83話 渦巻く謎

 隊長は強かった。

 というか三次職にしては強すぎる。


 ダブルスラッシュ、大剣の振り下ろしを躱しても横方向の薙ぎ払いが同時に襲ってくる。

 赤竜氷牙アグスルトで薙ぎ払いを受け止めるが、そのまま数メートル飛ばされた。

 攻撃力減少がなければナイフを握る手が砕かれていたであろう威力。


 隊長はこちらの隙をついて大技発動の構えをとっていた。

 間に合うか……

 巨大な音と共に砂煙が大量に舞う。

 地面には大きな穴があいていた。

 隊長から繰り出された技の威力は三次職のそれを大きく上回っている。

 というより、四次職の聖騎士が得意とする、グランドクロスだった。


 十字の斬撃は俺の左腕を斬り落としていて、HPの少ない俺はこの状態が長く続くと死んでしまう。

「やった、隊長が勝ったんだ!!」

 隊員たちから歓声が沸く。


「副隊長、すぐに手当てを」

 腕のいいヒーラーとは副隊長だったようで斬れた腕を拾ってきて繋げるように回復魔法をかけてくれる。

「ふふんっ、どうだ隊長は強かっただろ」

「副隊長、残念ながらこちらの負けだったよ」

「どうしてですか、結果は見るに明らかではないですか」

「クロツキ君が手加減していなければ私の首はグランドクロスを放つ前に地面に転がっていたよ」

 隊長は首についた僅かな傷痕を見せる。

 グランドクロス発動前にスキルを使用して高速で移動し、月蝕から伸びた黒の斬撃は首に触れていた。

 隊長の首を落とす機会はあったのだ。

 しかし、そのまま刃を進めれば隊長は死んでしまう。

 来訪者とは違い、一度死ねば二度と蘇ることはない。

 俺は刃を引いた。

 その結果がこの左腕だ。

 確かに痛いが、別に問題はない。


「なぜ、三次職警備兵のあなたがグランドクロスを使えるんですか?」

「元聖騎士だからだよ」

 驚いたな。四次職から三次職への転職は普通はしない。

 システムとしてはなんの問題もなく転職ができる。

 別に下位への転職もできるし、三次職から三次職など同じランクへの職業にも転職ができる。


 やらない理由はメリットが少ないからだ。

 職業レベルの必要経験値は総合レベルによって変化する。

 即ち総合レベル60のプレイヤーが四次職へ転職しても一次職へ転職しても必要経験値は変わらないということだ。


 そして、獲得できるスキルやレベルアップ時のステータスへの恩恵など、上位の職業になればなるほど上昇していく。

 それが下位への転職者が極端に少ない理由だ。

 そもそも過去になっていた三次職に戻すのはレベルアップもしないし基本的には下位互換にしかならない。

 やるとすれば縛りプレイの好きな変態か、後ろめたい職業をカモフラージュするためか。

 しかし、後者であれば聖騎士はむしろ誇るべきものだ。

 前者には見えないが……?


「どうしてなんですか?」

 この警備隊の発足の理由は分かっている。

 不正役人によって追いやられた者たちで結成されているということは隊長も聖騎士にいてそういう何らかの事情があったんだろう。

 しかし、王国の聖騎士として働くことはできなくなっても、職業である聖騎士を転職させる必要はないはずだ。

 それをどうしてわざわざ……


「けじめみたいなもんだな」

「……」

 隊長は天を仰ぎながらタバコをふかす。

 どことなく悲しそうな顔を見せる隊長にそれ以上を聞こうとは思わなかった。


「お前たちもクロツキ君の実力は見ただろ。というか、見えなかったほどの実力差だったかも知れんが……まぁ、なんにせよ誠心誠意、力を合わせて殺人鬼Xを捕まえよう」



§



 娼館通りには似つかわしくない、中性的な童顔で銀髪の少年は悠々自適に歩いて路地裏へと入って行く。

 誰も彼もがこの場に相応しくない出で立ちなのは気にもしない。

 というか、誰も彼の存在に気づくことができない。

 隠者系統で四次職手前の彼の隠密に気づける者はそういない。


 少年の前を1人の娼婦が横切ろうとしたとき、足を躓かせて少年と当たる。

「あっ……」

 少年はどこからともなくナイフを取り出して娼婦の首を斬った。

 悲鳴を出す暇すら与えない。

 死んだことすら気づかないほどの洗練された動き。


「見つけたぞー!!」

 その現場を見ていた警備隊の1人が大声で叫ぶ。

「はぁ……」

 少年はほとほと疲れきった溜息をついて闇に消えようとしたとき、目の前に全身を漆黒に包み骸骨の仮面を被る男が現れた。

 昨日も出会った同系統の強者。

 ともなればお互いに手の内はある程度分かっている。

 何よりも隠密が効きづらく、逃げるのが難しくなる。

 両手にナイフを構えて戦闘態勢に入るのと同時に相手も両手にナイフを構えた。

 

 警備隊からは2人が闇に溶けて消えたようにしか見えなかったが、ナイフとナイフがぶつかり合う音だけが暗い路地に響いている。


 少年とクロツキが刃を交え始めた同時刻、警備隊はその現場に向かって走っていた。

 副隊長は隊の中で最も離れた場所を巡回しており、急いで向かっていたがその道中で女性の悲鳴が聞こえる。

 隊長にそのことを報告して部下2人を引き連れ悲鳴の元へと向かった。


「何をしている!?」

 副隊長たちが見たのは倒れた娼婦とそれを見ていたもう1人の娼婦。

 客の取り合いなどで娼婦同士が揉めるのは珍しくない。

 しかし、はじめは口喧嘩で収まっていても、ヒートアップすれば殴り合いに発展することもある。

 この街では娼館のトップ同士が話をつけるのでそう多くはないが、なくはないトラブルの一つである。

 ただのトラブルかと3人は気を抜いたが、こういった揉め事も解決するのも警備隊の仕事であり、放ってほくわけにはいかない。

 ヒートアップしすぎて刃物での差し合いになれば笑い事では済まない。

 警備隊の男は2人の娼婦の間に入って、1人が倒れている方へ、もう1人が立っている方に話しを聞く。


「一体何があったんだ? 客の奪い合いか?」

 倒れていた娼婦は異常なほど怯えている。

 そして、もう1人の娼婦を指差す。

「バッ化け物よ、そいつは化け物よ」

「おいおい、落ち着けって」

 暴れる娼婦を抑える。


「がはっ……うぅ……」

 仲間のうめき声が聞こえ振り返ると、娼婦のスカートから先端が刃物のように尖った尻尾が出ていて、それが腹部を突き刺している。

 その尻尾の次の標的は自分だと気づいたときには腹部に風穴があいていて意識が遠のいていく。


「貴様、何者だ!?」

 一瞬の出来事の間に部下の2人が倒れたのを見て副隊長は剣を抜くが、後ろから強い衝撃が襲ってきて。

 意識を失った……

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