146話 遡る雷霆
「スーリャ先生……」
『切り替えろ、目の前の敵は全力で当たっても厳しい相手だぞ』
「遡る雷霆ゼオール・キリギス、突如消えた雷魔法の天才、あなたの逸話を何度聞いたか分かりません。なぜ、こんなことをしているんですか」
「魔術学院を主席で卒業した俺は奢っていた。外の世界に出て思いさらされたよ化物があちらこちらにいたからな。天才と呼ばれたのは魔術学院の中だけだった。お前も思い知ることになるよ。魔法使いだけで世界は回っていないと」
「そんなこと当然でしょうに、氷夜の貴婦人」
「行くぞ、ヴィトル家の天才」
地面から雷が遡る。
壁や崩れた建物からも容赦なくセレンに向かって雷撃が放たれる。
雷魔法は威力、範囲ともに魔法の中でトップクラスを誇る。
さらに応用も効きやすいため、好んで使う魔法使いは多い。
競争の激しい雷魔法の使い手の中で異名を得るのは簡単なことではない。
セレンの目の前にいたゼオール・キリギスは本当の天才だった。
ゼオールは自身と触れている箇所と繋がる場所なら目の届く範囲から雷魔法を撃つことができる。
つまりは地面のどこからでも狙える。
これのメリットは相手に極度の集中を課すことができる。
「
全方位に神経を研ぎ澄まさねばならず、かといってゼオールへの警戒が疎かになると、無詠唱で高速の魔法が襲ってくる。
小さな小さな雷の弾丸をセレンは躱す。
どこからともなく襲ってくる雷撃に比べ弱そうなそれを雑に防ごうとするなら、避けた先にあった風穴の空いた建物と同じ運命を辿っている。
人の体など簡単に貫通するだけの威力を秘めた雷の弾丸。
絶え間なく隙を狙って放たれる弾丸を躱している間も雷撃はそこら中から襲ってくる。
危険な雷撃だけをシャルカーが凍りつかせ、それ以外は躱すかセレン自身が魔法を放って相殺している。
反撃の暇などなく防ぐことに必死なセレンに対してゼオールはその場から一歩も動かず、汗ひとつ流していない。
「くぅっ……」
「よくもった方だ。魔法使いの割によく動ける。なるほど、魔術学院の指導もマシになったということか」
クロツキとの講義がなければ一発目の雷弾でやられていただろう。
しかし、それがいつまでも続くはずもなく、避けそこない肩口を雷弾が貫通した。
氷夜の貴婦人のおかげで傷口はすぐに氷で塞がれ、痛みも最小限のもので済んだ。
だが、動きが若干鈍くなる。
「しまっ……くぅ……」
横の壁から放たれた雷撃への警戒が薄まり、モロにくらってしまう。
一撃くらえばリズムが狂ったように次々と雷撃が当たる。
危険な雷弾だけは避けるものの、雷撃を受けすぎて意識が朦朧とする。
『油断したか若いの』
シャルカーは氷で分身を作り、それをセレンの周りで飛ばしていた。
降臨した本体はゼオールへと迫っていた。
防御を捨てて、ゼオールを倒すための最後の手段。
高濃度の魔力が圧縮されたシャルカーの器を使った自爆特攻だ。
半径数十メートルを生命なき白銀の世界へと変える魔法。
これを使うとシャルカー本体にも降臨魔法を使用した術者にも負担が酷く、一ヶ月は降臨魔法が使用できなくなる。
「油断などするはずがない。油断しているとすればそちらだろう」
天高くから轟雷がシャルカーに落ちる。
「そんなっ!? シャルカー様……」
「俺が気づかないとでも思ったのか、いや気づかれていても俺が油断していると思ったのか」
ゼオールはシャルカーが飛んでいた周辺が凍りついているのを見る。
気づかれても反撃されないように地面や建物を凍らして雷撃が放てないようにしている。
雷弾への対策でシャルカーの前方に魔法壁も張っていたようだ。
シャルカーとセレンは防げなくても少しでも近づいて自爆するための策を張り巡らしていた。
「遡る雷撃だけが俺の専売特許ってわけじゃない」
セレンは上からの雷撃を意識できていなかった。
雷魔法で最も注意するべき魔法なのだが、この戦闘が始まってから一度もなかった上空からの一撃でシャルカーの降臨体は消え去った。
それと同時に氷夜の貴婦人も解け、膝から崩れ落ちる。
氷が溶けて肩口から血液が腕を伝って地面に流れ、雷撃で焼かれた皮膚があらわになる。
全身ボロボロで動けるような状態ではなかった。
「なぜ、そこまでの才能がありながら折れてしまったのですか? それに禁忌魔法の気配もない」
消えた天才ゼオール・キリギスの噂、力を追い求め禁忌魔法に手を染めた。
しかしながら、ゼオールからその気配はなく、真っ当に魔法を使ってセレンを圧倒した。
「この状況でなぜ絶望しない? まだ、助けが来るとでも思っているのか」
「いいえ、助けが来る気配がないことは分かっています」
氷夜の貴婦人を発動中は魔力探知の精度が上がっている。
助けが来ないことは分かっていた。
「ではなぜそんな顔をしている」
「級友を逃すことができたからです」
ゼオールとセレンの戦闘が始まって少ししてから、クラリスは逃げることができた。
この周辺に味方がいないと分かっていたからこそシャルカーの自爆特攻をしようと決断できた。
「そうか……」
「ありがとうございます」
「……?」
「いつでも殺せたはずなのに見逃していただいて」
「無駄に魔法使いを殺すつもりはない」
「あれあれ、まだ終わってなかったんだ」
ゼオールの横の空間に獣の噛み跡のようなものが見えて、それが開き中から揺籠の上で揺れる赤ん坊の刺繍が入ったローブを纏う少女が出てくる。
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