97話 無力

「今日はここでお泊まりをお願いいたします」

 案内してくれたメイドは俺に恭しく頭を下げる。


「あの、質問してもいいですか?」

「はい、私の答えれる範囲でならお答えいたします」

 メイドは少し雰囲気を重くして頷いた。

 もちろん、シュバルツ家の秘密が聞きたいとかそういうわけではないので安心して欲しい。


「サンドラについて聞きたい」

 さすがに今日の結果は不甲斐なさすぎた。

 明日以降もう少しまともに戦闘ができるように情報収集をしておかないと。

 これは卑怯とかではない。

 情報収集も立派な作戦なのだ。

「サンドラ様はストルフ様のお姉様です。お二方のご両親はそれはそれは酷い親だったようで、ストルフ様が虐待され殺されそうなっているところをサンドラ様が実の親を殺してストルフ様を救ったようです。それから裏社会に身を投じたお二方をジャンヌ様がお拾いになり、それ以来シュバルツ家で働いております」

 あー、思ったよりもナイーブな話を聞けたけどそういうのが聞きたいわけじゃないんだけどな。


「あの二本の槍とか鎧について聞きたいんだけど」

「詳しくは知らないのですが、手っ取り早く親を殺す力を手に入れるために呪いに手を出したようで、二本の槍は呪いの槍とサンドラ様本人はよく仰られております。それ以上はセバス様にお聞ききするのがいいかと」

「ありがとうございます」

 うーん、確かに呪いの槍って言ってたな。

 よし、セバスのとこに行ってみよう。

 ジャックがどんな訓練をしてるかも気になるし。


 結論からいうとジャックの訓練は壮絶を極めていた。

 死なないギリギリでセバスに切り刻まれてはポーションで回復するを繰り返している。

 そもそもなぜジャックが訓練をしているのか分からない。

 もしかしたらシュバルツ家で働くために必要なのかもしれない。

 ただ、そうであるならばシュバルツ家の敷居は非常に高い。

 そして仕える人間が強いのも頷ける。


「……でも、貴族に仕えるにはそれくらいの能力が必要なのか?」

 大企業に就職と考えれば必要な気もしてきた。

 ジャンヌのことだから金払いも良さそうだし、悪徳領主のようなことはしていないだろう。

 仮にジャックがシュバルツ家に就職できなくてもこの経験は活きるはずだ。

 切り刻まれては回復させられる拷問が必要な世界もどうかと思うが、残念ながらこの世界はそういう世界なのだ。


 厳しい体験をしていれば他のことなんて乗り越えれるの精神。

 俺がサンドラに何度も殺されて平然としていられるのは社畜時代の副産物かもしれない。

 あの頃は精神が死んでいた。

 寝る時間も食事をとる時間もなくて睡眠不足に栄養不足でいっそ死んだ方が楽だと何度考えたか。

 サンドラに与えられる死の感覚と痛みは決して気持ちのいいものではないが、あの地獄に比べれば死んでも蘇ると分かっているしなんてことはない。

 特にデスペナルティもないのだから。


 訓練を終えたセバスにサンドラの話を聞くことにする。

 というよりはコツ的なものを聞きたかった。

 しかし、答えを得ることはできなかった。

 セバスに言われたのは、1日でそれだけできれば十分ですと、そして変わらずにそのときに感じたまま体を動かせばいいだけと。


 二日目の訓練が始まる。

 訓練の激しさは一層増して訓練というよりは拷問に近い。


「クロツキ、その程度じゃゴミ共相手に苦戦して被害が出ていたかもしれないねぇ」

 イヴィルターズの2回目の攻撃……

 俺が無闇回廊に入っているときにヒコ村にイヴィルターズが襲撃を仕掛けたと聞かされた。

 サンドラとストルフの2人によって難なく撃退に成功したが俺だったらそうはいかなかったはず。

 そもそも現地人ローカルズと違って来訪者ビジターは殺してもデスペナルティがあるだけで復活したあとはまた好き放題できる。


「余計なことは考えるなよ。 今は強くなることだけに集中しな!! もう、お前が考えてるようなことは対処がされている。私が言いたいのはそこにお前がいても村を守ることができなかっただろうってことだ。弱者に権利はないよ!!」

 いろいろと聞きたいことはある。

 サンドラは普通に会話しているが、槍は常に俺の命を奪おうとしてくる。

 俺には会話をする余裕などなく、そして余計な思考をする暇すら与えさせない猛攻がはじまった。

 攻撃は見えているよりも大きく回避せざるをえない。

 そうなると自然に相手から離れるように距離を取りながら槍を躱すのだが、 すぐに距離を詰められる。

 中途半端な遠距離攻撃は焼石に水どころか隙を晒すだけになってしまう。

 せめてディーがいてくれれば、牽制しながら距離を取れるのだが、ディーはこの訓練に参加することを禁じられている。

 ないものねだりをしても仕方がない。

 かといって、牽制なしで安易に近寄っての攻撃は不可能だ。

 あの槍が本物なのか陽炎の見せる幻なのか判断できず、正面から叩き潰されるだけだ。

 何か手立てを探す。自分にできることで普段とは違うことを試してみる。


 罠を張る……そんな時間はないよな。

 この考える時間すら無駄なのだが、考えないと何も思いつかない。

 いや、できるかどうかは知らないけど一つ思いついた。

 直感的にはできそうだ。

 よしっ、やろう。

 左手に持つアグスルトを暗器術で精霊刀に入れ替える。

 影で無数の短刀が形成されて一気に解き放たれた。

 それらは槍の一振りで吹き飛ばされるが、若干、ほんの若干の猶予が生まれた。

 加速して近づきながら精霊刀を投げつける。

 次に刹那無常、そして刹那無常から少しずらすように、影に隠してアグスルトと月蝕を投げる。

 俺の手持ちの武器全てを使って近づく隙を作る。

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