52話 商会長
クロツキが店に入った後も見物人達はその場に留まり話を続けていた。
「すげー、至高の一振りの会長が剣を振るうなんて滅多に見れるもんじゃねぇぞ」
「あぁ、しかもあの会長が低姿勢で接客するなんて何者だよ、装備は初心者に毛が生えた程度のものだったように見えたが?」
「動画見てねぇのかよ、イヴィルターズを1人で壊滅させたのあの人だぞ」
「マジで!? あんな防具でか? 強そうなオーラも全く感じなかったぞ」
「あぁ、だからやばいんだって。戦闘に入るとマジで黒いオーラが見えるから」
「そりゃすげえな」
盛り上がっている中には来訪者もいれば現地人だっている。
動画の話題になっても問題なく意思疎通ができるのはルキファナス・オンライン関連の動画は現地人も見たりすることができる。
特に戦闘シーンの動画なんかは冒険者ギルドでも参考にしたりする。
もちろんこの世界にもプライバシーは存在するため許可が必要になるが、クロツキの動画は話題性もあって拡散されてしまっていた。
「あの動画なんて怪しいですけどね」
1人の男が話に割って入る。
男の名前はリン。
槍を背中に背負った男はクロツキを怪訝な目で見ていた。
クロツキとイヴィルターズの動画は何度もチェックして騒がれるほどの実力はないと確信していた。
それでも気にもしていなかったのだが、今この時から明確に気に入らないという感情が芽生えていた。
リンはもう少しで四次職の実力者。
自身はトップクラスの実力があると自負しているし、実際に強敵と戦い突破してきた。
さらなる戦闘を見据え武器を新調するために至高の一振りの店に入ったこともあるが会長自らが接客するなんてなかった。
至高の一振りに在籍している商人は武器を売るために力を使わない。
なぜならばいいものは自ずと売れるからだ。
では何をしているかといえば素材集めに奮闘している。
いいものを作るにはいいものを使わなければいけない。
素材集めこそが至高の一振りの商人の最も重要な仕事なのである。
お客からすると少し接客が冷たく見えてしまうことがある。
リンも蔑ろにされたと勘違いして、クロツキが特別扱いされているのはあの動画が原因だと思い込んでいた。
リンも店に入ろうとしたときに中から別の店員が出てきて閉店中の看板が下げられた。
「ちょっと待ってくれ、どういうことなんだ?」
「あぁ、すいませんね、ちょっとゴタゴタがありまして……」
「だが、ついさっき前の客が入っていったばっかだろう」
「いやぁ、ちょっと……すんません」
詳しい説明もせずに店員は店に入っていってしまった。
「おいおい、貸し切りじゃねぇか」
「たしかにな、クロツキが入ってすぐ閉店なんてそれ以外ないか」
「くっ、くそっ!! なんなんだいったい」
カッとなって頭に血がのぼるが無理やり入ろうとしたりはしない。
店側が閉店だっていうなら仕方ないと踵を返すことにした。
店の外で様々な憶測が飛び交う中、店内では問題が発生していた。
「会長、またまた暴走してます!! なんとかしてください!!」
「まったく、毎度毎度どうなってやがんだ」
爆発音と共に店員が奥の部屋から避難してくる。
「あー、えろうすんまへんクロツキはん、商売どころの騒ぎちゃうみたいや」
「どういうことですか?」
店員たちは慣れた様子で店を閉め始めていた。
「奥に鍛治工房があるんやけど、まぁ、失敗も多々あるってことやな。せやっ、クロツキはん、あれなんとかしてくれへんかなぁ。お礼は弾みますよって」
禍々しいオーラを放って黒剣を握る1人の男。
魔剣と呼ばれる類のものは触れるだけで人の心を惑わせる。
なぜそんなものを作ったのかは知らないけど、男から剣を手放させればいい。
俺なら魔剣の精神への攻撃もなんとかなるだろう。
仮面を被る。
格好から鍛治師であることが窺えるが、その踏み込みの速さも剣を振る速度も想像以上だ。
しかし、剣筋はまるでなっていない。
身体能力だけが高い素人のような剣捌き。
袈裟斬りを仕掛けてきたのを躱すと振り切る途中に剣が止まり返ってくる。
逆に動きが読みづらくやりづらい。
やりづらさの原因は他にもある。
どうやって止めるかだが……あれを試してみるか。
「
バフ全盛りで一気に決めないとダラダラやってればあの人自身がもたない。
筋肉や可動域に関係なく剣を振っているため身体への負担はかなりのもののはずだ。
再びきた袈裟斬りを躱して剣が返ってくる前に腕を押さえて関節を決める。
そのまま取り押さえて剣を手から外した。
セバスの動きをみようみまねしただけのなんちゃって格闘術が活きるとは思わなかった。
剣を離したことで正常に戻ったようだし一件落着かな。
「いやぁ、大したもんや。彼は鍛治師なんやけど魔剣込みやったら結構な腕前でなぁ、それをあっさりと怪我を負わせることもなく制圧するとは、えぇお手前で」
「それはどうも」
「なんや疑ってますなぁ」
「あなたならもっと簡単に制圧できたと思いますけどね」
「ぼく、手加減嫌いですねん」
その目は本気に見えた。
場を緊張が支配している。
「まっ、なんや助かったわ。それなりのお礼はさせてもらわんとな。商人はタダ働きせぇへんし、させへんから」
場の空気が軽くなる。
スキルなど使用せずにこの圧力。
どの口が商人だなんて言っているのか。
「それは、楽しみですね」
しかし、貰えるものは貰っておく主義なのでお礼とやらに期待することにしよう。
「ふふっ、あははは、ええやん、ええやん、ほな奥行って話しましょ」
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