81話 殺人鬼との邂逅

 日が沈み、チャリックはその顔を夜の街へと変える。

 図書館からの帰り道、俺は宿へと向かった。

 市長が宿を手配してくれたようでありがたい。

 ありがたいけど、場所が娼館が多く立ち並ぶ通りなんだよな。

 まぁ、事件が起きてるのがこの辺なのだからその近くにいるのは間違ってはいないけど、何度女性に声をかけられたか。


 これが二つの顔を持つ街か……

 その名の通り、全く別物の雰囲気である。

 警備隊も夜の巡回に人数を割いていて、結構な数が夜の街を歩いている。

 そして、随分と苛立っているように見える。

 それもそのはずでこれだけの事件で手がかりを何一つ掴めず、その上現場で何度も気絶させられている姿を街の人間に目撃されている。

 殺されてないだけマシに思えるが、だからこそプライドもズタボロにされ、手を組んでるんじゃないかと一部の住民から疑いの目を向けられていた。

 とにかく警備隊は役立たずのレッテルを貼られているのだ。


「キャァァァァァァァ」

 女性の悲鳴が街に響く。

 現場に向かうと首を切られた女性と気を失っている警備隊の数人。

 市長から聞いていた通りの状況。


 死角からの攻撃!?

 チャリックは王国の中でもトップ5には入る大都市で経済もよく回っている。

 商売がら治安の悪くなりそうなものだが、この事件が起きる以前は治安がいいとさえされていた。

 仮にもそんな大都市を守る警備隊が無能なわけはない。

 最低でも三次職以上の実力を有することが入団条件で身元調査だって入る。

 殺人鬼と警備隊が手を組んでおらず、純粋に気絶させられているのなら、それだけ実力差があるという証拠。

 巡回は複数人で行うのが基本ということも考えると四次職に近い実力、下手をすれば四次職以上も考えられる。


 赤竜氷牙アグスルトで攻撃を受け止める。

 アグスルト討伐報酬で手に入れた新たなナイフは真っ赤な刀身を覆うように分厚い氷が張っている。

 攻撃力は低いが攻撃を受け止めた際に相手の攻撃力を減少させる能力を持っているので守りにはうってつけのナイフである。

 無暗回廊をクリアしたおかげでレベルも上がったし、暗器術の練度も上がり、設定できるストック数が四つに増え、こうして気兼ねなく装備できる。


 ほぼ完璧に攻撃を受け止めたが、相手は特に驚いた顔も見せない。

 小柄で中性的な顔立ち、両手には小ぶりなナイフを持っている。

 攻撃は鋭く、こちらの気が逸れるタイミングに合わせたのも完璧だった。

 楽に防げたのは本気で攻撃する気がなかったからで、気絶を狙っているらしい。

 それでも普通は攻撃が防がれればなんらかのリアクションがあって然るべきだが、そんな反応は皆無。

 

 気配の消し方、感情の希薄さ、格好やスタイル、俺と同系統の職業だ。

 まぁ、分かりきっていたことではある。

 でなければ、増員された警備隊の包囲網を掻い潜るのは難しいだろうからな。

 俺は禍々しいオーラを放つ睨眼髑髏げいがんどくろの仮面をかぶり戦闘態勢に入る。


「……」

 無言で襲ってくるそいつは俺と同等の速さ。

 いや、俺の方が若干速いが、空中を自由に蹴って立体的な移動をしている。

 影踏のような装備の可能性もあるが連発できるものなのか。

「ッ!?」

 攻撃を避けたはずなのに腕に僅かな傷がつく。


「なるほど、糸を張り巡らしているのか」

「…………」

 徹底して無言を貫くソイツの目はハイライトが消え、どこを見ているか分からない。

 そしていつの間にか、辺り一帯に糸が張られている。

 自分も使ったことがある暗器の一種なのに完全に忘れていた。

 さすがに糸を使って宙を自在に飛び回るなんてことはしたことはないが、こいつはこの糸を足場に自由に飛び回っているようだ。


 ディー、頼む。

 闇槍ダークランスで攻撃するが簡単に回避される。

 しかし、狙いは本体ではなく糸のほうだ。

 ナイフとナイフがぶつかり合う。


 ぶつかった瞬間にそいつはナイフを手放した。

 だが、次の瞬間にはナイフを離したはずの右腕にナイフが握られて襲ってくる。

 後方へ回避すると、ナイフが飛んでくる。

 弾いた隙に背後に回られて首元を狙ってくるところをディーの闇槍ダークランスで反撃。

 これも避けられる。


 暗器術まで同じか。

 同系統といえば、無暗回廊で自分の分身と二度も戦闘を行ったが、あのときは完全に手の内が分かっていた。

 しかし、今回はそうもいかない。


「次はこっちの番だろっ!!」

 乱刀・斬……は後方への移動で見事に避けられた。

 確かに無数の斬撃は面での攻撃を可能とするが、射程距離はナイフと同じなので高速で後ろへ跳ばれれば簡単に回避される。

 俺も同じ方法で回避するだろう。

 同じ理由で乱刀・突もこの相手を捉えることはできない。

 宵闇の手套しゅとう繊魄せんぱく』で射程距離を上げても結果は変わらないだろう。

 どうせ避けられるなら温存しておく方が賢い。


 あぁ、なんともやりづらい相手だ。

 それに相手は格上。

 蒼や俺の分身と戦った経験がなければここまで戦えていなかった。

 もしかしたらこういうことを見越してジャンヌは無闇回廊に俺を放り込んだのか。

 それが事実でも助かってるので文句はない。


 戦闘しながら悩んでいると警備隊の援軍が到着したようで、それを見て目の前の相手は影に溶けるように消えた。

 現場に残されたのは殺害された女性、倒れた警備隊、そしてほぼ無傷で立っている俺。

 これはちょっとまずいかもしれない。


「とうとう姿を捉えたぞ怪しい奴め。さっきの逃げた奴もお前の仲間か?」

 警備隊との顔合わせは後日になっている。

 うーん、捕まってから事情を話してもいいんだけど、興奮状態で捕まるとボコボコにされそうだ。

 悪いけどここは逃げるが勝ちだな。

 市長にはあとで連絡を入れて謝ることにしよう。


 俺もその場から撤退した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る