135話 冥海

 気づいたときにはベットの上で目覚めていた。


「大丈夫ですか?」

「あぁ、何をされたか全く分からなかった」

「特段、変わったことはしていないと思います。攻撃ですらなかったはずです。ただ、深呼吸をするように魔力を抑える力を解放したのでしょう」

「冥海……か……」

 蒼の魔塔主アルバート・オルターの異名である冥海。

 使用する魔法に関係なく、膨大かつ濃密な魔力量を保有し、それを放つだけで魔力にあてられた人間は海の底にいるような息苦しさと体への圧力を感じるというところからついた異名。

 

「それよりも、報酬はクロツキさんが受け取ってください」

「いや、アルバートさんにも言ったように俺よりはルーナの方が活かせるだろう」

「アルバートさんって……気安く会えるような人じゃないんですけどね……しかも、術式公開なんて、一国の王が動いても叶わないようなものなんですよ。魔塔の中でもあの方は特に貴族嫌いですから」

「随分と詳しいんだな」

「私はお話にも出たキャルトベル魔術学院の生徒ですから」

「えっ!? 来訪者が学院に通えるの?」

 自由度が高いため来訪者側が実力を上げるために学院に通いたいのは分かる。

 ただ、学院側がそれを受け入れているというのは新鮮だ。

 現地人の中には来訪者に対して差別的な意見を持つ者だっている。

 例えばギルドの依頼なんかを見ると現地人のみなどの条件がつけられたりもする。


「来訪者も結構な数いますよ。魔法使い系統は誰かに教わった方が断然成長速度が違いますから」

 魔法は術式が書けなければ使えない。

 その術式も一から構築できるのは一握りの天才だけ。

 そのため、魔法使いはまず、既存の術式を知ることからスタートする。

 さらに、レベルの高い魔法はそれだけ難易度も上がる。

 スキルと違って、魔法はどの職業でも使えるが、それを実践レベルで使えるようになるには途方もない努力が必要となるため、魔法使い系統以外で魔法を覚える者は少ない。


「いや、学院側が来訪者をよく受け入れてくれたなと思って」

「魔術学院では種族も身分も関係ないですから」

「そうなのか、今も通ってるの?」

「はい、最近は忙しくてあまり出席できてませんけど、週に数回は通ってますね」

「なんだか、申し訳ない……学費とか出すから遠慮なく言ってね」

 影の館で事務作業をこなし、依頼もこなし、その上魔術学院にも通っていたなんて……


「いえいえ、そんなわけにはいかないですよ。それよりも術式のことですが……」

「ちょっと待った!!」

「どうしたんですか?」

「スキルがランクアップした……」

 突如、ランクアップのインフォメーションが頭の中に流れてきた。


-インフォメーション-

影気が影気解放へとランクアップしました。


 スキルのランクアップなんてそうそうあることでもないし、あったとしても偉業を達成したなどの何かしらのイベントの後に起こりえるものだ。

 喋ってるだけでランクアップなんてありえない。


-影気解放-

影の領域を広げ、領域内の影に関するスキル、魔法の影響力を強める。

影に関するスキル、魔法を発動する際に魔力の代わりに影気を使用することができる。

影気の量はMPに等しい。


「これが前払いってやつなのか……」

「さっきの一瞬でスキルがランクアップするほどの経験を得たということですね……」

 俺とルーナは驚きを隠せないでいる。

 五次職が最高ランクだとされている。

 しかし、今の時点では来訪者で五次職は現れていない。

 βテストでもそのランクに到達する者は一握りしかいなかったらしい。

 確信があるわけじゃない。

 ただ、俺もルーナも何となくそんな気がしている。

 アルバート・オルターは六次職なのではないかと。


「大丈夫ですか?」

「あぁ、むしろ楽しみになってきた。最近、魔法もちょくちょく使うし、どんな風に授業してるのかとか気になるし」

 今の俺が魔法を使えているのはひとえにディーのおかげである。


-精霊刀・黒竜の加護-

黒竜によって加護を授かった精霊刀。

精霊以外からの加護を授かったため通行証としての機能は発揮されない。


 精霊刀によって、黒竜の加護が使えるようになり、その黒竜というのがディーだ。

 つまり、精霊刀を装備しているあいだ、疑似的にディーの魔法が使える。

 それだけでなく、ディーの魔法をもとに影槍シャドウランスような、俺にフィットした魔法にアレンジすることもできる。

 魔術学院の魔法使いたちと接することで魔法への理解が深まれば、それは俺の糧になるはずだ。

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