98話 不意打ち

「やけになって武器を全て手放してどうすんだよ!!」

 サンドラには影に隠して投げたアグスルトも月蝕もバレバレでいとも簡単に弾かれて、むしろ距離を詰められる。

 だがまだ終わりじゃない。

 右拳を強く握って殴る動作を行う。

 サンドラとの距離は槍は届いても俺の拳が届くような距離ではない。

 サンドラはそう思っているだろう。

 それを宵闇の手套しゅとう繊魄せんぱく』が覆してくれる。

 速度を射程に変える能力はナイフを使用していなくても反映される。

 俺の拳が黒い影で伸びて、サンドラの頬を殴る。


 短すぎる僅か1メートルちょっとの射程はサンドラの槍よりも短い。

 もう少し速度が出れば射程も伸びるが近距離ではこれが限界。

 拳でも使用できるということは蹴りでも使えるが俺は使おうとは思わない。

 そもそも拳だけでも使おうとも思わない。

 今回使ったのはサンドラの思惑を外すのがこの方法しか思いつかなかったから。

 槍が俺の腕を切り落とすと腕が影に変わる。

 その少し横から影で射程の伸びた俺の拳の一撃が再びサンドラの頬に当たる。

 サンドラはニヤッと笑みを溢した。


「やるじゃないか、まさか一発どころか、二発も入れられるとは思いもしなかった。ナイフを使ってなかったから油断したよ」

 残念ながらまともに顔にヒットしたのにダメージはない。

 これが普段使わない理由。

 射程が伸びても攻撃力が上がるわけではない。

 俺の攻撃力じゃあサンドラにダメージが入るわけもない。


 それでもサンドラはよくやったと褒め、身代わりの限界まで俺を殺し、満足して部屋を出て行った。

 結局、まともに攻撃がヒットしたのは最初の二発だけで、この不意打ちはもう二度と通じないだろう。

 なんとも言えない感覚を胸に感じながら仰向けで真っ白な天井を見る。

 成果はあった。

 新しい魔法を使えるようになった。

 精霊刀による魔法で俺が扱いなれているのが黒槍だ。

 ディーの最も得意な魔法でもある。

 しかし、溜めに少し時間が必要だし、魔力量も少なく、接近戦ではどうにも扱いづらかった。

 そこで考えたのが槍ではなく短刀を作ること。

 そうすることで生成にかかる時間は半分以下になる。

 ただ残念なのは威力も半分以下になってしまったことだった。

 それでも一歩前身の手応えを感じたし、何よりもサンドラとの戦闘は楽しい。

 いつかは俺もあの領域に辿り着きたいと強く思った。


 サンドラとの訓練が始まってから1週間が経過しようとしていた。

 いったい何度殺されたのだろうか。

 しかし、徐々に死ぬまでの時間が伸びていっている。

 別にレベルが上がったとか、新しいスキルを覚えたとかではない。

 それでも現実として目の前の光景も成長を物語っていた。

 サンドラは1週間前と変わらずに俺を殺そうと迫ってくるが、その手には二本の槍が握られている。

 そして二本ともが二段階の解放をしている。

 これでまだ本気には程遠いのだから恐ろしい。

 そしてセバスはこのサンドラの師匠であり、さらに強い力を持っているらしい。

 それはもう遠すぎる領域だ。


「よーし、ある程度は形になったな。これなら断罪者を名乗ってもいいだろう。だが調子に乗るなよギリギリ許せるって程度だからな」

「はぁ、はぁ、はぁ……ありがとう……ござい……ました……」

 訓練を終えて庭に出ると満面の笑みのジャンヌがお茶をしていた。

「クロツキ、クランの準備が整ったぞ」

 俺にとって緊張の時間がやってきた。

 クランメンバーとの顔合わせだ。

 ジャンヌ曰く、全員が知り合いらしいからな。


 現れたのは3人……


「クロツキよろしくな」

「クロツキさんよろしくお願いします」

 右手を上げて元気に声をかけてくるのはリオン、そして顔を赤くして頭を下げているのがルーナだ。

 まぁ、ここまでは予想していたよ。

 そもそも俺の顔見知りと言っていたが、自慢にはならないけど俺に知り合いなどそう多くない。

 その中で最良好な関係性を持っているのがこの2人だ。

 シュバルツ家の関係者と思われるセン婆とも2人は見知った中だ。


 そして、フードを被って顔を見せていない小柄な人物。

 フードを取ると……

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