137話 教育的指導

 広大な敷地を有する魔術学院にはいくつもの訓練場がある。

 石で作られた闘技場に俺たちはいた。

 座学が終わり、少しの休憩を挟めば実技が始まる。

 つまり、俺の出番ということだ。


「まずは、的に向かって魔法を撃って、その際の発動時間や威力などをクロツキ先生に見てもらい、改善点を出してもらおうと思います」

「少々よろしいでしょうか?」

 気品あふれる銀髪の少女が手を挙げると、周りの生徒がざわざわと騒ぎ出す。


「まっ、そりゃそうだよな」

「急に現れて指導なんて言われても納得できるわけないですから」

「セレンに潰されるのは、これで何人目になるかね……おっと失礼」

 ひそひそ話をしていた生徒たちを少女が睨みつけた。


「私はただ適切な指導をしていただきたいだけです」

 セレン・ヴィトル、魔法名門として名高いヴィトル家の長女。

 貴族としての格はシュバルツ家と同等でスーリャから教えられた要注意人物の1人。

 これまで何人もの講師が潰されているとのことだ。


「セレンさん、どうかしましたか?」

「クロツキさんが我々の魔法を見て指導するとのことでしたが、やはり実戦をしてみるのが効率がいいのではないでしょうか。クロツキさんは隠者系統とのことですし、魔法使いの苦手な戦闘を経験するのにうってつけかと思います」

「しかし……」

「俺はいいですよ、どうせやる予定だったことが何日か早まっただけですから」

 この間はごぶたちにやりすぎて怒られてしまったが、セレンたちは18歳、この世界では十分に大人だ。

 彼女らが望んでいるのだから、手加減はそこまでいらない。

 スーリャが治癒術師を呼んできて準備は整う。


「いつでもかかてきていいぞ」

「あなたたちは下がっていてください」

「んっ、全員でかかってこないのか?」

「っ!? 全員? 50人以上はいますが」

「あぁ、問題ない」

 これは傲慢すぎただろうか。

 だが、実際に全員を相手にしても負ける気がしない。

 ここにいるほとんどが殺し合いをしたことなどない。

 実戦形式での訓練をどれだけ行おうが、それは訓練であることに代わりない。

 死を見たことも感じたこともないヒヨコ、それが生徒らへの感想だ。

 その点、スーリャはさすが講師を務めるだけのことはあるというべきか、修羅場を潜り抜けてきているのが分かる。

 もちろん、あの冥海に比べれば大したことないのだが、それは比較対象がおかしいというもの。

 エリートと聞いていた生徒たちに物足りなさを感じてしまうのも冥海の魔力に当てられたのが原因かもしれない。


「ではお言葉に甘えさせてもらうことにしましょう。やる気のある方は前に出てください」

 セレンの声で前に出たのは4人だけだった。

 4人ともが要注意人物、クローグ・カルトーとその取り巻き2人、クローグは貴族主義で平民を見下している。

 度々、平民に対しての振る舞いが行き過ぎることもあるが、本人が優秀な魔法使いであるため、処分はほとんどないようなものだ。

 そしてクローグとは真逆の平民の星であるシード・ジャスパー。

 元来、貴族と平民を比べたとき貴族の方が優秀であることが多い。

 もちろん血筋もあるが、それ以上に幼少期からの英才教育が差を生む大きな原因と言える。

 特に魔法はその差が顕著に現れる。

 ゆえに、シード・ジャスパーは天才なのだが、奇行が目立つため要注意人物とされている。


「平民が俺の横に並び立つな、平民は平民らしく足止めでもしてこい」

「でっ、でも、ぼくは近接戦は……」

「黙れっ!! 俺に口答えするな」

「クローグ、ここでは貴族も平民も関係ない。実力だけが重要なのだ」

 セレンがクローグを制する。

 やり取りから、5人の中でセレンが立場が上、次点がクローグといったところか。


「ちっ、こんな茶番はとっとと終わらせる。お前ら詠唱に入るから奴を止めろ」

「はいっ!!」

 取り巻きの2人が魔力障壁を張り出した。

 しかし、展開速度があまりにも遅い。


「展開速度が遅いうえに、一方向にしか張れないと、回り込まれてこうなるよ」

 それぞれが突然、隣に現れた俺に驚きを隠せないでいる。

 特別なことは何もしていない。

 ただ、速く動いただけ。

 隠者を隠れることしか能がないと高を括っている者にとっては衝撃を受けるか。


「対応も遅い、敵前でノロノロと詠唱ができるわけないだろ」

「えっ……ぎゃぁぁぁあっぁあっぁ、うぅ……でが……」

 精霊刀で隙だらけのクローグの腕を斬り落とす。

 治癒術師が控えているから、多少やりすぎても問題がない。

 とはいっても、精霊刀以外の武器は使うつもりはない。

 一応、俺も魔法を学びたいし。

 この攻撃も軽いジャブのつもりだったのに。


「この状況でいつまで呆然としているんだ、首を落とされたいのか」

「くっ……アイスボルト」

 真っ先に動いたのはセレンだった。

 アイスボルトを放ってすぐに距離を取ったようだ。

 そしていつのまにかシードも逃げている。

 おどおどしていたから、動きも鈍いと思ったから意外だ。

 いや、臆病だからこその嗅覚なのかもしれない。

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