82話 チャリック警備隊

 警備隊宿舎の前にある訓練場では警備隊がいつも訓練をしている。

 しかし、今日は訓練は中断されており、訓練予定だった者や非番の者、巡回する者を除く警備隊の全員が訓練場に集合していた。


「市長どういうことですか?」

「そうですよ、あんな部外者の手を借りるってことなんですか?」

「そもそも怪しすぎますっ!!」

 昨晩の出来事から一夜明け、市長同席の元、顔合わせが行われたが、チャリック警備隊は俺の存在が気にいらないようだ。

 30人以上が市長に詰め寄って抗議をしているのを俺は、訓練場の横にある木陰に座ってただ傍観していた。


「大変そうですね」

「そうだな」

 隣で警備隊の1人が他人事のように俺と同じく、騒がしい光景を眺めている。


「あなたは抗議しなくていいんですか?」

「だって戦力は多い方がいいじゃん。もう毎夜毎夜巡回するのもおっさんには辛いわけよ。解決できるなら猫の手でも借りたいくらいさ」

 男は少し伸びた顎髭を触りながらため息をつく。


「隊長、そんなところで何をしてるんですか? そんな不審人物とお喋りするくらいなら隊長も市長にガツンと言ってやってください」

 抗議をしていた1人の女性が俺の隣にいる男に話しかける。

 隊長だったのか。

 まぁ、この中で頭一つ抜けて強そうだったから薄々は気づいていたけど。

 次いで強そうなのが、この長髪ブロンドの女性だ。

 それにしてもいいのか、隊長と隊員でこんなにもズレがあって。


「まぁまぁ、副隊長、落ち着いたらどうだい。戦力が増えるのはいいことじゃないか」

「そんな怪しい奴と一緒に動いては後方にも警戒が必要になるじゃないですか」

「国の要請の元、彼が来てくれたのなら身分はこれ以上ないほど信用に足りるじゃないか」

「しかし……国のいうことなど……それに実力も分からないではないですか」

 王宮はあまり頼りにされてはいないようだ。

 イヴィルターズとあの村の一件からも分かるように国の対応はお役所仕事で基本的に遅い。

 ジャンヌも嘆いていたことだ。

 権力者である貴族のジャンヌが嘆くほどなのだから、こういう末端の人間はより悪い印象を持っているのだろう。

 上の奴らは下にいる人のことなんて考えていない。

 いつも割を食うのは俺たち下にいる人間なのだ。


「それは昨日のあれで十分……いや、そんなに気に入らないなら直接戦ってみればいいさ」

「分かりました」

「えっ……」

 どうしてそんな流れになるんだよ。

 別に軽い模擬戦ならしてもいいが、殺意溢れる警備隊の面々を相手にするのは些か気分が乗らない。

 が、市長が許可してしまったのなら致し方ない。

 お上には逆らえない……

 というか、それ以前に依頼者なのだから、できる限りであれば期待に応えるのが仕事人か……


「くっ……」

 模擬戦が始まったが、残すは副隊長だけ。

 隊長は見学だけで参加していない。

 残りは地面に倒れている。

 副隊長も倒れてる隊員と同程度のダメージを受けているが立ち上がってきた。


 警備隊は率直にいってそこまで強くない。

 全員が三次職とはいえ、普段の仕事が街の巡回ばかりで実戦から離れすぎている。

 元々、この街に警備隊は存在していなかった。

 最初はどこも見向きもしない小さな街だったのを現在の市長が商人たちと力を合わせてここまで発展させてきた。

 そして、問題が起きれば各々の商店が自分たちの力で解決してきている。

 各商店は警備隊よりも強力な戦力を所持していたり、雇ったりしている。

 つまり、ここにいる警備隊はお飾りでしかなかった。


 それまでは見向きもしなかったのに街が発展してから国が介入するようになった。

 そのときに急ごしらえで警備隊が創設された。

 住人からすればこれまで必死に築き上げてきたものを横からしゃしゃりでてきた国が利益を貪ろうとしている。

 そんな風に映ったことだろう。

 なんせ警備隊に派遣されてきたのは問題児ばかりだったからだ。

 正確には王国の一部の権力者にとっての問題児が集められた。

 不正を許さないだとか、国民の目線に立って物事を考えるだとか、そういう正義感を振りかざすようなメンツばかり。

 しかし、民衆は情報操作された情報しかしらない。

 怒りの矛先がすべて警備隊に向くように仕向けられているのだ。


 目の前の副隊長も正義感だけで立ち上がってきているが、どれだけ剣を振るったとしても俺の体には擦りもしない。

 あくまでもこれは模擬戦で、これ以上は大怪我に繋がるかもしれない。


「そこまでだ」

 隊長の声が響く。

「待ってください。自分はまだ戦えます」

「後ろを見てみろ、君以外は倒れ、しかも手加減をされてるんだ。実戦なら全員死んでるよ」

「しかし……」

「隊長、そんな怪しい奴に頼るくらいなら、死んだ方がマシですよ」

「俺もですよ」

 倒れていた隊員たちも立ち上がってきた。


「では聞くが、君たちは何のために立ち上がっているんだ?」

「決まってるじゃないですか。戦うためですよ」

 隊長の問いに1人の隊員が答えた。

「じゃあ、君達は戦って満足して、残された人々はどうするんだ? 殺人鬼に殺されていくが、それでも君たちは満足なのか?」

 隊長の語気が強くなり、さらに続ける。


「警備隊は何のために戦っているんだ? 君たちの下らないプライドのためか? 人々の幸せを蔑ろにしてまでも自身のエゴを通すというのか? だったら君たちは君たちがよく愚痴をこぼす奴らと何ら変わらないじゃないか」

「そっ、そんなつもりは……私たちはただ……」

 隊長の喝が効いたのか副隊長を含めた隊員達は意気消沈してしまった。


「すまなかったなクロツキ君。恥ずかしいところを見せてしまった」

「いえいえ、お気になさらず」

「ただ、警備隊がこの程度だと思われて信用をなくしても困るので、一矢報わせてもらおうかなと思う」

 隊長は背に担いだ大剣を構えた。

 市長はオロオロとしているだけで、隊員たちは速やかに端に避けた。

 完全にやる流れだな。


 先程まで使っていたのは宵闇の小刀『月蝕』一本のみだったが、左手に赤竜氷牙アグスルトを握る。

 隊長には全力で挑まないと勝てなさそうな気がする。

 先に動いたの隊長だった。

 緩やかに動いているように見えるが無駄のない体捌きは隙がない。

 真上から振り下ろしてくる大剣を避けて横に回ろうとしたときには、下から大剣が振り上げられていた。

 回避はできたけど驚いた。


「あれを躱されるとはな」

 当たっていたらあばらが粉砕してただろう威力。

「大剣を枝のように振っておいて何を言っているのか……」

「ウチには優秀なヒーラーがいてな、本気でかかってこい」

 隊長の圧が一層強くなる。

 これはマジで殺すつもりでいかないと勝負にならない。

 俺は仮面を被った。

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