140話 氷夜の貴婦人

 ドラゴンという種族はプライドが高い。

 しかし、それは誇るだけのスペックを持っているからこそのプライド。

 ディーはかわいらしい見た目をしているが、気質はまさしくドラゴンと呼ぶに相応しい。

 ここで手を出せば拗ねそうだし、傍観しておくのが安牌だろう。

 生徒たちはディーが追い込まれているように映るらしい。

 ただ、それも仕方ないか。

 本気のディーの姿を見たことがないのだから。


「先生、止めないんですか。このままじゃあのドラゴンやられますよ」

「シード・ジャスパーくん、よく見ておくといい。ここからが本番だ」

 ディーが空中で動きを止めた。

 翼で体を包み、翼を開くと同時に闇が溢れだす。

 体が大きくなり、一対の翼が増える。

 白霜はすっかり砕け、影響などなかったようにディーはシャルカーに向かって突進を開始する。


『セレン、これは思っているよりも厳しいぞ』

「大精霊ともあろうお方が泣き言ですか」

 突進を氷の結晶で止めたが、その衝撃だけで冷気を含んだ風が強風を起こす。


『本体ならいざ知らず、この器でドラゴンの相手は少しばかり厳しいか』

「では器を強くすればいいのでしょう」

『無理はやめておけ、これ以上は危険だ。たかだが学び舎のお遊びでそこまでする必要はない』

「お遊びではありません、簡単に負けを認めれば負け癖がつきます」

『やる気ならば仕方なし、できる限りは望みを叶えてやろう。ただし、ゆめゆめ忘れるな我らの力は人間が容易く扱えるようなものではない』

「分かっています」

 覚悟を決めたセレンにシャルカーは従う。

 セレンの魔力が高まり、それがすべてシャルカーの器へと流れ込む。


 ヴィトル家に伝わる家系魔法、魔法というにはあまりにもシンプルなものであり、魔法を使うための魔法。

 魔力は人それぞれ個性が出る。

 炎を扱うのが得意な魔力の者もいれば、氷を扱うのが得意な者だっている。

 その逆も然りである。

 苦手ではなかったとしてもそこまで相性が良くないことだってある。

 セレンが使った魔法は氷夜の貴婦人という魔力変換魔法だ。

 自分の魔力を氷魔法に限りなく相性のいいものへと変換させる魔法だ。


 セレンは元々、氷魔法との相性はいい。

 氷夜の貴婦人を使わなくても氷夜の精霊を降臨できるほどの下地がある。

 それをさらに上の領域へと押し上げるのがこの魔法だ。

 ただし、魔力変換魔法は流布することを七ヶ国同盟で禁じられている。

 魔力を変換させるという行為はそれだけ危険で、無理矢理に変換させた魔力に体がもたないケースが多い。


 氷夜の貴婦人が成立しているのは、長い歴史の中でその血統に優秀な同系統の魔法使いの血を刻み込んできたから、そして氷に相性のいい魔力をより特化させた氷夜という延長線上にある魔力への変換だからこそ負担が少なく魔法の行使ができる。

 ヴィトル家でないただ優秀な氷の魔法使いが氷夜の貴婦人を習って使用すれば、一瞬で骨の芯から凍てついて氷像と変わるだろう。


 セレンの銀髪はより銀を強くし、肌は霜を被ったように純白に、吐く息は白く、呼吸が浅く、その目は遠くを見つめている。


「キュイキュイ!!」

 ディーは深淵槍を出してそれを撃たずに、自らの手で氷の結晶へと押し込む。

 結晶が砕け散るがセレンもシャルカーにも焦りは一切ない。


『生まれたてのドラゴンよ、起源を同じくする者よ、こちらにも時間がないのでな終わらせてもらう』

 砕けた結晶が歪に鋭く尖り、全方位からディーを襲う。


「キュイ?」

 鋭く尖った結晶はディーの体から湧き出る闇の瘴気で溶けてしまった。


「ディー、やり過ぎるなよ」

 距離はあるがディーとシャルカーが戦闘をしながら移動してしまって生徒たちに被害が及ぶ可能性がある。

 俺はそれをディーに注意する。

 呪病竜の核を食べてから新しく手に入れた力。

 ディーは食事をすればするほどに新しく力を手に入れる。

 さすがはドラゴン、理不尽だなとも思うがそこまで万能ではない。

 まず適当なものは食べない。

 それが好みによるものか、それとも条件があるのかは分からないが大金をはたいて入手した地獄の巨人の核には一切反応しなかった。

 まぁ、食べたいときは自分から食べるから分かりやすい。


『若造が舐めたことを……我が力見せてくれよう、氷夜の天幕』

 空にオーロラがかかる。

 能力は未知数、ディーはどうするかな。


「キュイキュイ」

 無視してシャルカーを攻撃する選択肢を取ったらしい。

 なんにせよ動いてみないとあのオーロラがなんなのか分からないからな。


「ほぅ……」

 ディーの深淵槍がシャルカーに届く前に儚く消えていった。


『かかってこい若造』

「キュイキュイ」

 二体は天高く昇って戦闘を開始してしまった。


「あれは厳しそうだな」

 天高く登るということはオーロラに近づくということ。

 あれが何にしろ近づけば効力が強まるのが一般的だろう。

 わざわざ、不利な条件下についていってしまうのはディーの若さとプライドのせいだな。

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