片恋騎士のフェアリーテール
Yura。
序章-Ⅰ、残雨
土砂降りの雨だった。
全てを霞ませるように。かき消すように。洗い流すように。土砂崩れかのような雨音に、滝のような大雨。肌を刺すほどの、強い雨。
地面を抉るかのように叩く雨水は、水たまりどころか浅くも広い池と化している。
だが雨は、流れゆく血の全てを洗い流してはくれない。
地面を覆い尽くす数多の死体を、完全に視界から消してはくれない。
――彼女の震える声を、聞き取れなくはしてくれない。
「……お前が……、やったのか」
こちらに背を向けて座り込んでいた彼女が、ふり向かずに、問う。肯定の意として、それに無言を貫く。
「何故だ……、いつから裏切っていた、まさか初めからか‼︎」
殺気に塗れた声をまき散らして、彼女がふり返った。絶望に淀み、しかし殺してやるという確かな意志でその目はぎらぎらと輝いていた。
「そうだ」
表情を変えないままに肯定を口にした途端、彼女が腰に差した剣を抜き放ったーーガキィン、という音が弾け、その剣は彼女の手を離れていた。空中で回転をくり返し、やがて彼女のずっと背後の地面に突き刺さる。
彼女は、呆然としたようにこちらを見上げていた。たった一撃で剣を弾かれたことが信じられない、というような顔だった。やがてその顔に、歪んだ笑みが浮かぶ。
「……、はは……お前、今までの剣技も全部演技だったのか」
「……」
答えを返さずとも、彼女は理解したようだった。顔を伏せ、喉の奥でくつくつと笑い続ける。雨に濡れた髪が、彼女の顔を隠していた。
「……ふざけるなよ……」
ぽつり、と落ちた声は怒気を孕んでいた。
「貴様などもう、仲間でも何でもない‼︎」
怒号が鼓膜に突き刺さる。
「よりにもよってあの男の手下だと……ふざけるなふざけるなふざけるな‼︎」
泥沼と化した地面を、彼女は何度も殴りつけた。どしゃっ、どしゃっと、血の混じる泥が飛び散り、彼女を穢していく。
「苦しんで死ね‼︎ あの男も、お前も、みんな、みんなだ‼︎」
自らの喉を抉るような呪詛に、やはり返答する言葉などない。
「私はお前を許さない‼︎ 一時でも思い出に浸ってなどやらない、あんな日々は全部嘘だ、現実などではない‼︎」
どれほど怒鳴られても反応せず黙っていると、彼女がふと何かを思い出したように口を閉じた。武器をなくしても尚飛び散っていた殺気が、ふっと霧散した。
「……お前は今ここで死んだのだ」
死刑を告げる、声だった。
「お前はもうどこにもいない。今この瞬間から消えたのだ。私の中のどこにも、お前など存在しないのだ」
先程までとは異なる笑みに、やはり反応のしようがない。心が、動かないのだ。
「お前など知らん‼︎ さぁ、殺したければさっさと殺せ‼︎ 見知らぬ者に殺されるなど何という屈辱か‼︎ だがその屈辱が私には愉快でたまらない」
撒き散らしてくるのは、愉悦そのものだった。
「よくも私の愛する者達を殺してくれたな‼︎ その首切り落としてやりたくてたまらない、死んでも切り刻みたくて仕方ない、その首を晒す為なら何だってやってやりたいーーだがもう私は名も知らぬお前に殺される他ないのだ……あぁ、こんな恥があっていいものなのか‼︎」
こちらだけを見上げ狂気する様を、ただ、黙って眺める。
「何というむなしい人生だ‼︎ 見も知らぬ奴に殺される為に生きてきたわけじゃない……私の愛する者達もだ‼︎ それを、お前、ふざけるな、ごみを捨てるかのように簡単に、ふざけ」
それは肉を裂く音だったのか。骨を断つ音だったのか。血が飛び散る音だったのか。
ずっと手にしていた長剣が、彼女の胸を貫いていた。
「あ……が……、」
先程まで威勢よく吠えていたというのに、もうまともに喋れもしないらしい。こちらを見ようとしているようだが焦点が合っていない。
勢いよく、長剣を引き抜いた。
ほんの数瞬、彼女はそのままの体勢でいた。だがやがて、ゆっくりと――いや、呆気なくどさりと地面に、仲間の上に倒れ込んだ。
「――……」
彼女が何事かをつぶやいたような気がした。だが、あれほど血走っていた目はもう何の光も宿していなかった。
土砂降りが、どっとよみがえる。
血振りをするのも馬鹿らしいほどの大雨だった。血を全て洗い流し、剣は使い物にならなくなる。
いずれ錆びるであろう剣を手に、突き刺す雨にただ身を晒していた。
片恋騎士のフェアリーテール Yura。 @aoiro-hotaru
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