第2話 真倉と転校生

あっという間に時は過ぎ今日は例の転校生が来る日だ。

あのあと何度かメッセージのやりとりをしたが今だによくわかっていない。不安だ。正直学校を休みたいけど30万と推薦がかかっている。

俺は重い足取りで学校に向かった。わざわざ後5分でチャイムがなる時間に学校に来たのにこのクラスの女王マツリに声をかけられた。

「ねぇ、学級委員」

「…何?」

「何って真倉は学級委員でしょ?転校生の情報知らない?もしかして先週の呼び出しって転校生関連?」

なんでそんな勘が鋭いんだよ。

「…知らない」

「おーいじゃあ授業始めんぞー」

先生が来た。マツリが席につきながら甘い声で

「先生ー!今日転校生来てるんでしょー!」

と言う。

「おぉ。今呼んでくるから大人しく待ってるんだ」

先生が出て行ってクラスはざわめき始める。

ガラガラと扉が開く。教室が一瞬静かになる。

平均より背が低くて可愛らしい女の子を連れてきた。

「可愛い…」

誰かがボソッと呟いた。確かに可愛い。普通より少し高い位置にまとめられたポニーテール。少し青がかった黒色の髪が彼女が動くたびに揺れる。ぱっちりと開いた茶色の目。クラスの誰よりも真っ白い肌。身長はかなり低くてなんていうかチマってしてる。最近の流行りを詰め合わせた感じの子だ。

「瑜紅(ユグレ)ユズって言います!よろしくお願いします!」

ニコッと笑うと白い歯が覗く。

「じゃあ何か瑜紅さんに質問ある人ー?」

やっぱりというかクラスの女王マツリが手を挙げる。

「ねぇ瑜紅さんどっから来たのー?彼氏歴はー?」

瑜紅さんは笑いながら

「彩都から来ました。彼氏はいた事ないです」

と答える。彩都はナラクの首都だ。あそこに住んでいたってことは金持ち?いやサガ開発に協力しているらしいからその関係かもしれない。

「彩都にいたの⁈じゃあサガも2種だったりする?」

少し緊迫した空気が流れる。それもそうだ。サガのレベルは他の人にとってはかなり大切だ。クラスでの立ち位置が決まる。

瑜紅さんは少し気まずそうにしている。もしかしたらサガのレベルが低いんだろうか。

「えっと…」

え?なんでこっちを見る?彼女の視線の先は確かに俺だ。一瞬別の何かを見てるかと思って周りを見渡してみるけどやっぱり俺だ。

あれかな、何かあれば俺を見れば良いとでも言われたのかな。瑜紅さんの視線の先を見るクラスのみんなの目線も俺に集中する。

「…」

視線が怖くて思わず寝たフリをする。俺はこのクラスで委員長という役割以外は何もない。サガだって下だし成績は良い方ではあるけど一番じゃない。何よりサガが全てなこの世界においての俺の地位はないに等しい。

「別に勿体ぶる事なくない?もしかしてまだ覚醒してないとか?」

瑜紅さんが何も言わないことにイラついたのかマツリが少し圧をかける。

「おいマツリー!あんまいじめんなよー。書類見たけど瑜紅さんはマツリと同じレベル8の二種だ。お前らも見習えよー」

2種。クラスが一気にざわめきたつ。

「レベル8って一期生マツリだけだよな。2人目?」

「さすが彩都出身だな」

クラスの勢力図が傾きそうだ。

「はいはーい、みんな落ち着け。瑜紅さんは体が弱くてずっとホームスクールだったんだ。これが初めての学校らしいから優しくしてあげてくれよー」

先生の号令で少しは静かになった。

「瑜紅さんの机持ってきたからー!とりあえず一番後ろの…真倉の後ろな。真倉、委員長なんだし頼むぞ」

「はい…」

この感じだと先生は知らないっぽいな。

まぁ観察して報告するには近い方が良い。

「真倉君。よろしくね」

転校生は俺ににこやかに微笑む。

「…よろしく」

この子はどこまで知っているんだろうか。

チャイムがタイミングよくなる。

「おっチャイムなったな。1時間目の数学な、山城先生ぎっくり腰なったから自習だってよ。プリントあるから委員長達、配っといてくれ。俺は寝る」

この先生は絶対政府の要請は知らないと確信できる。ある意味一番楽だ。

「ねーユズちゃんって呼んでいい?」

「ユズちゃんって彩都のどこに住んでたの?もしかして23区内?」

先生は出て行った瞬間、女子達が転校生の元に集まる。まぁ仕方ない。瑜紅さんは可愛らしいルックスだしマツリと同じレベル8の2種。静かにするなと言う方が無理である。

「ちょっと邪魔」

マツリの一言でユズの席までの一本道が作られる。モーゼかよ。

マツリは瑜紅さんを頭から爪先までみる。瑜紅さんはこの状況が分かってるのか分からないがニコニコしている。

「私、藤堂マツリ。瑜紅さんと同じレベル8の2種なの!仲良くしてね!瑜紅さんのことユズって呼んでいい?」

「いいよ!私はなんて呼べばいい?マツリちゃん?」

すごいな全然ビビってない。さすがレベル8。

「マツリでいいよ!それよりユズのサガはなんなの?私は炎!」

「私は水だよ」

クラスがまた少し騒つく。確かに水っぽい。なんていうか清純派?男子のマネージャーとかして、女に嫌われるタイプって感じ。

「最高!ねぇ早速なんだけど今日のサ開ペアなろうよ!私のレベルに合う子いなくてさ!」

マツリは嬉しそうだ。

「そのことなんだけど私実は病気でさ、サ開の授業は保健室で全部見学なんだよね」

「…病気なの?なんの?全部見学?」

マツリは一応心配そうに振る舞ってはいるが少し声のトーンは落ちた。

「うーん、なんか珍しい病気らしくてずっと病院と家にいたの。貧血持ちでさ、ごめんね」

「あぁ…それでホームスクールだったのね」

「うん!」

このあきらかにトーンを下げた声でも、気を使わずに返事ができるってある意味才能だ。

「へー」

マツリの空虚なへーが教室に響き渡る。

「でも病気なのにサガ2種って凄いよね!」

「そうそう!」

マツリの取り巻きの女子が必死に宥める。あの取り巻き達も大変だな。

「…まぁ何はともあれ仲良くしよ!今日から親友ね!」

どうやらクラスの女王は瑜紅さんを「お気に入り」の部類にいれたらしい。クラスの張り詰めていた空気が少し溶ける。

「うん!マツリ…ちゃん、よろしくね!」

「だからマツリでいいってば!」

マツリが裏に何かありそうな笑いをする。まだ信用はしていないってことか。

「みんなもよろしくね!ユズって呼んで!」

瑜紅さんはみんなの方を向いて話す。良い子そうだな。マツリと違って。

「みんな聞いた?ユズって呼んで欲しいって。」

マツリがいうとみんなが待っていたかのように、宜しくねと言った。彼女はどうやら一軍の仲間入りができたらしい。

よかった。とりあえず今は良い報告が出来そうだ。

その後もマツリは瑜紅さんと話して、あっという間にチャイムがなった。

「おーい、次サ開だぞ。男子3-2で着替えろー。後瑜紅、お前は診断書出てるからサ開の時間これから保健室待機な。真倉、お前瑜紅の事保健室まで送迎してやれよ。途中で倒れたりしたら大変だからなー!」

病気って本当だったんだ。てか今俺の名前言わなかった?

「えっなんで真倉なんですかぁー?マツリが送ってあげてもいいですよねぇ?」

マツリが少し甘えた声を出す。マツリのサボりたい気持ちはわかる。自分より強い人はいない退屈さもあるのだろう。

「それがなぁ、真倉と瑜紅は実は幼馴染らしくて真倉に面倒は見させてくださいとお父様から連絡があったんだ」

はい?そんな設定聞いていないんですが。てかあの人が?意味わかんないんですけど。

「えっ。そうだったの知らなかったぁ。真倉早く教えてくれればいいのに」

クラスの視線が俺に向くけど、俺だってそんなことは初耳だし瑜紅さんの顔も…なんで笑ってるんだよ。どうしよう否定するべきなのか?

「…幼馴染とは聞いていたけど、お互い小さすぎて覚えてない」

素晴らしい渾身の言い訳だ。背中に冷たい汗が流れる。

「へーまぁどうでもいっか。じゃあユズ!まだあとでね」

俺はマツリにとって「空気」だ。本当にどうでもいいんだろう。悲しいけど助かった。瑜紅さんがジーっとこっちを見てる。保健室までは結構遠いし、どこまで知っているか聞き出せるかもしれない。

「…じゃあ瑜紅さん保健室まで案内する」

「ユズでいいよ!」

「…うん」

保健室に向かって歩き出した。ユズさんは周りをキョロキョロ見渡しながら無言で俺についてくる。…気まずい。

「…ユズさん」

「だからユズでいいって」

「ユズ…さん」

「もー!ユ・ズ!同級生なんだし!」

この子やっぱ苦手だ…。

「…ユズ」

「うん。真倉。何?」

俺は苗字で呼び捨てなんだ。

「えっと…なんかその…ごめんね。勝手に幼馴染とか設定?みたいなの。否定していいのか悪いのかよく分からなくて誤魔化した」

「別にいいよ。本当だし」

よかった。ん?本当?会った事ないんだけど?え?こんな子いたっけ?

「えっとユズ…の事俺、全然覚えていないんだけど会ったことある?」

「知らないならいい」

そう言われてもう一度自分の記憶を頼りに探すけど全然思い出せない。今更いつあった?とか聞くのは失礼だし…。無言のまま保健室に着いた。

「…ここ」

「ありがとう」

「…授業終わったら迎えにくる」

時間がかかってしまった。これ毎回送らないといけないのか。サボれるから良いけど。

「じゃあ…」

体育館に戻ろうと後ろを向いた瞬間、俺の制服の腕を…ぎゅっと掴んだ?

「えっ…えっと何ですか…?」

女子に腕を掴まれるなんて何年ぶりだろうか。無愛想な言葉と裏腹に心臓が高鳴る。

「名取さんって言う人きた?」

「えっ…うん」

そういやこの子どこまで知ってるんだろうか。

「…名取さんに何て言われたの?」

なんなんだ、一体。名取さんってあの?この子どこまで知ってるんだ?知らない人に教えていいのか?疑問が一瞬に湧き上がっては消えていく。

「…仲良くしてあげてくださいって」

今はこれで乗り切ろう。あとでアプリで聞こう。

「…ほんとに?」

「うん…」

「…血に誓って?」

どうしよう。スマホで聴きたいけど今応えなきゃいけない。なんて答えれば?なんで向こうはこんな説明不足なんだよ。

「その…俺授業行かないといけないから。腕離してくれない?」

「答えるまで返さない」

嘘だろ?小さな両手は俺の袖を掴んだまま離そうとしない

「本当に授業おくれ」

「名取さんに何言われたの?ちゃんと本当の事言って」

人の話を聞けよ。優しそうな子だと思ったけどやっぱマツリと同じ2種だな。偉そうに人を見下す。

「…なんかユズさんについての報告書書くのと面倒見てやれってそんだけ」

「本当⁈嘘ついてない⁈」

「血に誓う」

「わかった、信じる」

意外にもあっさり信じてもらえた。この子なんも知らないのか?訳わからねえ。もうチャイムはなっちゃったし今日ぐらいサボってもいいかな。あーサボる気分になってきた。

この状況でユズ…さんは保健室の棚を物色している。授業は始まってるし、色々この子に質問したい。

「授業行かなくていいの?」

原因を作ったあなたが言いますか?って言いたいけどやめておく。

「…色々聞いておきたくて」

「いいよ!なんでも聞いて!」

ユズさんは俺の椅子の前にちょこんと座って茶色い瞳で俺の顔をじっと見る。そんな見ないで欲しい

「さぁ!どうぞ!」

どうぞと言われても。ていうか、顔が近い。

「えっと…名取さんって…政府の人?だよね?」

「うん!」

「ユズ…は国のサガ開発を手伝ってるんだよね?」

「うん!詳しくは秘密だけど!」

「えっと…俺ら会ったことがあるの?」

「うん!」

「…いつ、どこで?」

「内緒」

内緒って…。

「すごく申し訳ないんだけど、本当に見覚えなくて。誰かと勘違いしてない?」

「ううん!してないよ!」

「…本当に知らないんだけど」

「私は知ってるんだよ」

彼女が笑う。風でカーテンが少し開いて曇り空から雨が降ってきた。

「季節外れの時雨だ」

俺はぽつりと言った。するとユズは少し驚いた顔をしてにっこりと笑って

「これからよろしくね」

ユズはそう言って俺はうんと答えるしかできなかった。

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