134話 魔塔
「一体どうすれば……」
「ご主人様、もうお休みください。ここ最近ほとんど寝てないではありませんか」
「失敗するわけにはいかないからな、君は先に休みなさい。私に付き合う必要はない」
「眠気覚ましのハーブティーを淹れますね」
「すまないな……」
王都に並ぶ一般的な貴族邸に比べればかなり小さな屋敷、美術品やら名のある職人の作った見栄えのいい家具などはなく、あくまでも合理的かつ実用的な屋敷の主人はクラック・ヘンリー・ラドクリフだ。
離れには唯一のメイドであるメアリー・サラが住んでいる。
ラドクリフ家は代々貴族として王国に仕えている。
しかし、貧乏ではないが裕福とも言える家系ではなかった。
領地を持つ貴族家なら領民からの税金などがあるが、王都に住んでいる貴族家の多くは領地を持っておらず、王宮を職場としている。
王国から固定給が支払われているわけだが、上から下までピンキリで下の方になると少し有名な冒険者と大して変わらない額となる。
ラドクリフ家は男爵位、一族の中ではクラックが最も成功していると言える。
そこそこにいい金額を払われているであろうが、真面目なクラックは無駄遣いをせずに、いざというときのために貯蓄していた。
そのことで他の貴族から馬鹿にされることはあれど変えるつもりはなかった。
真面目で頑固な性格、それが今回の大役を任された大きな要因の一つである。
「そういえば私、来訪者に知り合いがいるんですけど、その方は他の来訪者について詳しいようでしたよ」
後日、クラックはメアリーに紹介された来訪者からの話を参考に案を練ることにした。
§
あまりにも静かで重い空気が室内に充満している。
いつもの影の館の応接室のはずなのに、別次元と思えるほどに異様。
その原因を作っているのは目の前に座る老人だった。
白のローブを纏う老人は見るからに普通ではなかった。
経歴を聞いてより驚いてしまった。
「アルバート様ほどのお方が、このような場所に何用でしょうか?」
アルバート・オルター、蒼の魔塔の頂点に君臨する大魔術師。
魔塔はどこの機関にも属さず、ひたすらに魔法、魔術に関連する事柄すべてを研究する者たちで構成された集団。
魔術、魔法では右に出る団体はない。
冒険者や各機関にも優秀な魔術師はいるが、大抵が魔塔出身だ。
魔塔は目的や魔術師としての在り方などでいくつかの派閥に分かれ、そのうちの一つが蒼の魔塔。
魔塔の中では比較的、落ち着きがあり、研究を主とする者が多いのが特徴である。
目の前の老人もお茶をすすりながらゆったりとしている。
どこにでもいる優しそうなおじいちゃんといった雰囲気。
しかし、魔塔の頂点ということは、大陸最強の魔術師の1人ということだ。
決して油断していい相手ではない。
「そう、警戒しなくてもいいんじゃぞ、なに、ここに来たのは今を時めく男がどんなもんか顔を見に来ただけじゃから」
「本当にただ顔を見に来ただけですか?」
「しいて言うなら魔術学院の講師にどうかとスカウトに来た」
「ルーナをですか?」
「違う、違うお前さんじゃ」
「残念ながら隠者です」
「魔術を教えて欲しいとは思っとらん、戦闘を教えて欲しいんじゃ」
意味が分からない。
魔術学院と言えば魔術を教えるためにある。
俺のような暗殺者が一体何を教えるというのか。
「一週間だけでいい。今の若い魔術師は戦争も知らず、井の中ではしゃいでるだけじゃ。それも魔術師こそ至高などと本気で思っとる」
「戦闘に特化した魔術師だって魔塔にも教師にもいるでしょう」
戦闘を教えたいのなら近しい存在に教わるのがいいに決まっている。
目標が明確にあることで迷う必要がなくなる。
「そこをなんとか、報酬だって弾んでやるぞ。もしよければワシの術式の一つを公開してもいい」
カチャンッ!!
後ろで静かに聞いていたルーナがティーカップを落とした。
「しっ、失礼しました」
冷静を装っていても瞳孔が開き、体に緊張が見られる。
ルーナが焦るほどの報酬ということか……
「では、一週間のみで戦闘を教えればいいということでよろしいですか?」
「おぉ、助かるぞい。できるなら戦闘がいかに恐ろしいものかを教えてやって欲しい」
「承知しました、それも追加ということで、報酬なんですが後ろにいるルーナにお願いします」
「ほぉ!? ワシの術式を知る機会を他者に譲るというのか?」
「私はしがない隠者であり、魔術師ではありませんから」
「了解した」
日程の調整をして話は取りまとまった。
「では、よろしく頼んだ。それと報酬の話じゃが、前払い代わりに……」
体が危険を感じてその場から離れようとするが、体が重すぎる。
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