117話 最後に残るのは

 これで生きているオーウェンはまさしく人を辞めたとしか思えない。

 雷に打たれた場合、電流が体中を駆け巡ることで心肺停止となり死亡する。

 現実とは異なるだろうし自然的な雷ではなく魔法なので全く同じというわけはないだろうが、そこまで乖離しているわけでもないはず。

 ルキファナスの世界の基本的な物理法則は現実と大して変わりないからだ。

 ただの雷の何百倍もの威力を誇る魔法を受けてオーウェンがなぜ生き残っているのか。


「すみません、血液に邪魔されて、仕留めきれませんでした」

「いや、十分すぎるよ。ありがとう」

 元々のタフネスもあるだろうが、厄介だったのは呪われた血液だった。

 今のオーウェンは全身にジューヴァブラッドが流れている。

 それがクッションとなって黒雷の威力を軽減したのだろう。

 ルーナも紫苑も諦めムードが漂っていた。

 それはそうだ、ルーナの魔法を頼りにして作戦を練ってここまで積み上げてきた。。

 ルーナも紫苑も余力を残していない。

 そんな相手ではなかったから仕方ない。

 かくいう俺も使えるスキルは全て使った。

 魔力も影気も尽きている。


 それでも俺は負ける気がしなかった。

 ルーナの一撃によって邪魔だった血液のほとんどが蒸発している。

 それに、オーウェン自身もかなりのダメージを負っていた。

 地を蹴れば一瞬で距離が詰まる。

 月蝕を振るえば簡単に傷をつけることができる。

 幾たびの死闘を乗り越え、セバスに、サンドラにしごかれて、培われた技術。

 ステータスに反映していなくてもたしかにそれはある。


 そこからは一方的な虐殺がはじまった。

 鎧の隙間を斬っては離れての繰り返し。

 周りから見れば俺がとどめを刺さずにいたぶっているように見えるだろう。

 だが、実際はそんなことない。

 こっちもギリギリなのだ。

 スキルがないため地道に削っていくしかない。

 これ以外にないのだ。


 主要部分だけはいまだに血液を固めてダメージを塞いでいる。

 しかし、血液の総量はすでに底が見え始め、俺は基本に忠実に削れる部分を削っていくだけ。

 オーウェンが回復に努めていても、もはや俺の攻撃速度はオーウェンの回復力を大幅に上回っている。

 回復にリソースを割けば守りが薄くなる。

 この悪循環を抜け出すには外部からの力しかないが、ディーと呪病竜の亡骸の方は決着がついたようで、崩れていく亡骸の上でディーが勝利の雄たけびを上げている。

 そして、オーウェンは首を差し出すように力なく膝から崩れ落ちた。


「どうする?」

 オーウェンはデスペナルティになったし、モンスターもいない。

 館を探索しようと思えばできる。

 元々、オーウェンや紫苑の入っていたパーティはこの館に探索をしにきていたわけで、偶々どこかからここの情報を入手したらしいが、それがなければこんな場所に辿りつくのは難しい。

 場所自体が辺鄙だし、館は隠蔽されていた。

 それがオーウェンを倒したおかげで帳は晴れて瘴気や呪いも薄くなっていっている。

 今を逃せば、ここは発見されて人が押し寄せてくるかもしれない。


「私はオーウェンを倒せたからもう十分」

「暗殺依頼は達成したし、依頼主がそういうなら俺もいいな」

 これ以上の戦闘継続は難しい。

 リスクをとって、館の探索をしてもいいが、めぼしいアイテムは取られてるみたいだしリターンが見合っていない。

 それにつかれた。

 これにつきる。


「私も大丈夫です」

「ディー、帰るぞ。変なもの食べてないだろうな」

「キュイ!?」

 小さな姿に戻ったディーは首を傾げているが、呪病竜の核を美味しそうに食べていたのを俺は知っている。

 一応、あれが一番のお宝だったらしいのに。

 紫苑も苦笑いだ。



§



「本当に迷惑かけた」

「ほんとだぞ、どれだけ消費したか分かったもんじゃないよ」

「いやいや、元はといえばお前が呪いの武器やら防具を俺につけさせるからだろ」

「まぁまぁ、お二人さん、とりあえずはデスペナルティ後でも呪いの影響はなさそうだし一件落着でいいだろ」

 影の館、応接室で俺の対面にはオーウェンと紫苑が座っている。

 結論から言うとオーウェンが半ば無理やり装備させられた呪われた血液ジューヴァブラッドはデスペナルティから復活しても外すことができなかった。

 ただ、ジューヴァ家当主が最期を過ごしたあの館に渦巻く呪いも怨念もすっかりと薄まり、おそらくはその影響で呪われた血液の効力が弱まったのだろう、今の状態ならオーウェンの耐性で体に悪影響はなく、むしろステータスの上昇や高速再生などプラスに働いている面の方が多い。

 オーウェンは教会で呪いを解いて欲しかったみたいだが、紫苑が駄々をこねて断固拒否、オーウェンは渋々、呪われた血液を体に宿したままにしている。


「それに本当に紫苑も相当な資金と労力を使ってるぞ」

「あぁ、分かってる。これから返していくつもりだ。それに影の館にもな」

 紫苑が今回の一件で使ったものを現金換算すれば数千万単位にもなる。

 元々、ウチへの暗殺依頼はかなり高額なもので白金貨一枚、つまりは一千万が最低ラインになる。

 これはジャンヌから言われたことで暗殺依頼は安請け合いするなとのことだ。

 今回も紫苑から白金貨一枚で依頼を受けた。

 紫苑は他にもより確実にオーウェンを殺すために使い切りの呪具をフルで使っていた。


「ウチは依頼を受けただけだから別に気にしなくてもいい。料金だってきっちり払って貰ってるし」

「じゃあ俺から依頼を出したいんだがいいか?」

 オーウェンは白金貨を四枚机に置いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る