116話 ディーの本気

 まずは亡骸とオーウェンを引き離さないといけない。

 魔力が尽きたディーは元気よく俺の周りを回って、まだイケるぞとアピールしてくる。


「ディー……仕方ないか」

「キュイキュイ!!」

「好きなようにやっていいぞ」

「キュイキュイキュイキュイ!!」

 最近はディーが活躍するような戦闘が少なかった。

 ここ一ヵ月で最も成長したのはディーなのかもしれない。

 これまでディーは魔力がなければ戦闘ができず、影に帰っていた。

 しかし、今のディーは違う。

 ディーの体がむくむくと大きくなっていく。

 普段の1メートルもない、かわいらしい人形のようなフォルムは大きく変わって5メートルを超え、呪病竜の亡骸にも負けない体躯になった。

 一対だった翼の後ろに魔力で生成された翼が一対増える。

 そうなることで戦闘スタイルもガラッと変わる。

 ディーは亡骸に向かって勢いよく飛んだ。

 激しくぶつかり合う衝撃で風と共に瘴気が辺り一面に広がる。

 ディーは魔法が得意だ。

 俺と共に戦闘する際も小さなフォルムのまま魔法を放つ。

 しかし、性格はやんちゃでイタズラ好き、本当なら今のような肉弾戦を好んでいる。

 俺の許可が出て、やる気満々のようだ。


 瘴気も気にせずにぶつかり、尖った爪で亡骸の顔を切り裂く。

 よろけたところに一回転して尻尾を亡骸の胸に叩き込んだ。

 吹き飛んで倒れた亡骸の上からマウントを取って黒炎の息を吐く。

 亡骸の頭はどろどろに溶けて消えたが、地面の複数箇所が隆起しておどろおどろしい呪いの塊がディーを襲う。


 ディーはまだ子どもでドラゴンとしての力をまだうまく扱えない。

 普段、ディーが使っている魔力は一層目とでもいおうか、自身でコントロールできる表面上の魔力でしかない。

 これは一種の目安でもある。

 それが尽きると、心臓部分から魔力が供給されるようになる。

 これは二層目であり、ディーでは扱いきれず、使えば使うほど本能に引っ張られてしまう。


 はじめてこの状態になったときは本当に大変だった。

 町一つが壊滅してもおかしくなかった。

 それに、一週間以上も影から出てこれないほど、ディー自身にも負担が大きい。

 できるだけ使いたくなかった。


 ディーは二対の翼を羽ばたかせ、空を自由に飛んで呪塊を躱す。

 体が大きくなると同時に翼が一対増えて、空中での機動力も大幅に強化されている。

 亡骸もまだ健在のようで、溶けたはずの首から上が再生を始めた。

 ただ、今の状態なら亡骸に関してはディーに任せていれば大丈夫だと、オーウェンに目を向ける。


「紫苑、火柱は任せた。それ以外は俺が引き受ける」

「分かったよ、呪詛符展開」

「怨恨纏い」

 ルーナを狙う火柱は紫苑が抑え、風の刃とオーウェン自身を俺が抑える。

 効果が低くても少しでもステータスを引き上げることができる怨恨纏いを発動、オーウェンは呪病竜の亡骸を召喚した反動ですべての能力が減退しているようだった。


「火柱も風の刃も通用しないと見て突進してきたか……」

「グガァァァァァァ」

「くうぅぅ、それでもやっぱきついな」

 振り下ろしを正面から受け止める。

 一回受けただけで骨が軋む。

 オーウェンの狙いがルーナである以上、回避することはできない。

 

「グガッ」

「ここから先は通さないぞ」

 右手に月蝕、左手にアグスルトを握り、俺を無視して横を抜けようとするオーウェンの膝裏を斬る。

 膝から落ちて立ち上がろうと支えにする肘と手首を斬ると、バランスを崩して地面に倒れた。

 最初に比べればかなりステータスが下がっている。

 しかし、回復力は健在で斬ったそばから回復してしまう。


「グァァァァァァァァァ」

 地面に派手に巻き散った血液が針山のように鋭く逆立つ。

 距離を取ると血液の鞭が二本攻撃を仕掛けてくる。

 鞭は早く独特な動きのため見切るのが難しいとされているが、怠惰の魔眼があれば、正確に見切ることができる。

 ただ、問題は近づけなくなったことか。

 二本の鞭でこちらを牽制しつつ、オーウェンは立ち上がり、体の周りに針山を展開したまま、じりじりと歩いてくる。

 鞭を潜り抜けても、その先には死しか見えない。


「暗器術・精霊刀」

 効力の切れたアグスルトを精霊刀と入れ替える。


影槍シャドウランス

 近づけないなら距離を取って攻撃するしかない。

 闇槍ダークランスを改良した魔法で俺の影から細槍が射出される。

 血液がオーウェンの前に立ち塞がり細槍ははたき落された。


影槍シャドウランス

 再び射出され、はたき落される。

 元々、俺の魔法は威力が弱い。

 そこに、魔力を節約するために影からしか放てず、威力も抑えられたのが影槍だ。

 槍を落とす際に若干、歩みが遅くなる程度の時間稼ぎにしかならない。


「勝ち誇るにはまだ早いぞ」

「行きます!!」

 夜に包まれたこの空間。

 いつの間にか夜空一帯を黒雲が覆っていた。

 その中では無数の雷が轟いている。

 限界まで雲の中で蓄えられたエネルギーが今解き放たれた。


 一本の黒い雷が地上へと迸ったと思った次の瞬間、堰を切ったように無数の黒雷が後を追って、絡みつく。

 無数の黒雷は一つの大きな黒雷となってオーウェンに直撃した。

 ルーナの本気の一撃、広域殲滅魔法を一点に集中させた威力は相当なものだ。

 地面を揺らし、大気を震わせるほどの轟音が響き渡る。


「そんな!?」

「冗談だろ……」

 魔力の全てを一撃に注ぎ込んだルーナはその場で力なく膝を落としていた。

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