145話 パニック

「お嬢ちゃんたち、どこに行くつもりかな」

 フードを深く被った集団がセレンたちの行く手を阻み、魔法の撃ち合いが始まる。

 敵の中には生徒や講師も混じっている。

 キャルトベル魔術学院の防衛機能は国の重要施設かそれ以上に高い。

 外部からの侵入はよほどの強硬手段でも取らない限り不可能となっている。

 しかし、こうして襲撃が行われている事実。

 襲撃者は複数でかつ、学院長のアルバートを筆頭に手練れの魔法使いが留守にしているときを狙った組織的な大襲撃。

 学院内部に裏切り者がいてもおかしくない。

 裏切ったのか、それとも初めから襲撃を見越して入っていたのか。


「へへへ、多少は楽しんでもいいんだよな」

「喰い殺されたければ好きにしろ」

「ちっ、惜しいな」

「やるぞ……クハ……」

 男が突如爆炎に飲まれる。


「散れっ!!」

「逃がさない、遠隔点火リモートイグニッション

 全身に火傷を負い、口から炎を飲み込み、喉が焼けただれ呼吸困難で苦しそうに呻く男を見捨て、襲撃者たちは爆炎を回避する。


「学生の割になかなかやるじゃないか」

「ここ最近怖い思いをしたので」

「だがお前以外は逃げていくようだぞ」

「はい、あなた方の魔法よりも私の魔法の方が怖いんじゃないですかね」

「減らず口を、本当の恐怖を教えてやるよ」

「あなたには不可能ですよ、氷夜梟シャルカー降臨」

 シャルカーの双眸が男を捉える。

 まるで魅入られたかのように動きが止まり、自身の体が霜に覆われていっても抵抗ができない。

 骨の芯まで完全に凍りついた男に一本の羽が刺さると、氷の屑になって地面に崩れる。

 セレンはなんとも言えない表情でそれを見ていた。


「セレン、覚悟を決めるのだ。いつかはやらねばならないことだった」

「分かっています。生徒として、ヴィトル家として敵に情けをかけることはありえません」

 気丈に振る舞っているもののその手は震えていた。

 初めて人を殺した。

 正確に言えば、シャルカーが殺したのだが、そんなことは関係ない。


 安全を求めて四方八方へと走り回る者、建物の中で震えながら嵐が去るのをひたすらに隠れて待つ者、勇敢に敵に立ち向かう者。

 三者三様どれが正しいかなんて誰にもわからない。

 しかし、生徒たちの中で冷静にその判断に辿り着いた者は少ない。

 何も考えずにパニックになって走るのでは気づいたときに自分一人になっていて敵に囲まれていることもある。

 恐怖のあまりその場から動けず隠れることを選択した者はそこが危険地帯の真っ只中だということを知っていなければならない。

 襲撃者はゆっくりと生存者を探していた。

 勇敢な心を持って敵に立ち向かうと言えば聞こえはいいが、実力差も分からないのではただの無謀としか言えない。


 セレンは建物から逃げ出した生徒たちと合流しながら安全な場所へと走っていた。

 安全な場所とは戦闘音のない静かな方だ。

 しかし、その認識は誤っている。

 これだけ大規模な襲撃があり、一部だけ戦闘音がなくなっているということは、戦闘が終了していることを意味している。

 セレンがそのことを伝えようにも走り出した群衆を止めることはできない。

 それにもしかしたら襲撃者を倒している可能性だってある。


「セレン、先生たちが助けに来てくれるよね」

「えぇ、大丈夫です」

 セレンの級友であるクラリスは今にも泣きそうな目をセレンに向けていた。

 他の級友たちと逸れて安全かどうかわからない。

 顔見知りが目の前で殺されるような地獄の中、そんな目をされてはセレンも大丈夫と言わざるを得ない。

 襲撃が開始されてから1時間弱、襲撃者が万全の備えを敷いているのなら外部との連絡を絶っているだろう。

 そうであった場合は救援がくるのはまだまだ先になる。


「そっ、そうだよね、キャルトベルには優秀な先生もたくさんいるなんとかなるよね」

「止まって!!」

 セレンはクラリスの服を掴んで後ろに引っ張る。


 地面に術式が浮かび雷電が空に昇る。

 気づかずに術式の上にいた生徒は雷電に焼かれて地面に倒れた。

 クラリスはセレンのおかげで間一髪助かる。


「ようこそ地獄の口へ」

 セレンの予想する最悪の結末。

 襲撃者たちが罠を張って待ち構えていた。

 パニック状態の生徒たちは散り散りに逃げていくが追撃を躱すことは叶わないだろう。

 セレンは目線を落として唇を噛む。

 助けることはできない。

 目の前には襲撃者の中で上位に入るであろう実力者。

 指示を出していることからリーダーのような立場であるかもしれない。

 後ろには腰を抜かしているクラリスがいる。


「くっ、シャルカー様、お願いします」

 手のひらサイズになったシャルカーがセレンの肩から羽ばたく。

 降臨状態を少しでも長く維持するための省エネモードから魔力を込めて通常モードへと戻す。

 残された道は救援が一刻も早く来ることを願って粘るしかない。


「彼女はヴィトル家の娘ですから利用価値がありますよ」

「ヴィトル家か……それはいいな。ならあの梟は氷夜の精霊か、少しは楽しめそうだ」

「そっ、そんな……」

「どうして先生がそこにいるんですか?」

 襲撃者の中にスーリャの顔があった。

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