155話 情勢

 シュヴァルツ城の一室で2人の姉妹が何ともいえない空気を醸し出していた。

「クロツキさん大丈夫かな?」

「心配しても仕方ないでしょ」

 心配そうに言葉を漏らすルーナにリオンが答える。


「何が起きたかもよく分からないし、王宮は頼りにならないし」

 クロツキが殺されたのはクランレガリアの力でメンバーには分かる。

 しかし、何が起きたかまでは分からない。

 特に来訪者の場合はその痕跡がほとんど消えてしまうので王宮も事態の解明には時間がかかる。

 その上、王国壊滅の未曾有の危機に晒されている現状では手が裂けないでいた。


「討伐戦はどうなんだろうね」

 リオンが話題を変えようと討伐戦のことを口に出す。

「興味ない。大体がクロツキさんを疑ったことが間違いなんだよ。しかも、疑いが晴れた後も無駄にデモ活動なんてしたりして、そんな人たちがどうなろうがどうでもいい」

「……」

 ルーナの瞳は深く沈んだように陰りを落とす。

 これ以上姉の機嫌を損ねてはまずいとリオンは口を閉じた。

 四次職、デスペナルティの強制ログアウトが12時間。

 討伐戦に間に合うか微妙なとこである。

 さらに間に合ったとしてもステータスダウンのペナルティがあるため厳しいのが現実だった。

 

 修羅のクランハウスでは討伐戦には備えてフルメンバーが勢揃い、その中にオウカの姿もある。

「オウカは討伐戦どうすんだ?」

「参加しないと思う」

「そうか、そりゃあ残念だな。成長したクロツキにも期待してたんだが……」

「まったく、なんなんやあいつは……」

「湖都、うるさい」

 静かにボソッと呟いただけだったが、その言葉には凄まじい熱気が込められていた。

 ただの雰囲気なのではなく、実際に室内の温度が上がり、レベルの低い修羅のメンバーがダメージを受けるほどの静かな怒り。


 影の館に入ってからオウカの名声は影を潜めていた。

 オウカをよく知らない修羅の新人たちは元副団長だと修羅に戻ってきたとき、正直舐めていた。

 聞こえる声で陰口を言っても特に言い返しもしなかったオウカは湖都を中心とした古参メンバーに守られていた。

 しかし、今日初めてよく理解した。

 その圧力の前では立っていることすらできない自分の非力さを、殺そうと思えば殺せるが道端を歩く蟻にいちいち興味など示すはずがない。

 それほどまでに隔絶とした差があるのだと。


 至高の一振り、鍛冶場は討伐戦の影響で連日連夜稼働し続けていた。

「はぁ、せっかく新しい装備用意したのにな」

「ったく、もう気にすんなって言ってんだろうが、それに一番悔しいのはクロツキだろうさ」

「どうせイヴィルターズとかいう奴らなんでしょ、オーウェンちょっと行ってきて装備の感想聞かせてよ」

「無理すんなって、いずれは殺り合うことになるんだ。お前はもういい加減に寝ろ」


 チャリックも王都ほどではないにしろ混乱はしている。

 それを市長、警備隊、各商会が手を取り合って連携して抑えていた。

「もう行くのかい?」

「はい、ぼくの戦場は王都になりそうなので」

「では、クロツキ君によろしく言っておいてくれ」

「分かりました。お世話になりました」


 国民は祈ることしかできない。

 圧倒的な力の前では多少の数など吹けば飛ぶ。

 そんなことは常識なのがこの世界。

 部屋に大量に備蓄して閉じこもるもの。

 半ば諦めの境地でお祭り騒ぎをしだすもの。

 どんな状況かとりあえず情報交換をするもの。

 反応は色々だった。


「王都は大丈夫なんだろうな?」

「帝国は九体もいるって聞いたぜ」

「それに比べれば四体ならましな方か」

「バカ言うなよ、数は少なくても一体一体が強力だ」

 国民は混乱しながらもどことなく余裕があった。

 たしかに未曾有の危機ではあるが、長い歴史の中でいえば何度かある。

 神の試練とも言われ災害などと同じ扱いなのだ。

 各国が備えだってしてある。


「公国は国費を使い切って冒険者も傭兵も逃げ出してるみたいだ」

「騎士団がいるだろ」

「真っ当な騎士なんて首を切られて他国に移ってるんじゃないか。残ってるのは腐ったやつばかりだ」

「しかも、未来視持ちも危険視持ちもいないから、敵の数も分からない始末らしい」

「それはご愁傷様」

「今のところ、帝国九体、武国五体、王国四体、法国三体、魔導国三体、公国不明、連合国不明だってさ」

 連合国はいくつかの国が周りの大国に飲み込まれないように手を取り合った成り立ちを持つ。

 七ヶ国大同盟に参加した現在も警戒をしていて情報などを隠す傾向が強かった。

 そのため、どれだけのモンスターが襲ってくるか不明でも特段おかしなことはなかった。

 しかし、公国は訳が違う。

 あまりにも腐りきった政治体系で本当に亡国となる可能性が高かった。


§


「おい、お前ら一体どうなってる?」

「現在、確認中でございます」

「むぅぅぅぅ、使えない奴らばかりだ、こんなことにした奴は斬首だ、斬首」

「はっ、それで国民への説明はどういたしましょうか」

「伝えるな、僕が逃げるまでの時間を稼いでもらおう。すぐに屋敷中のものをもって亡命するぞ」

「どこに亡命致しますか?」

「帝国なんていいんじゃないか、たしか10前後の娘がいただろ、仕方ないから僕の嫁にでもしてやるか。いい案だろ、帝国も喜ぶはずだ」

「左様でございますね」

 その日、公国上層部は一斉に消えた。

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