68話 氷の鎧

「さすがは至高の一振りの自信作といったところか」

 硬いと聞いていたアイスゴーレムの腕を簡単に斬ることができた。

 宵闇の小刀『月蝕』、元々の攻撃力はそこまで高くない。

 しかし、速度を攻撃力に変換する能力を持っているため、俺にとっては最高の武器となる。

 停止状態だと効力を発揮しないが、その場合は暗器術を使って武器を替えれば問題ない。

 武器が揃ってきたことで暗器術のメリットをやっと活かせそうだ。

 むしろ、武器が増えて贅沢な悩みまで出てきている始末。


-暗器術-

設定している軽量武器を別空間にストックして解放したりそれを収納できる。

解放した武器は装備状態で現れるが、装備枠がない場合は解放できない。

収納した武器は装備枠から外れる。

設定:小刀『刹那無常』、精霊刀・黒竜の加護、宵闇の小刀『月蝕』


 練度の上がった暗器術は設定できる武器が三つに増えた。

 しかし、残念ながら紫毒のナイフはレギュラー落ちだ。

 もしかしたらこのクエストで大量のモンスターを倒せばスロットが増えるかもしれないのでそれまでは影の小窓で待機となる。


「あっ、あの、ありがとうございま、ひっ……」

 なぜ彼女はこんなにも怯えているんだ。

 まぁ、仲間が氷にされて粉々になっては、次は自分かもと恐怖を感じてしまうのは仕方ない。

 それだけアイスゴーレムの圧は凄まじく、不気味な雰囲気を漂わせている。


「もう少し下がった方がいいですよ」

「でもこれ以上下がればラインを維持できないって……」

 残念ながら今のこの人が抜けようがライン云々には影響しない。

 それにラインなんてすでに崩壊しているも同然だ。


「問題ないです。ラインは俺が……」

「キュイ」

「ラインは俺たちが押し上げますので」

「あっ危ない、後ろっ!?」

 アイスゴーレムが俺に近づいてきてると勘違いしたのか。

 既に腕を落とすと同時に首も落としている。

 近づいているように見えたのは倒れるところだ。

 彼女を下がらせる。

 魔法使いが殴り合いに参加するなんて、あまりにもカオスな状態だ。


「キュイキュイ」

「悪かったよ、ディーを忘れてたわけじゃないんだ。でも、もう少し待っといてくれな。心配しなくてもすぐに活躍の機会はやってくるはずだから」

 俺は宵闇の小刀『月蝕』の力を余すことなく使うため、高速で移動しながらアイスゴーレムを倒して回る。

 その甲斐あって生き残った来訪者たちにも余裕が戻ってきたようだ。

 とりあえずこっちはなんとかなりそうだな。

 上はどうなっているのか、ドラゴンの咆哮はいまだに山脈に響き渡っている。



§



 神々しく光り輝く聖剣に対して翼を広げ、飛翔をもって回避しようとするアグスルトの動きは重く、聖剣の攻撃範囲から脱せずにいた。

 あーさーは全力を振り絞って一撃を放つ。


「聖剣グランドクロス!!」

 聖なる十字の光がアグスルトへと直撃した。

「くっ……足りないか」

 アグスルトの氷の鎧は砕け、胸に浮き出る核らしきものは見えるが、核を砕くには至らなかった。

 氷の鎧の防御力が想像以上だったのと、飛翔して距離があったため威力が十分に発揮できなかった。


「ガァァァァァァァ」

 群がる虫を払い除けるように咆哮と共に体を暴れさせる。

 暴れるごとに氷の鎧にヒビが入り剥がれ落ちていく。

 近づくことができず、来訪者たちはただ茫然と眺めていることしかできなかった。

 少しの時間が経過してアグスルトは暴れるのを止めた。

 全ての氷が剥がれたアグスルトは全身こげ茶色をしていて、ふらふらと震えながら一歩また一歩とあーさーに近づいていく。

 あきらかに弱っていた。

 いつの間にか吹雪は止み、生き残った来訪者たちの心と連動するかの如く暖かさを山が取り戻した。


「チャ、チャンスだ!! 俺がラストアタックは貰った」

「抜け駆けはさせないぞっ!!」

 ゲームでよくあるのが、こういったレイド戦でとどめを刺すと特典が貰えたりする。

 それに目が眩んだのか1人の男が大剣を首へ振り下ろす。

 が、甲高い音がしただけで首には傷一つなく大剣が欠けていた。

 アグスルトはその男を見下ろし、踏み潰しす。

 氷の鎧などなくともドラゴンの鱗は並大抵の硬さではない。


「おっおい、どういうことだ。勝ったんじゃないのか?」

「なんだか、あいつの体、赤くなってないか」

 勝利を確信していた来訪者たちはうろたえる。


「ガァァァァァァァァァァァァ」

 咆哮と共に空へと炎のブレスを吐くアグストル。

 その体はこげ茶から真っ赤なものへと変貌していて、暖かいと感じていた温度は一転、灼熱へと変わった。

 二つ目のブレスはあーさーを含む来訪者たちへ薙ぎ払うように放たれた。

 まったく別の場所にいた修羅のメンバーは無事であったが、それ以外の来訪者はまともにブレスを受けた。

 当然、あーさーも無事ではない。

 武器である大剣はスキルの代償に粉々に砕け、ほぼ抵抗することができなかったのだ。


「さすがはドラゴンってとこだな。途中参加なのは気にくわねぇけど、お前には関係なさそうだから安心したよ。さぁ、ここからは手出し無用のタイマンとしゃれ込もうぜ」

 光の粒子に変わっていく中、あーさーの目には1人の漢の背中。

 特攻服を脱いだ背中には東洋の竜の刺青が浮き上がる。

 自分と同じく王国最強の1人であるタツがアグストルを見上げるところだった。

 結果を見ることは叶わない。

 しかし、あーさーは安心した表情でデスペナルティを受ける。


 タツはとりあえず、アグスルトの心臓部分をシンプルにぶん殴った。

 特段、武術を習っているわけではない。

 本当にただの喧嘩パンチ。

 ただそれだけで20メートル以上もあるアグスルトの巨体が数メートルは後退させられる。

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