138話 点火

「クローグ様、大丈夫ですかっ!!」

「くぅぅぅぅ、殺せ、とっととそいつを殺せぇぇぇぇぇぇ」

「はっ、はい」

 腕を押さえて苦悶の表情を浮かべるクローグから強い殺気とともに魔力の高まりを感じる。

 お供の2人も追随して魔法を放とうとしていた。

 ただ、やはり遅い……

 剣士は刹那の世界で斬り合うというのに、こいつたちは手を向けるだけで何もしない時間がある。

 正直、そのまま殴りかかった方がマシなんじゃないかと思うほどだが、それこそが魔法使いが近接戦に弱い理由なのだ。

 魔法発動までのタイムラグで数度は死ねる。

 ごぶ、トロン、らむたちよりも酷いありさまではあるものの、腕を落とされても折れない意志だけは認めてあげよう。


「降伏するんだ、これ以上は危険だ」

 お供2人の腕も斬り落とし、クローグの首に精霊刀を突きつける。

 戦闘は一時中断、クローグとお供2人は治癒術師のもとに運び込まれ、すぐに再開する。

 さすがに先の惨状を目の当たりにして、セレンとシードからは緊張と恐怖が見える。

 セレンは誇りと自信をもって立ち向かって来ようとしている。

 シードは諦めからやるしかないと腹をくくったようだ。


遠隔点火リモートイグニッション

 シードがこちらに手の平を向け握ったと同時に俺がさっきまでいた場所で爆発が起こる。

 なんとなく嫌な気配がしたからすぐに移動したが、少しでも遅れていれば爆炎に飲み込まれていただろう。

 爆炎の範囲はおよそ2メートル。

 魔法全体の規模で言えば、非常に地味ではある。

 しかし、人を殺す、もしくは戦闘不能にするには十分すぎる。

 なによりも発動までのタイムロスがほぼない。

 遠くの敵を攻撃する魔法は数多くあれど、そのほとんどが魔法起点は発動者の近くにある。

 例えばディーが得意としている闇槍ダークランスも自分の近くに槍を生成してから、それを敵に向けて放つ。

 それに比べてシードが使った、遠隔点火リモートイグニッションは魔法起点が敵の位置にある。

 ゆえに魔法発動前にほぼ気づけない。


 シードは再び俺に手で照準をつける。

 握ると同時にその位置で爆炎が巻き起こる。

 避けるとすぐにその場所に爆炎が起こる。

 発動速度、殺傷性、連射性も高い。

 今は正面から敵対してシードの一挙手一投足に注視しているので、手の動きと目線からどこを遠隔点火するか丸わかりだ。

 俺が当たることはないだろう。

 しかし、これが町中なら……

 物陰からターゲットを見て手の一動作だけで、気づかれることなく殺すことができる。

 ものすごく暗殺向きな魔法だと思う。


「氷夜を舞う無音の使者、我が願いに応えその威を示せ、氷夜梟ひょうやおうシャルカー降臨」

 爆炎で温度が上がっていたはずの辺り一帯が急激に冷気に包まれる。

 セレンの上で白銀の梟が羽ばたいている。

 かなりの圧を感じる。

 セレンを中心に地面には霜が走り、空気中にきらきらと氷の粒子が舞っていた。

 容易には近づけなくなったな。


「おっと、危ない……」

 セレンの方に気をやるとシードがすかさず狙ってくる。

 いい感じだ、魔法を試すには絶好の機会。


「お前も暴れたくてうずうずしてるんだろ」

「キュイキュイ」

 影の中からディーが返事を返してくる。


「やりすぎるなよ」

「キュイキュイ」

「さぁ、行くぞ、影気解放!!」

 俺を中心に影が広がる。


「リモートイグッ!?」

影槍シャドウランス

 シードが手を向けてきたと同時に影槍を放って、攻撃をさせなくする。

 遠隔点火リモートイグニッションは人を害するには十分だが、それ自体で他の魔法を防いだりするのには向いていない。


「くっ……」

「あれを躱したのか」

 ほかの魔法を使うではなく、躱した。

 その身のこなしは魔法使いというには身軽すぎる。

 影槍を連射するが、あろうことか躱すだけでなく近づいてくる。

 悩む……

 俺が今回、自分に課したのは魔法以外のアイテムもスキルも使わないということ。

 宵闇シリーズを装備しているが力を使うつもりはない。

 スキルで言えば影気解放のみ。

 それでも戦闘開始時のように素のステータスだけで圧倒できてしまう。

 シードが自ら距離を詰めてくることと、身軽さを考えれば近接戦を得意としている、もしくは何らかしらの秘策があるのだろう。

 魔法使いに囲まれた環境で通用していたものが俺に通用するのか?


 迷っている理由はステータスの高さで圧倒していいのかどうかだ。

 最初はエリートと聞いていたし、三次職でも四次職に勝ちうることがある、それに相手は5人だった。

 しかし、蓋を開けてみれば未熟な生徒が5人いただけ。


「上を見せておくべきか」

 魔法使い以外には通用しないと現実を見せるのも悪くないと考えた。

 足に力を込め、地面を踏み込む。

 高速でシードに近づいたが、それは俺が思っているよりも遅かった。

 体の動きが鈍い。


「目に見える霜と氷の粒子は見せかけか……」

 セレンは目下ディーが相手にしている。

 しかし、これは広範囲に渡り動きを制限すもののようだ。

 シードが問題なく動いているのはあらかじめセレンの手管を知っていて対処していたな。

 これは油断し過ぎていたかもしれない。

 隙を晒して近づいてしまった形だ。


 シードは両手を横に広げた状態から天に掲げ、両手を組んで振り下ろす。

 俺の両側に爆炎が発生し、それが激しく混ざり合って俺を包み込んだ。

 威力も範囲も片手で放つ遠隔点火の比ではない。

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