつから学級委員なったんだよ⁈」
小声でいうがユズは無視して話を続ける。
「マツリさんはいらっしゃいますか?」
しばらくの沈黙の後、
「お入りください」
と言われ、玄関の扉の鍵がカチリと開いた。
「お邪魔します…」
2人してはいるが玄関には誰もいない。
「どうする?帰る?」
「ここまで来たら行くしかないでしょ。時間ないしほら行くよ。」
なぜこうゆう時女子は強いのだろうか。リビングに人影がいる。
「お邪魔します」
「…どうぞ。そちらのソファーに」
整理整頓された綺麗なリビングなのに、暗く感じるのは閉まったカーテンとついていない電気のせいだろうか。しばらくすると
「どうぞ…」
女性がお茶を持ってきた。年齢は30代ぐらいだろうか。髪はボサボサでジャージ姿。とてもお手伝いさんには見えない。
「お母様でいらっしゃいますか?」
僕が聞くと、しばらくの沈黙の後に
「姉です…。こんなんですみません」
と目を合わせずに言われた。姉がいたのは知らなかった。僕は美味い返事が出てこない。ユズに目線で助けをこうが、ユズは目の前のチーズケーキに夢中になってる。
「これすごく美味しいです!どこのですか⁈」
「わたしが作りました」
「すごく美味しいです!ほら、真倉も食べてみ!すごく美味しいから!」
そう言われて食べると確かに美味い。しかし俺はケーキに夢中になるほど神経が図太くない。
「あの…これ昨日までのプリントなんですが先生にマツリさんに直接渡せって言われていまして…。マツリさんはいらっしゃいますか?」
そう聞くと女の人は少しビックリした様子で
「あの、マツリ学校に行ってないんですか?」
と聞いてきた。
「ハイ…」
「あぁそうなんですか」
お姉さんは力無く答え、続ける。
「私もあの子がどこに行ったかは知らないんです。ホテルで暮らしていると思います。カードの請求はくるので。でも学校には登校してると思っていました」
「行き先は心当たりないんですか?」
「それが全く。カードも両親名義で私はみることもできません。」
「…失礼ですがご両親は心配されていないんですか?」
「両親は私にもあの子にも無関心なんです。私がこうなってしまったせいで、両親は外には息子しかいないと言っているみたいです。」
親が子どもに無関心な辛さはよく分かる。でもマツリはそんなふうには見えなかった。絶対に甘やからされて育ったと思っていたのに。
「あの子は少し見栄っ張りでわがままなところもあるけど本当は優しくて努力家なんです。サガも一倍頑張ってやっと2種になったんです。どうかマツリのこと見捨てないでやってください。お願いします」
どこまで知っているのか分からないが僕とユズに深々と頭を下げながら言った。僕がまたどうしていいか分からないでいると、
「見捨てるなんてしませんよ。友だちだし」
とにこやかにユズが答えた。結局その後お姉さんは殆ど喋らなかったが持ち帰り用にと新しいチーズケーキを二つ焼いてくれた。
松澤さんは待ちくたびれたみたいで車の中で爆睡していた。
「あぁもうお腹いっぱい」
ユズは嬉しそうにいう。
「ほぼ1ホール食べたらそうなるだろ」
ユズには呆れるが、いてくれて本当に助かった。
「ユズ、よかったの?」
「何が?」
「友だちだなんて言ってさ。俺がいうのもなんだけどマツリがしたことは立派なイジメだよ。別に赦す必要はないぞ」
「いじめかどうかも許すかどうかも決めるのは私だよ。私は許す。それでいいじゃん」
コイツ…あんなんで倒れるぐらい弱いのに当たり前のようにそんな台詞言えるなんて強いよな。自分と比べてしまって少し惨めになる。
「あのさ、俺まだユズにちゃんとあやま…」
「すごく良い話のところ大変申し訳ないんすけど、時間本当にやばいので、真倉君送る前にユズ様送り届けていいっすか?」
謝ろうとした俺を遮って松澤さんが言う。また俺ユズに謝るタイミング逃した。
「あっ大丈夫です。俺ここら辺でおります」
「お言葉に甘えたいんすけど、さっきから信号が奇跡的に青続きで。次の信号は降りると最寄りの駅まで30分歩きっす」
景色を見ると確かに山道だ。ていうかこれどこに向かってるんだ?
「真倉って本当運悪いよね、色々」
「お前がチーズケーキ持って帰りたいとか言わなければよかったんだ」
「だってあれは壊滅的な美味しさだったんだもん!仕方ないじゃん!」
「だからってあんな食べるか⁉︎仮にも友だちの家だぞ!」
「いじめられたんだからそれぐらいいいじゃん!」
「あっやっぱ根に持ってんじゃねえか!」
「いちゃついてるとこ申し訳ないんすけど!!!」
松澤さんが大声を出して僕らを止めた。
「本当に時間がないっす!飛ばすっす!シートベルトしてるっすね⁈」
メーターを見ると120を超えてる。
「これ大丈夫なんですか?」
「大丈夫っす!たぶん!」
全然大丈夫じゃない。急カーブでユズの体に当たるが姿勢を立て直せない。
「そういえば用事って結局なんなんだよ⁈」
照れ隠しにユズに話を振る。
「まぁパーティーみたいな」
「…てゆうかさっきから思ってたけど、これどこに向かってるんだ⁈」
「空港」
「クウコウ…?」
「飛行機が飛ぶ場所ね」
「いや知ってるよ。知ってるけど、飛行機って何時?ていうか空港?今から?」
ユズに聞いたのに、松澤さんが代わりに答える。
「何時とかはないんすけど、少なくとも彩都の空港に後2時間で到着しないとまずいっすね!」
「彩都って飛行機まで何時間なんですか?」
「1時間45分っす」
えっ?じゃあ
「後15分しかないじゃないすか!!!」
「松澤さん急いで!!!」
「何で俺は寝ちゃったんすかねぇ!!!」
「まだ間に合う!大丈夫!!!」
ユズが叫ぶ。事態は思っているより悪かった。今更だがユズを誘ったことを後悔する。
「…てゆうか松澤さん俺の事、後で送るって言いましたけどユズについて行かなくていいんですか?」
しばしの沈黙が流れる。嫌な予感がする。
「忘れてたっす!」
マジかよ。
「えっ俺空港に1人置き去りですか⁈戸間までのバスってありますよね⁉︎さっきから車全然通らないんですが⁈」
またしばしの嫌な沈黙だ。
「…真倉君。彩都に一泊するのも楽しいすよ?」
嘘だろ?
「そんな急な旅行楽しめるほど俺は神経図太くないんです!ユズもなんか言え!」
ユズの方を見たらユズは意外にも嬉しそうだ。顔がニヤニヤしてる。
「ユズ!俺の不幸がそんなに楽しいか⁉︎」
「違いますよ。ユズ様は真倉君と一緒に入れることが嬉しいんすよねー!」
えっユズって俺の事?えっ?
「松澤さん!そうゆうのいらないから!」
ユズは顔を真っ赤にするので俺までなんか赤くなってしまう。
「ん?ていうか、私、彩都に2泊するんじゃなかったけ?明日が本番って聞いたよ」
またしばしの沈黙が車内に流れる…。
「真倉君2泊できるっすよ!よかったっすね!」
僕の赤かった顔は真っ青になった。
そして考える暇さえなく車は空港に着いた。
「着きました!真倉君!ユズ様!走るっす!」
着いた瞬間一斉に走り出す。どのゲートかも分からないからひたすら松澤さんについて行く。さすが軍出身。早い。
「乗るっす!!!」
どこをどう走ったか覚えていないがとにかく飛行機の中に入った。
「はぁはぁはぁはぁ…」
しばらく3人の息だけが響き渡る。
「間も無く当機は離陸いたします。シートベルトをおしめください」
アナウンスが流れる。
「席…」
見渡して自分の目を擦る。僕ら以外に乗用者はいなかった。僕の言いたいことを察したかのように松澤さんはいう。
「真倉君プライベートジェットは初めてすね。これ最新型だからCAはいないすよ。残念ながら」
CAなんてどうでもいい。ていうか、さっきからちょっと理解が追いつかない。
「早く座らないと死ぬよ」
気づいたらユズは席に座っている。
「松澤さんは?」
「離陸で人がシートベルトしてないからって死なないっすよ!」
「…松澤さんも早くシートベルトして下さい」
ユズは冷たくいう。俺はどこに行けば良いか分からずユズの隣に行く。
「ちょっと!席いっぱいあるんだから好きなとこ座ればいいじゃん!」
「どこに座ればいいのか分からないんだよ!それに…」
「それに…?」
「実は俺…飛行機初めてなんだよ。無理。怖い。頼む横にいて」
「…お好きに」
僕が必死な顔をしている横で、ユズは当たり前のようにタブレットを見ている。
「飛行機慣れてんだな」
「まぁね」
シートベルトの赤いランプが消えた。
「じゃあ私用意してくるから」
「ちょっと待て俺を1人にするのか⁈」
「そこに松澤さんいるじゃん」
「俺にも仕事あるすよ」
「待って。ガチで待って。ひとりにしないで」
「松澤さん、この馬鹿に睡眠薬注射して下さい」
「俺犯罪者にするつもりっすか?」
松澤さんは笑いながらいうが笑い事じゃない。
「じゃあ私急いで支度するんで松澤さんそれまで真倉の側にいてあげてください」
「松澤さんお願いします」
ユズの声にかぶさっていってしまうが、本当に俺にとっては緊急事態だ。もう涙目になってる。
「分かりましたよ。ユズ様早くして下さいね」
「はーい」
ユズはどっか消え、松澤さんが隣に座る。やばい本当にやばい。誰だよ飛行機なんて乗り物開発した馬鹿は。手の震えも止まらない。
「松澤さん…誤解しないんでほしいんですが手を握っていいですか?」
「あっ、俺そっちの人じゃないんすよ」
「違うって言ってんじゃないですか⁈手が震えてるん見えるでしょ⁈」
「さっきまさかユズ様の手も握ってたんすか⁈」
「嫌だから手が震えてどうしようもないんですよ!不可抗力です!」
「罪な男っすね。レイ様に殺されるっすよ」
「いや笑い事じゃないんですよ!ていうかレイ様って誰ですか⁈」
「許嫁すね、ユズ様の」
えっ?今なんて言った?許嫁って…あの許嫁?こんな時代に?
松澤さんの思わぬ言葉に俺の体は静止する。
「…震え止まったっすね」
「…止まりましたね」
「真倉君って本当に何も知らされてないんすね」
松澤さんはそう言って僕が掴んでいた右手をタブレットに戻した。
震えは止まったけど俺の心臓がうるさい。俺ってユズの事好きだったのか?そりゃちょっとほんのちょっとシグレに似ているから…俺、本当にユズの事何も知らない。俺は何も言えず、松澤さんも仕事をしている。何分経ったんだろうか。
「お待たせ」
ユズの声がして振り返った。
「…」
「何?どっかへんだったりする?」
「…いや」
いつか見た青い瞳がそこにはあった。何か言おうとする前に視界がぼやける。
「ちょっとなんで泣くの⁈」
「ごめん…」
シグレだ。シグレだ。
「ちょっと⁈大丈夫⁈」
「うん…」
涙が止まらなかった。
松澤さんがユズと席を変わって別の所に行く。
「ユズちょっと…ごめん」
僕はユズの背中に両手を回して抱きしめる。もう離さないように。
「どうしたの⁈そんなに飛行機怖い?」
「うん…」
「後20分位だから頑張って」
声が似ているのと、笑顔が似ていると思ったのは気のせいじゃなかった。今俺は確信した。
「それまでこうしていていい?」
「…いいよ」
結局、俺は松澤さんが着いたっすよと言うまでずっとずっとユズに抱きついていた。
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