56話 死穢の影

 屈辱……という感情は特になかった。

 下に見ていたクロツキがボスを相手にしている間、自分は周りの雑魚を任せられた。

 しかし、それも仕方のないことだと思っている。

 今の場面での最適解だと理解しているからだ。


 リンの職業は槍術士、人気の職業ということもあり槍を使うプレイヤーは多い。

 その中でも自分の槍捌きは1、2を争う精密さを誇ると自負している。

 特にランキングのような指標があるわけではないが、有名な槍使いと出会ったときに技を見てお粗末だと感じていた。

 これは槍使いに限った話ではないのだが、スキル頼りでしかない人間が多すぎる。

 周りのレベルに物足りなさを感じつつも、慢心はなく、己を鍛えるため強者と戦いさらに技術を磨き続けた。

 残穢の影の核を的確に破壊していく。

 隣では死穢の影とクロツキが互いに黒い靄を出しながら戦闘をしている。


「抉り抜け『螺旋一擲』」

 槍をしならせ螺旋を描き狙い穿つは死穢の影の核。

 完全に背後からの攻撃だったはず。

 しかし、死穢の影は振り向き、向かってくる槍に対して不敵な笑みを浮かべていた。


 槍先が当たると同時に甲高い音が響く。

 死穢の影の右手に拡散した黒い靄が集まる。

 倒した残穢の影の靄も吸収されていく。

 圧縮され徐々に形が作られて大鎌が完成した。

 槍先が捕らえたのは大鎌の鎌の部分だった。

 死穢の影は担ぐように持っていた大鎌をリン目掛けて振った。

 漆黒の大鎌が一度振るわれれば、衝撃だけで墓石がバターのように斬られ大地が裂ける。


「リンっ!!」

「くっ……」

 ギリギリ回避したリンは距離を取ろうとするが、死穢の影が発生させた瘴気がリンを襲う。

「大丈夫か?」

「右腕は使い物になりませんね」

「それは……」

 回避したと思った一振りはリンの右腕を捉え大きな傷をつけ黒く変色させていた。

 さらに辛うじて握る槍の先は完全に砕けている。


「隙をついてクロツキさんだけでも逃げてください。もうまともに動けるのはあなたしかいない」

「いや、この相手から逃げるのは厳しいだろう。戦うしかない」

 残穢の影は中距離タイプの状態異常特化だった。

 状態異常の対策さえしていれば問題ない。

 しかし、死穢の影は数段強力な状態異常攻撃に加え、接近戦も強力ときてる。

 厄介なのは死穢の影本体は人型は成しているが黒い靄が集まった気体で移動するときや攻撃する時は靄が拡散して動きが読みづらい。


 俺の虚像の振る舞いシャドームーブに近いな。

 機動性は瞬発力がないものの宙に浮いて縦横無尽に動かれると面倒か。

 距離をとると瘴気が襲ってくる。

 万能タイプな戦闘スタイル。


 死穢の影が攻撃してくるたびに瘴気がばら撒かれ、身体に影響を与えてくる。

 俺はまだそこまでだが、リンは先のダメージもあってとうとう膝をついた。

 槍を杖代わりに立とうとしているが戦闘不能なのは明らかで、黒い変色は毒のように全身にまわり、見ていて辛くなるほどだ。

 ルーナとリオンは離れていふおかげでまだマシだが近づけないだろう。

 3人には悪いが気にしてる余裕はない。


 カァァァァン……


 隙を見せれば大鎌で首を刈りにくる。

 薙ぎ払われた大鎌を小刀『刹那無常』で止める。

 本来のステータスであれば抑えることなど出来ず、刹那無常は弾かれ首を落とされているだろう。

 STRが低いということは攻撃を相殺するのも難しい。

 しかし、今の俺のステータスは全体的に上昇している。

 死穢の影の吸収していた黒い靄と同じものを纏ってているからだ。


 怨恨纏い、全体のステータスを大幅に上げてくれる代わりに怨恨を背負いすぎると飲み込まれる諸刃の剣のスキル。

 そしてこのスキルは発動条件が難しいということもある。

 難しいというか曖昧すぎるのだ。

 ここみたいな大墳墓なら簡単に発動できると思ったが今の今まで発動できる気配がなかった。

 発動できるようになったのは残穢の影が倒れ黒い靄が一層濃くなったあたりから。

 その辺で死穢の影も大鎌を作り力を上昇させたような気がする。

 つまりは死穢の影の力の源も怨念の類であり、奇しくも俺の使う怨恨纏いと同系統のスキルと推測できる。


 大鎌は確かに攻撃力が高い。

 少しでも受ければ死につながる。

 だが当たらなければ意味がない。

 もしかしたら俺は死穢の影を過大評価しすぎていたのかもしれない。

 こうして一対一で対面すれば良くわかる。

 正直、大鎌を使いこなせていない。

 万能型といえば響きはいいが全てが中途半端ともいえる。

 死穢の影が大鎌を一つ振るえば10倍以上の斬撃の数で反撃ができる。

 徐々に死穢の影の黒い靄が小さくなってきている。

 称号の不死殺しがクリティカルに刺さっていると信じたい。


 死穢の影はボスモンスターだし、珍しくはあるが、これならオウカと潜ったダンジョンのヴェルヴァやフォメレスの方が段違いに強かった。

 逆にどうしてさっきまであんなに苦戦していたのかが不思議だ。

 久しぶりの感覚だ。

 相手を圧倒することによる高揚感、今ならなんでもできると思える全能感。


 何度か核を狙っての攻撃にはトライしたがさすがにそこまでは甘くなく、大鎌で防がれる。

 それでもお構いなしに愚直に攻撃を続けていると大鎌の刃の部分にヒビが入る。

 さらに追撃して綺麗に叩き割った。

 大鎌が折れたことで隙だらけなのは確かだ。


「乱刀・斬」

 無数の斬撃を受けて核はひび割れこそすれど耐久値をまだ残している。

 しかし、死穢の影はもはや虫の息だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る