139話 降臨魔法

 魔法名門ヴィトル家は、代々優秀な魔法使いを輩出している。

 歴史もあり、ヴィトル家の血統だけが扱える特殊魔法がいくつも存在している。

 そのうちの一つが氷夜精霊の降臨。

 精霊の中でも上位に位置する精霊の降臨をするのだが、そもそも召喚と降臨の違いは何か。

 召喚は対象の本体を呼び出す。

 それに対して降臨は対象が降りることのできる器を用意しなければいけない上に、降りただけなので、その力は本体を超えることはない。

 器の格によって引き出せる力は大きく異なるため、同じ対象を降ろしたとしても歴然の差が出ることだってある。

 魔法使いが使う降臨は魔力で器を作り、できる限り本体に近い形を造形し魔力を練りこむ。


 セレンが造形したのは白銀の体に大きく開く漆黒の双眸を持つ梟だった。

 氷夜梟シャルカーはある地方では神と崇められるほどの大精霊、そしてセレンはそんな強大な力を持つシャルカーと当代一相性がいい。


 空中を高速で飛行しながらディーが深淵槍アビスランスを乱れ撃つが、シャルカーは軽く羽ばたいて羽を槍にぶつけ相殺する。

 ディーは翼を広げ回転しながら天高く飛び、そのあとを追うように空間が凍てついていく。

 範囲から逃げようにも音もなくシャルカーはディーの後に続く。

 ディーもシャルカーも互いに小柄で遠くから見れば人形が戯れているようにしか見えない。

 しかし、二体を中心に巻き起こっている魔法合戦は生徒たちを圧倒するには十分だった。


「セレン様の大精霊と互角に渡り合うなんて、小さくてもさすがはドラゴンといったところか」

「ふんっ、渡り合ってるだと? あれを見てみろ、いずれは氷漬けにされる」

 ディーはシャルカーの攻撃を躱しきれずに数本の羽が刺され、黒の体表に白霜が広がっていた。


「もう終わるだろ、シードの方も決着をつけたようだしな」

「あいつはあれしか能がないない代わりにあれだけはすごいからな。新任講師もここまでよく持ちこたえたほうだ」

 生徒たちの目線の先には爆炎に飲み込まれるクロツキの姿があった。

 シードは組んでいた両手を解いて、片手で捻じるような動作をを見せると、爆炎が捻じれながら舞い上がる。


「だが、あれはさすがにやりすぎじゃないか」

「仕方ないですわ、先に仕掛けてきたのはあちらなのですから」

「そうそう、それに来訪者ってやつは死なないらしいし」

 普段のシードであれば相手を爆炎に包んだ瞬間には魔法を解くだろう。

 たとえ死なない存在だと分かっていても根が優しすぎるため、攻撃を躊躇してしまう。

 攻撃するときは、追い込まれ防衛するときのみだった。

 そんなシードがなぜここまで執拗に燃やし尽くそうとするのか。

 一つに恐怖、燃やしても燃やしても拭うことのできない、死神に肩を掴まれてるような異様な感覚を感じ取っていた。

 もう一つが高揚、自分を虐げていた人間が一瞬で処理された。

 殺そうと思えばいつでも殺せたであろうそんな場面を見て心が沸き立つ、シードにとっては感じたことのなかった感情が僅かに芽生えた。

 この瞬間、本人も気付かぬうちに魔法使いとしてどうあるべきか、シード自身の在り方が決まった。


 やりすぎとの声も上がる中、シードは攻撃を止めなかったわけだが、その判断は間違っていなかった。

 いくら攻撃しようと、恐怖が拭えないのも当然だろう。

 なにせシードは虚空に魔法を放ち続け、肝心のクロツキはその様子を近くで見ていたのだから。


「実践不足だな、前しか見てなさすぎだ」

 シードの足元の影が揺れてクロツキが姿を現す。

 

「そんなっ!? どうやって」

「降参しろ、動けば即座に撃つぞ」

 シャドウダイブも立派な魔法だ。

 爆炎に周囲を囲まれても影の中という逃げ道が残されていた。

 影気解放により、より深く、広範囲に素早く移動できるようになったシャドウダイブを使ってシードの足元の影に身を潜め、様子を窺っていた。

 恐怖を感じ、怯える者は過剰に敵を攻撃する傾向にある。

 ただし、正常な状態ではないため攻撃は荒く精細さに欠けるものだが、シードの爆炎は妙に洗練されていた気がする。

 まぁ、もう終わりだから気にしてもしょうがないけど。

 俺は影槍をシードに突きつけている。

 何をしようが影槍が体を貫く方が早い。


「あぁ……参りました」

「悪くなかったと思うけど、あとはもう少し実践経験を積んだ方がいいかな」

「一応、他の生徒や講師と実戦形式で戦闘はしてるんですけど……」

「それはあくまでも形式であって、実践とは違うでしょ。モンスターとは?」

「戦ったことないです」

「例えば爆炎で生物を焼けば必ず肉の焼けた匂いがするはずだし、炎の動きや空気感で敵がどういう状況なのかもっと判断できたはずだ」

「講義で人を焼けと……?」

「そこまでは言ってないけど、実践経験が足りないというのはそういうことだと分かればいい」

「はい……」

 俺がシャドウダイブを使っていなければ確実に焼け死んでいたというのに、何をいまさら言ってるんだろうか。

 とはいえ、人を焼けなんて軽々しく許可できるわけもない。


「さてディーの方はどうなっているかな」

 ふらふらと飛行するディーに梟が追い打ちをかけ、みるみるうちにディーの体が白く変わっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る