128話 教え

 結局戦うハメになってしまったわけだけど、どうにもごぶはやる気がなさそうだ。

 3人が俺を弱いと思うのは仕方ない。

 元々、隠者系統というのは気配が薄い。

 強者になれば逆にその薄さで不自然さを感じたりするので自然とそこの景色に溶け込むのが隠者の最終奥義だったりする。


 セバスは相手を殺すときでさえ、不自然さを感じさせては行けないと言っていた。

 殺気はもちろんのこと、妙な緊張や雰囲気というものは必ず相手に伝わる。

 息をするように当たり前に、歩くという動作にわざわざ意識をしないように自然とナイフを振る。

 そうすれば相手は斬られたことすら気づかずに逝く。

 俺の場合は職業的に少し道がズレているが、概ねの目標はセバスだ。

 あまりにも高すぎて自分でも笑ってしまうが、目標は高い方がいい。

 

 3人は隠者系統を相手にした経験が少ないのだろう。

 圧力を感じない、弱そうな雰囲気の相手は安直に弱いと決めつけている。

 これでは今後、帝国に行けたとしても将来的に困ったことになるはずだ。

 その考えは隠者系統と戦う際に大きなディスアドバンテージとなる。

 俺が本気で戦った方が彼らのためになるのなら、本気でやろう。


「3人同時にかかってきていいよ」

 俺は睨眼髑髏げいがんどくろの仮面を被り、ナイフを構える。

 本気といっても殺すわけにはいかないので訓練用のゴムナイフを選択する。

 このゴムナイフのいいところはダメージ量は極端に低いが痛みはあるというところで、痛みがある方が訓練にも精が出るだろうと導入してみた。

 クランレガリアに復活機能が備わればお役御免となるが、当分はお世話になる予定。

 何度かメンバーとも訓練をして既に効果は検証済みなのだ。


「はっ、それはさすがに……」

 ごぶは俺がゴムナイフを構えて戦闘態勢に入っているのにまだ油断して構えてすらいない。

「そっちがその気でもこっちは攻撃するから油断するなよ」

 俺は3人に向けて忠告する。


「そうは言っても……」

「なんていえばいいんだろう」

 トロンとラムは顔を見合わせて困惑している。

 ラムは顔という概念がないのだが、そんな様子だ。

 ごぶ1人で十分だと思っているし、それに自分たちは攻撃の範囲内にはいなくて安全圏にいると思っているのも問題だ。


 ごぶも俺と数メートル離れているため、俺が動き出してからでも間に合うとなどと考えているはず。

 この考えを改めさせる。

 俺の速度ならとっくにそこは射程距離なのだと。

 後ろにいるトロンとラムも射程圏内。

 つまり後衛が危険な位置にいて何を油断しているのか。


「えっ!?」

 目の前から消えた俺の姿にごぶは驚きの声を上げる。

 俺はラムの背後に回りナイフを突き立てた。

 ゼリーを刺したような感覚で手応えというものは特にない。


「キャアッ」

 痛みでラムは悲鳴を上げるが反撃はこない。

 何が起きているのか分かっていないトロンの胸を蹴り飛ばした。

「カハっ」

 骨の体は思いのほか軽く、予想よりも吹き飛んだ。

 魔法使い系統で防御力が弱いというのも大きいか。


「ごぶ、実戦なら2人は死んでいたぞ」

 実際は一撃で倒すのはさすがに厳しいとは思うが、発破をかけるためにもそう言っておく。

 ごぶはやっとやる気になったのか拳を振り回してきた。


「速すぎる……」

 しかし、どれも俺に届かせるには遅すぎる。

 油断はしない。

 そっちと違ってこっちはまともに攻撃を受けると瀕死になるから。

 というか軽く死ねる。


「乱刀・斬」

 無数の斬撃がごぶの体を四方八方から襲う。

 ガードを固めて急所は守っているが、ゴムナイフには殺傷能力はないので痛みだけがごぶを襲っている。

 ダメージはなくてもフラフラと後退して膝をつくごぶを見下げてゴムナイフの効果を教えてあげる。

 そういえば伝えていなかった。


「これはゴムナイフだから死ぬことはない。痛みは多少あるかもしれないけど。その方が多少はやる気が出るだろ」

 それを聞いたごぶは苦悶の表情を浮かべた。

 何故だろうか?

 死なないと分かれば安堵しても良さそうなのに。


「深き闇より穿て『深淵槍アビスランス』」

 トロンが魔法を放ってくる。

 できる限り魔力は抑えていても、殺気が漏れていてバレバレだった。

 避けるのは簡単だがここは勉強の意味を込めて迎撃を選択しよう。


「ディー、よろしく」

「キュイキュイ」


 トロンの放った深淵槍アビスランスとディーの闇槍ダークランスがぶつかり合って互いに消滅する。

「そっ、そんな馬鹿な!? 僕の深淵槍アビスランスが下位魔法の闇槍ダークランスと互角だなんて」

 互いに黒い槍を放つ魔法だけど、エフェクトが微妙に違うので使い手であればすぐに分かるだろう。

 確かに魔法のランクは向こうが上だが、ディーとトロンの実力の差。

 込められている魔力量もコントロールもディーが上だ。


「アシッドテンタクル」

 ラムの触手攻撃。

 3人は何というか戦い方が単調だ。

 オウカ戦と同じ技しか使ってこない。

 そもそもオウカと俺への対応が同じはずがない。

 そういうところも単純に経験が足りていない。

 特に強者との戦闘に慣れていない。

 相手が格上なら工夫に工夫を重ねないとまず勝ち目はないというのに。

 相手が弱いと自分の得意なことを押しつけても何とかなる。

 これは自身で感じている最近の悩みでもあるが……

 では、どうすればいいのか。

 転職して広く浅くというのも手だろう。

 しかし、もっと簡単な方法がある。

 仲間やアイテムに頼ればいい。


「キュイキュイ」

 ディーがトロンの時と同じように迎撃してくれるようだ。

 黒炎の息イグニス・ダークブレスで触手を燃やし尽くす。

 俺が動き始めて一分も経たないうちに、3人は戦意を喪失してその場にへたり込んでしまった。

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