ゴールが見守る物語(KAC202110)
つとむュー
ゴールが見守る物語
今日もキミがフィールドにやってきた。
ゴールキーパーのユニフォームを身にまとい、いつものようにやる気に満ちた表情で。
ウォーミングアップを済ませるとフィールドを周回する。そしてセービングの練習のため、私の前に立った。
そう、私は、このフィールドのゴールポスト――。
◇
キミの名前は浪速駿(なにわ しゅん)。
このフィールドを本拠地とするプロサッカーチームのゴールキーパーだ。
身長一八五センチの長身に加えて、セービング時の一瞬の反応がウリの守護神。
そんなことよりも私にとってもっと重要なことがある。
それはキミがリーグ一のイケメンということだ。
キミがこのチームに入団したのは五年前。
チームにはすでに絶対的な守護神がいて、キミはいつもベンチを温める存在だった。
が、腐らずに練習はきっちりとこなす。
いつも私の前で。
私が感心するのは、キミの反応の速さだ。
コーチがボールを蹴る。私が「あっ、右に来た」と思った時には、キミはすでに右に飛んでいる。そして精一杯手を伸ばして、必死な横顔で弾くのだ。
そりゃ、キミも人間だから、セービングできないこともある。
でも私はその時が楽しみなんだ。
だってキミが私のことを振り向いてくれるから。私の中に転々と転がるボールを悔しそうに見つめながら。
入団から三年後、事態が動いた。正ゴールキーパーが怪我をしてしまったのだ。
ようやくキミの出番だ。
キミはその長身と反応の良さを活かし、スーパーセーブを連発する。
私はわくわくしながらその活躍を見ていたよ。
そして次の年には、先発メンバーとして開幕からフィールドに立つまでになった。
試合中、私が楽しみにしていることがある。
えっ、失点シーンでキミが振り向いてくれるのを待ってるんじゃないかって?
そんなことは望まない。だってキミが悔しがる顔を見るのは本当に辛いから。
楽しみにしているのは、もっともっと素敵なことなんだ。
それは試合中、相手のシュートがゴールポスト、つまり私に当たって弾き返されることがある。そんな時キミは、誰も見ていないところでそっとキスをくれるんだ。軽い感じでチュッと。
こんなに幸せなことってないじゃない?
普段から地道に頑張っているキミのお役に立てて、しかもキスまでもらえちゃうなんて。
この間のカップ戦の決勝の時も、素晴らしいことがあったんだ。
点数は〇対一。敵にリードを許したまま、後半のアディッショナルタイムに突入する。
そんな絶体絶命の状態で、キミのチームはコーナーキックを獲得した。するとキミが私の前にやって来たんだ。反対側のゴールをガラ空きにして。
いつも私は、キミの背中を応援している。
顔が見れるのは、セービング時の横顔やゴールを決められた時の悔しそうな表情ばかり。
でもこの時は違った。「絶対決めてやる」と決意を込めた凛々しい表情が眩しかった。
コーナーキックに合わせて一八五センチのキミが躍動する。そして見事に合わせたんだ、コーナーから飛んできたボールを。
その瞬間は、本当にスローモーションのようだった。
キミの頭から放たれたボールは、敵キーパーの手をすり抜け、私の中に吸い込まれていく。
飛び散るキミの汗、どこに飛ぶのか不安に思うキミの表情が喜びに変わっていく。
いつもだったら私の中にボールが入るとキミは悔しがるのに、今日は満面の笑みで私の中のボールを見つめてくれた。それがとっても嬉しかった。
キミの頑張りに、私は元気をもらっている。
だから今日も私は、背中からそっとキミのことを応援している。
◇
「と、そんな動画を作ってみたんだよ」
グラスをぐいっと空けながら、友人が鼻息を荒くする。
大学が一緒だった彼は、プロサッカーリーグを運営する公益社団法人に勤めていた。
なんでも彼のアイディアでチケットが瀑売れしたというので、そのお祝いを兼ねて居酒屋に誘ったのだ。
「それで?」
「そしたら急に売れ始めたんだ。VR式サッカー観戦ツール『ゴールが見守る物語』と年間チケットがさ」
そのツールは、VRゴーグルを装着し、ゴールポストになった気持ちでサッカーを楽しめるものらしい。
試合のみでなく、普段の練習風景も見れるのがウリという。
「VRキットは最低でも三万はするんだぜ。年間チケットだって、スタジアム固定が五万だ。それがどんどん売れている。すべてのスタジアムの様子が見れる年間チケットなんて、一年で五十万もするんだけど、それも結構売れてるんだ」
「へえ~」
彼の業績が急にアップしたというのは、そういうことだったのか。
それにしても、五十万円もする年間チケットが売れているというのもすごい。
「特に売れているのが、天童市の王将スタジアムのチケットなんだ。あそこをホームにするチームに、イケメンゴールキーパーがいてな」
「そういうことか。通りで最近、キーパーがゴールポストに抱きついたりキスしたりするシーンが増えたと思ったら、お前のせいなのか……」
了
ゴールが見守る物語(KAC202110) つとむュー @tsutomyu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます