107話 森の意思

 地獄の光景が広がる……

 深緑の森に乱雑に倒れたオークのミイラたちが倒木とともに勢いよく燃える。

 そんな地獄のような場所に木々が推し倒れた事で太陽の光が神々しく降り注ぎ舞台を作る。

 このような絵画があればさぞ高値がつくだろう。


 ルーナはそんな地獄に降り注ぐ光を消そうとしていた。

 広域殲滅魔法、術の範囲と威力から禁術指定されているものも少なくない。

 ルーナが使おうとしていたのはグレーゾーンでも黒より、地域によっては発動を禁止するどころか覚えていることすら許されない魔法を展開した。


 光を閉ざすように黒雲が蓋をして、雲の隙間から雷光が漏れ出る。

 黒天呪術師になったルーナは天候を操る。

 作り出した雷雲は厚みを増して蓄えられた魔力を解き放とうとしていた。

「天より降せ『火雷ノ黒ほのいかづちのくろ』」

 黒雷がオークジェネラル目掛けて落ちる。

 一本の雷が落ちただけで半径数メートルが焦土と化す。

 しかし、まだまだ物足りないとルーナは考えていた。

 オークジェネラルの纏う大樹は落雷の威力を地面に流していた。

 オウカの紅蓮餓者ギガントルージュと打ち合えて、かつ炎も効いている様子がないことから燃やすことも表面への打撃も薄い。


 だが、たかだか一本の黒雷が落ちた程度で禁術指定されるわけがない。

 暗雲は未だに立ち込めている。

 激しい光を放ちながら同時に数十本もの雷が絡み合って落ちた。

 それがさらに何度も何度もオークジェネラルに落ちる。


 いくら大樹を避雷針変わりに雷を地面に流しても、それを纏っている以上は多少なりとも雷撃は通る。

 許容範囲を超え始めたオークジェネラルの皮膚は焼け爛れ、血液が沸騰する。

 それでも絶命には至っていない。


 蓄えた魔力を使い切ってなお二本の足でオークジェネラルは立っていた。

 雷が撃ち尽きたと察したオークジェネラルは回復の時間を稼ぐために大樹を球状にしてその中に閉じこもって完全防御の姿勢を取った。


「『爆炎握撃グラップイグニート!!』

 オウカは球状になった大樹を両手で思い切り握ると、両の手のひらから荒れ狂う炎が発せられ、大樹を熱する。


「はぁ、はぁ、同胞を贄にしたのだ……ここで終わるわけにはいかない」

 自分に言い聞かせるようにオークジェネラルは呟いた。

 もはや勝つことは難しく、仲間もいない。

 2人の敵から逃走する術を考える。

 外の様子は森の草木からある程度知ることができる。

 完全に自分を覆っている大樹の守りは鉄壁に等しく、巨人の攻撃にとビクともしていない。


 一つ目の選択肢は相手が諦めるまでこの状態で粘り続ける。

 しかし、相手が諦める保証がなく50匹分のストックがあるとはいえジリ貧になることは間違い無い。

 二つ目は攻撃をしている間にこの鉄壁を解いて逃げる。

 ただし、この相手の気を逸らすだけの攻撃となるとかなりの魔力が必要となり失敗すれば次はこの状態にはなれないだろう。


 三つ目は全てを諦め降伏する。もしかしたら情けをかけてくれる可能性もある。

 いや、これはないだろう。

 そんなに甘い相手には見えないし、群を率いていた長としてのプライドが許さない。


 オークジェネラルは思考する。

 種族として知能の低いオークの中でそうやって生き抜いてきた。

 命運を左右する難問に頭が溶けるように熱い。

 心臓の鼓動が早くなり血液が沸騰している。

 そういえば先ほどの雷は死んだかと思った。

 まだ生きているのは天が生かそうとしているのだと信じるしかない。

「それにしても喉が乾く……」


 ……!?


「しまった、なぜこんなことに気づかなかったのだ」

 大樹の中の空気が熱せられている。

 このままでは蒸し焼きにされる。

 考える必要がなくなった。

 耐久は不可能となると攻めてチャンスを掴むしかない。

 後先を考えずに攻撃に全力を注ぐ。

 

 ルーナとオウカは揺れる地面を警戒する。

 無数の大樹が地面から割って出てきて2人を襲う。

 ルーナは魔力の流れを見て大樹を躱す。


 オウカは巻きついてきた大樹を逆に燃やす勢いで全身から炎を出す。

 その代わりに両手の炎の勢いが弱まった。


 オークジェネラルはチャンスだと大樹の一部を開いてそこから抜け出る。

 そして走る。走って走って走る。

 森を抜け出て、後ろを振り返っても追ってはない。

 逃げ切った!!


「あれって……」

 ルーナは顔を顰めた。


「ルーナ、攻撃は続いている」

 完全な防御態勢に入っていた丸まった大樹が開き、2人が見たのはオークジェネラルの変わり果てた姿だった。


 心臓部分から全身に根が浸食して、大樹と一体化している。

 すでに死んでいた。

 タイミングはいつか分からないが死んでいたのだ。

 ならばこの止むことのない攻撃は誰が仕掛けているのか。


 いつの間にか昆虫や小動物など様々な生物が2人を凝視していた。

 何をするでもなくただただ見ている。

「きゃっ!!」

 ルーナは攻撃を回避している中で木の根が引っかかり躓きそうになる。


 オウカの視覚は巨人の兜の目の位置を共有している。

 しかし、先ほどから視界が見えづらくなっていた。

 舞い落ちる無数の木の葉が運悪く視界を遮ってくるのだのだが、これは運が悪いのではない。

 森全体が敵になっている。

 ルーナとオウカの依頼はオークの群れの殲滅なので達成といえば達成している。

 森がこちらを攻撃してくるのは2人が侵入者だからで、周辺を攻撃することはないだろう。

 つまり、あとは逃げるだけでいい。

 だが、それができない。

 2人はオークジェネラルとの戦闘で魔力が底を尽きかけていた。


 ここまで来るとデスペナナルティを覚悟せざるを得ない。

 ルーナが諦めかけたそのとき、森の奥の1匹の鹿と目が合う。

 立派な角が生えていたが片方は折れていた。


 なぜ、こんなところに鹿がという思いと、なぜか視線がその鹿から離せなかった。

 気づけば攻撃が止まり、鹿の足元から木の根が生えて折れた角を補填するように形を整えた。

 鹿は踵を返して森の奥へと消えていく。

 無数の視線も消えて、濃すぎた緑が薄くなっていく。

 森に突如突風が入り、木の葉が舞い上がる。

 足元には鹿の角が一本落ちていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る