前世で恋人と来世では必ず結ばれようと約束して来世に転生したはずなのに、気づいたら私、30才の誕生日を迎えちゃってるんだけど……
ちい。
☆ミ
むかしむかしの事です。この国は自らの領土を拡げようと、各地の大名達の戦が絶えませんでした。そんな時代の小さな領土を持つ大名に、それはそれはたいそう綺麗なお姫様がおりました。その小国は周りを大国に囲まれ、いつ攻め滅ぼされるか時間の問題だったのですが、そこへ小国が助かる一つの道が出来たのです。
それは、隣の大国の大名へお姫様を嫁がせる、という条件でした。
所謂、政略結婚。
この時代、それは珍しい事ではありません。
大名の子供として生を受けた時から、逃げられない運命なのです。
しかし、その小国のお姫様は恋をしていました。身分違いの恋。自分を守る為に側に置いている一人の従者に対して。そして、その従者もお姫様に恋心を抱いていたのでした。
その様な恋が実るわけではありません。悲観した二人は、婚礼の儀が行われる前日に命を絶ったのです。
来世で結ばれる事を誓って。
「げふっ!!」
とある四LDKのマンションの一室。
リビングのテーブルの上に転がる無数の空き缶。その全てはどの会社よりもアルコール度数が高いと言われているチューハイの空き缶。しかも……五百CC。
「かぁっ!!とうとう私も三十だよ……」
長い濡鴉の様な美しい黒髪。少し太めだがきりりと整えられた眉。つり目勝ちの切れ長の瞳を長い睫毛が縁どっている。
十人が見て十人が美女だと答える程の美貌を持つその彼女が体を前後に揺らしながら、そのぷるんとした桜色の艶のある唇をだらしなくあけ、ゲップを繰り返していた。
「げふっ、げふっ!!」
そして、あろう事か、おもむろに腹に手を突っ込むと、ぼりぼりと掻きだした。
よく見ると彼女が着ているのは、着古してよれよれで伸びきったグレーのスゥエットの上下。
「男は童貞のまま三十を迎えると魔法使いになるって言うけど……私は……私は処女のまま、三十を迎えちまったよ……私はなんになれるのかな……」
そう独りごちると、プシュッと缶を開け、勢いよく流し込んでいく。
今日が三十才の誕生日。
ボンキュッボンで、誰もが振り返るほど容姿端麗で、仕事もでき出世コースまっしぐら。しかも、料理、家事も得意。子供の頃から性別問わず問わず、星の数を超える告白を受けてきた。
それでも彼女は全てを断ってきた。
なぜなら、彼女は前世で誓った約束があったから。
彼女は前世の記憶がある。そして、その誓いも憶えている。だからこそ、彼女は己の純潔をまもり、今か今かと想い人が来るのを待っていたのである。
そして……気付いたら三十才。
「いねぇじゃねぇかっ!!」
どんっとテーブルを拳で叩きつける。その衝撃で空き缶が宙に舞い、からんからんと大きな音をたてた。
想い人と再会した時の為に、己の美を磨いた。結ばれて苦労しない様にと勉強に励み、某有名国立大学を首席で卒業し、一流企業へと就職した。そして、想い人へ美味しい料理を食べさせたいと料理教室に通い、料理の腕を上げた。全ては想い人と再開した時の為に。
「来ねぇじゃねぇかっ!!」
またテーブルを叩きつける彼女のスマホにメッセージが届いた着信音がなった。
長く美しい髪に五指を突っ込み、がしがしと無造作に掻きあげ、メッセージをひらいた。
『誕生日、おめでとうっ!!今度の土曜日、桜のマンションに遊びにいくからっ!!』
それは中学、高校、大学と同じ道を共に歩んできた親友からだった。
親友の
『久しくあっていなかったなぁ……』
子供が産まれて、メッセージのやり取りはしているが、会うのは出産祝いを渡しに行った時以来。
『わかった、待ってるわ』
そうメッセージを返した桜。久しぶりに親友と会える嬉しさからか、先程までいらいらしていた気持ちが少し落ち着いた様に思えた。
しかし、それが来世で結ばれる事を誓った想い人と再会を果たすきっかけになるとは、思ってもいなかった。
「桜ぁ~!!久しぶりぃ~!!」
土曜日。
三笠玲子が一歳になる息子、政宗を連れて桜のマンションに遊びにきた。
「ひさしぶり~!!あらぁ、政宗くんも大きくなってぇ」
玲子の腕に抱かれているふっくらとした男の子。年齢は一歳。すやすやと静かな寝息をたて、眠っている。
「ついさっき寝始めちゃってねぇ……」
そう言った玲子は政宗をソファの上に下ろした。むにゃむにゃと唇を動かしている政宗。その姿を見ている桜の胸がきゅんっとなった。
『あぁ……これが母性本能なのかなぁ』
正直、今まで赤ちゃんや幼児を見たことは何度もある。だが、政宗は他の子供達よりもずっとずっと可愛くみえ、自然と胸がきゅんっと高鳴る。
『やっぱり、親友の子供だからだろうなぁ……』
「あぁ、そうそう。忘れてたっ!!」
「どうしたの、玲子?」
「そういや、この近所のケーキ屋に桜のバースデーケーキ予約してたんだっ!!取りに行ってくるよ」
「ちょっ、玲子。政宗くんは?!」
「まぁくんなら大丈夫っ!!一回寝たら、なかなか起きないからさ」
そう言い残すと、ばたばあと慌ただしく外へと飛び出していく玲子を桜がぽかんとした表情で見送った。
「て、言うか……政宗くん、置いていかれたね……」
すやすやと眠る政宗の頬を人差し指でつんっとつついてみた。柔らくマシュマロの様な政宗の頬。つつく度に、政宗の唇がむきゅっと動く。
『可愛い♡』
そして、何度かそれを繰り返していると、ぱちりと政宗の瞼が開いた。
丸いどんぐりの様な可愛らしい瞳が、桜をじっと見つめている。
そのどんぐり眼をちらりちらりと動かし、不安そうに周りの様子を伺っている。そりゃ、不安になるはずだ。目が覚めたら、全く知らない場所にいる。大人でも不安になる。ましてや、一歳児。
母親である玲子を探しているのだろう。
政宗の表情がふにゃりと歪む。
『泣かれるっ!!』
桜は焦った。子供をあやした経験などない。想い人に再開した事を考えたプランの中に、それは入っていなかった。
あたふたとしている桜。
そんな桜の心配をよそに
「だぁ、だぁ……」
一歳児が桜の足にがしりとしがみつきながら何かを訴えている。
抱っこかな?と思った桜がしゃがみこみ、政宗を抱きかかえ立ち上がる。抱っこしてみると、政宗は満面の笑みを浮かべ、桜の顔をぺたぺたと触っている。
「ひぃめ……ひぃめぇ……」
悲鳴?何を言っているのかしら?仕切りに桜に向かって話しかけている政宗だが、桜はその言葉の意味が理解できていない。スマホの画面を開き、赤ちゃん翻訳アプリをアプリストアで探す桜に、まだ政宗が何かを訴え続けている。
「ひぃめ……こう……しろう……ひぃめ……こう……しろう」
「こう……しろう……こうしろ?後ろ?」
後ろを振り返る桜の顔をむぎゅうと掴んだ政宗が、一歳児と思えない力で自分の方へと振り向かせると、ぷくぅっと頬をこれでもかと膨らませている。
『や、や、やばぁいっ!!なになになになにぃ?!可愛すぎる』
「ひぃめ」
桜を指さす。
「こう……しろう」
そして、次に自分を指さす政宗。それを数回繰り返すと、桜の瞳をじっと見つめている。
「ひぃめ……」
がちゃりと玄関の開く音がすると、玲子が帰ってきた。そして、政宗の様子をみた玲子が驚いたように言った。
「あらぁ、まぁくんってば桜の事、また『姫』って言ってる?!」
「……えっ?!」
「えとね、桜のうちに遊びに行くって約束した次の日にさぁ、まぁくんにあんたの写真を見せて、『桜』って名前を覚えてもらおうとしてたんだけど……なんでか『姫』って言いだしてね。もしかして一歳児ながら桜に一目惚れ?!みたいな。あははははっ!!」
『私の写真を見て『姫』って?!一歳児なのに?!』
桜は前世の記憶の事を誰にも話していない。信じてもらえるわけがないからだ。
「こう……しろう」
政宗がまた自分を指差し、仕切りに桜へ訴えている。
こう……しろう
こうしろう
幸四郎!!
桜はとある名前にたどり着いた。その途端、桜の瞳から溢れた一筋の涙が頬を伝い落ちていく。
その涙を政宗が小さな小さな手で触っている。まるで、その涙を拭き取ってくれているかの様に。
「ひぃめ……」
幸四郎……それは、かつて桜が来世で結ばれる事を誓った従者の名前だった。
前世で恋人と来世では必ず結ばれようと約束して来世に転生したはずなのに、気づいたら私、30才の誕生日を迎えちゃってるんだけど…… ちい。 @koyomi-8574
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます