57話 レイス

「なんですかあれは……」

 リンは戦闘不能になりながらも戦闘区域から脱してルーナとリオンの位置まで退がっていた。


「クロツキの奥の手的なやつかな」

「あの状態のクロツキさんを捉えるのは至難の技ですよね。ほとんど何が起きてるか分からないですから」

 2人は怨恨纏いを発動したクロツキの戦闘を一度直接見たことがあったため、それが奥の手だと思っていた。

 実際、クロツキの手持ちのスキルで最も力のあるスキルなのはただしい。

 しかし、諸刃の剣であることを2人は知らない。


 圧倒的なスピードのクロツキを3人はほとんど目で追うことができないでいた。

 スピードもそうだが、クロツキの纏うオーラと死穢の影の撒き散らす瘴気が重なり合って視界的にも見づらいこともある。

 とにかく削れていく敵の姿からその凄さを感じ取っていた。


 離れた位置から見ていてこれなので、死穢の影はより何が起きているのか分からない状態だ。

 リンは考えを改め直す。

 もしもあの刃を自分が向けられていたなら何が起きてるのか理解しないうちに斬り刻まれるだろうと考えていた。

 想像と同じように死穢の影はクロツキに攻撃された後で手を出して防ごうとしている。

 まるで間に合っていない。


 スピードもさることながら、その戦闘スタイルにも驚きを隠せない。

 AGI特化ということは防御面は紙のようなもののはず。

 普通は相手の攻撃が当たらないように注意を払って攻撃しては安全圏へと逃げるヒットアンドアウェイが基本なはず。

 それがクロツキはむしろ、より死地へと近づく。

 そして超接近戦で相手の全ての攻撃を紙一重で躱し続ける。

 その胆力たるや相当なものだ。


「凄いですね」

「確かによくよく考えると凄いやつなのかも」

「よく考えなくてもクロツキさんは凄いですよ」

「ほとんどモンスターにしか見えないですけど……」

「めっちゃかっこいいじゃん。私もあんなスキル欲しいな」

「はは……」

 死穢の影の核が破壊され、後に残るのは黒い靄を纏ったクロツキの姿。

 その姿は残穢の影や死穢の影に似ていて第三者が見たらモンスターと勘違いしてもおかしくない。


「クロツキのやつ、どうしたんだ?」

「分かりません……」

 クロツキは戦闘を終えたのにまだ臨戦態勢を解く気配がなかった。


 消えたと3人が感じたときには目の前にクロツキがいて、赤の眼光が3人を捉えると、全員は死を覚悟した。

 あまりにも鋭すぎる殺気が心を切り裂き、息をするのすら恐ろしく感じるほどのプレッシャーがあった。

 そしてクロツキの持つナイフが振られた。

 実際には目で追えず振り終えた腕の残滓を見ただけだ。


 しかし、3人の誰もやられたという感覚はなかった。

 隣を見ても誰も傷ついていない。

 クロツキは3人を後ろから襲おうとしていたモンスターに攻撃を仕掛けていた。


 それに気づいた途端、3人はプレッシャーから解放される。

 リンがすぐにその場を立ち、少し遅れて2人も臨戦態勢に入る。

 気配を一切感じなかった。

 黒いローブが宙に浮き、フードの下は黒で塗りつぶされたように顔は見えないが、目と口だけが赤く光っている。


「なんだこいつはっ?」

「レイスだと思う、でもここで出るはずがないのに」

「そんな……3体も……」

 レイスが二体と中央にいるレイスはエルダーレイスという上位種。

 トレヴィネ大墳墓でポップするモンスターで最も強いのがボスである死穢の影、冒険者の推奨ランクはC以上になる。

 しかし、エルダーレイスはBランク指定されている危険モンスターだ。

 なぜここにいるのかの疑問はあれど考えている暇はない。


「これはさすがにもう無理か……クロツキとリンは逃げれるか?」

「できるだけ時間を稼ぐので行ってください」

 死穢の影も消えて身体が幾分か楽になった2人は殿を務めると申し出る。

 瘴気の影響で逃げるのは難しい。


「僕も戦います!!」

 闘志を燃やす3人だったが、クロツキが手で抑える。


「1人で死ぬつもりかよっ!!」

「死ぬつもりなんてない」

 久しぶりに聞いたクロツキの声は静かで余裕を感じさせるものがあった。

 そして消えた。


 姿が見えたときにはレイス一体の首が落ちていた。

 エルダーレイスが闇の鎖を展開してクロツキを捕らえようとするが、それは叶わずもう一体のレイスが切り刻まれる。


「怨恨纏い・煉獄斬」

 刹那無常に瘴気が集まって斬撃範囲が広がりエルダーレイスが一刀両断されローブが燃えていく。

 Bランク指定のモンスターを瞬殺だった。

 クロツキがまた何かを察知してそちらに目を向ける。

 そこには小さな小さなレイスが岩に隠れて戦いを見守っていた。

 クロツキが一瞬で距離を詰め、小さなレイスは驚いて腰を抜かす。

 刹那無常を振り下ろそうとするが途中で止まった。

 よく見るとローブはボロボロでどことなく悲壮感が漂っている。

 クロツキが背を向けるとレイスは走って逃げていった。


「3人とも無事でよかった。ゆっくりとでもいいから、すぐにこの場から離れよう」

 残っていてはまた新たなモンスターがポップする可能性がある。

 普段よりも大量に沸いていたモンスターに滅多にポップしない死穢の影、さらにいないはずのレイスとエルダーレイス。

 原因は何故か不明だが、今のトレヴィネ大墳墓は難度が異常に高くなっていた。

 このピンチを乗り切れたのは奇跡に近い成果だった。


 冒険者ギルドに報告してすぐに調査団が派遣され調査が開始された。

 結論としては他所から流れてきたエルダーレイスの存在で瘴気が濃くなりこのような事態になったとされ、その原因であったエルダーレイスが倒されたことで瘴気も落ち着いていくとギルドから発表がされた。

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