96話 幾度の死の上に

 心臓を貫かれた俺は光の粒子となっていく。

 デスペナルティになるかと思われたが様子が違って光の粒子は霧散せずに部屋の外へと集まっていくと再び体を構成し始めた。

 完全に体が構成されると同時に灰色の球がパリンという音を立てて砕けた。

 こんなことは初めてで不思議な感覚を確かめるように両拳を握ったり開いたりする。


「分かっただろ、この部屋で死んでもその球が代わりになってくれる。お前がマシになるまで殺して殺して殺しまくってやるよ」

 俺は再び透明の球に手を当てて部屋に入った。


 さっきは瞬殺されたが次はそうはいかない。

 より集中してサンドラを注目する。

 動きの一つも逃さないように全神経を注ぐ。


 赤の槍がこちらに向けられて、槍先がゆらゆらと揺れるのと同時にサンドラの体も揺れる。

 一瞬のまばたきの間にサンドラは消えて、次は薙ぎ払いで胴を真っ二つにされた。

 油断などあるはずもなく、怠惰の魔眼を使ってもなお目で追うことすらできなかった。


「弱すぎるな」

「くっ……」

 サンドラの辛辣な言葉に返す言葉もない。

 一瞬で二度も殺されたのだ。

 だが、どうすればいいのか解決策が思いつく間もなくまた部屋に戻される。


「今までの相手はご丁寧に殺気を向けてくれてたようだが、そんなの三流のやることだ。私らは殺すことに集中しない。当たり前のことのように、息をするように、生活の一部のように殺す」

「……」

「まぁ、まだ分からないだろうから、分かるまで殺してやるよ。大体、相手を殺そうとしすぎるから暴走なんてするんだよ」

 暴走とは俺がラフェグと戦っていたときのことだろう。

 しかし、あれはどうしようもなかった気がする。

 あのスキルを使うなということなのか。


「あの程度で飲まれてたらいずれ自身の殺した骸に飲まれることになるぞ。とにかく今は生き残ることに集中しときな」

 正直、よく分からない。

 サンドラのいうように今は生き残ることに集中するしかない。


 そこから10回以上は殺された。

 最初は全く分からなかったが徐々に感覚は掴めてきてるような気はする。

 殺気に反応するのではなく何となく危ないと感じたら、感じたままに行動する。

 サンドラは最初と同じように消えた。

 赤と黒の混じる残像だけが残っていて、はっきりとは分からないが何となくは分かる。


 ……脱力。

 いつからか忘れていたような気がする。

 相手の殺気に反応するように集中すればするほど体に力が入っていた。

 攻撃に対して全身の筋肉をこわばらせていては反応が良くなる訳もない。

 肩の力を抜いて自然と心臓に向かってくる赤の槍を体を捻りながら赤竜氷牙アグスルトで受け流す。

 今思えば武器の性能に慢心していた。

 ダガーナイフの頃からそうだが、俺はいつも格上の武器を握ることができていた。

 防具だってそうだ。

 武器も防具もどれだけ性能が良くても、結局は使い手次第で振れ幅は大きく変わる。

 初めてサンドラの攻撃から生き残れた。


「へぇ、思いのほか早かったね。これならもう次の段階に行けそうだ」

 サンドラは赤の槍の突きを躱されたのもお構いなしに薙ぎ払いで胴体を狙ってくる。

 これも必要な部位に、足にだけ必要な力を込めてバックステップして薙ぎ払いを躱す。


 生き残るのがこの訓練の目的だった筈だが、俺は何を思ったのか攻撃に転じていた。

 一旦距離を離したのを活かして一気に加速し、月蝕で首を狙う。

 甲高い音が鳴り響き、俺の攻撃は赤の槍に阻まれていた。


「まさか……意外だな。反撃してくるなんてそんな風には見えなかったが、私は嫌いじゃないね」

「それはどうも」

 何とか形にはなっているが、こちらが全力なのに対してあちらは全く本気どころではない。


「ハスタ・ルブルム、第一階位解放」

 サンドラの言葉で赤の槍に文字が走り、数度光った。

 しかし、攻撃が変わった様子は見られない。

 と、思ったが違うようだ。

 避けたと思ったのに、いや確実に避けた筈なのに槍が体を掠めた。

 槍先が陽炎のようにゆらゆらと霞んでいる。

 これは厄介だな。


 ギリギリで躱すことができず大きく回避しなければいけない。

 だが、大きく回避してしまえばそれだけ隙もできてしまう。

 そして、掠った傷痕が焼けるように熱くダメージが入っている。


「ハスタ・ルブルムは呪いの槍。その傷はただの熱傷のダメージではなく赤の呪いだぞ。さぁ、時間がなくなったな、どうする?」

 どうすると言われてもやることは決まっている。

 全力で動き回って撹乱したいが、常にこちらの動きを正確に捉えられている。

 まだまだ速度を上げなければいけない。

 限界まで速度を上げて背後を取る。


「ガハっ!?」

 サンドラの背後を取っていたはずが、俺の体に赤の槍が刺さっている。

 しかし、サンドラの右腕にはしっかりと赤の槍が握られてい……。

 握られていた赤の槍は陽炎のように消えて本物は俺の体に刺さっている槍だったようだ……


「今日はここまでだな」

「まだまだ……」

 サンドラは透明の球が並べられていた場所を槍で差す。

「もう球がなくなった。明日になれば復活するから今日は終わりだ」

 サンドラが部屋を出ていくのに合わせメイドが入ってきて俺を別の部屋へと案内する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る