27話 地下迷宮

 アルムニッツの街から東へ進み緑豊かな渓谷を越えればすぐそこは王都だ。

 遥か彼方の巨大な二つの山から流れてくる透き通った水が小川を作る。

 レストリア近郊の森のようなおどろおどろしい雰囲気はなく深緑の間を抜けてさす光は神聖さを感じさせる。

 ここサンドロ渓谷にはモンスターがほとんどポップしない。

 苦労することなく王都に行くことができるが今回の目的は王都に行くことではない。


 ここの地下にあるダンジョンに潜るのだ。

 サンドロ渓谷の地下に張り巡らされたサンドロ地下迷宮こそが経験値もアイテムも稼ぐにはもってこいの狩場だ。

 そしてここは試練のダンジョンでもある。

 古の時代、神が遣わせた天使が人間を鍛えるために作ったとされるダンジョンのことで、迷宮のボスを倒すとドロップアイテム以外にダンジョン内の功績に応じた特典が貰える。

 しかし、人気の狩場だけあって人が多い。

 レストリアとアルムニッツの間で冒険者を見なかったのはここに集まっているからだろう。


 俺は今オウカとダンジョンに潜っている。

 正直、人が多いためモンスターはこっちに回ってこない。

 オウカは以前にも潜ったことがあるらしく、サクサクと迷わずにダンジョンを進んでいく。

 ごく稀に骸骨のモンスターが近くでポップしたりもしたがオウカの拳の前に塵と消える。

 スキルを使わなくても十分な火力だ。


 迷宮というのにもはや攻略されていて正解のルートが分かっている。

 俺は正しいルートは知らなかったが同じ方向を目指す冒険者たちは通路が別れていても同じ道を選ぶためそちらが正解なのだと分かってしまう。

 これでは迷宮もかたなしだ。

 さらに進むとそこには冒険者の行列があった。


 ダンジョンで行儀良く並ぶその光景は異様の一言に尽きる。

 本来は命がけで挑むダンジョンをまるで新商品発売前のようなテンションで並んでいるのだから違和感しか感じない。

 まぁ、新商品というのもあながち間違いな表現でもないのだが。

 試練のダンジョンはボスを倒してクリアすることで様々な報酬が貰える。

 それを目当てにこれだけの人が並んでいるわけだ。

 ちなみに一度クリアしたものが再びダンジョンを訪れた場合、難易度が攻略不可レベルに上がるため、暗黙の了解として攻略者は同じダンジョンに入ってはいけない。


 ダンジョンボスのいる部屋に入れるのは1パーティで4人までと決まっており、前のパーティの戦闘が終わるまで次のパーティは入れない。

 まさしく自然的ではなく人工的に人を集めるために作られたダンジョン、それがこの異様な光景を作り出している。


「これはかなりかかりそうだな」

「こっちこっち」

列に並ぶのかと思いきやオウカは横の抜け道を先行して歩く。

 何もない行き止まりに辿り着くと、オウカは急に壁を殴った。


「なっ!?」

「こっちこっち」

 壁は崩れ、通路が現れる。

 先へ進むと魔法陣が描かれていてオウカが臆することなくその中に入って消えた。

 おそらくはワープゲートのようなものだろう。

 まぁ、ついていくしかない。

 飛んだ先はさっきまでのダンジョンとは似て非なるもの。

 明らかに空気が重く、殺伐としている。


「オっ、オウカ、ここはどこなんだ?」

「隠しダンジョン、さっきのところとは格が違う本物のダンジョン」

 オウカと接していて分かったのはかなりのマイペースでゆっくりとした口調にのんびりした雰囲気の少女だということ。


 そんなオウカが集中しているのが分かる。

 三次職上位のオウカが警戒するダンジョン。

 俺には早い気もするが今はオウカがパーティにいる。

 やれるだけはやってみるしかない。

 新しいスキルだってある。

 本当はこんなぶっつけ本番ではなく色々と試したかったのに、話を聞かないオウカのペースに呑まれてこんなところまでついてきてしまった。


「きた……」

 オウカの言葉通りモンスターが三体、剣を持った骸骨兵士の『スケルトン・ソルジャー』が襲ってくる。

 パーティの戦闘には色々と決まり事がある。

 オウカとの連携とかどうすればいいんだろうか。

 職業が特殊でどう立ち回ればいいのやら見当もつかない。


「好きにやっていいよ」

 悩んでいる俺を見てオウカは一言そう言ってソルジャーの方へゆっくりと歩いていく。

「えっ……ありがとう」

 悪い子ではないんだよな。

 意外と空気は読むし優しいし、むしろ純粋すぎるくらいだ。

 これはもしかしたら修羅の人間に騙されているのかも……っと、それは後にして今は集中しないとな。


 俺もオウカも前衛職、やることは比較的簡単だ。

 とりあえず攻撃しとけばいい。

 オウカを追い越して一瞬でソルジャーの背後に回る。


「『乱刀らんとうざん』」

 スキル屋で購入した攻撃スキルを早速使ってみる。

 刃を扱う職業には割とオーソドックスな複数の斬撃を生むというスキル。

 超高速で繰り出される斬撃。


-乱刀・斬-

AGIを参照して斬撃数が変化する。


 より手数に特化した形になってしまったが後悔はしていない。

 暗器使いLv10で獲得したスキルとスキル屋で購入した乱刀・斬、俺はもう向かう先を決めていた。


「恐怖のオーラ発動、乱刀・斬」

 このダンジョンは俺の新スキルのお披露目会だ。

 気持ちが昂る、やはりこうでないといけない。


-恐怖のオーラ-

一定時間、自身の攻撃に恐怖を与える効果を付与する。


 恐怖は精神状態異常の一種で挑発による狂乱状態のようなものだ。

 狂乱は興奮させて正常な判断を下せない状態なのに対して恐怖は恐れから正常な判断を下せなくする。


 ソルジャーの背後から紫毒のナイフを一振りをすると5つの斬撃が発生した。

 これはかなり気持ちがいい。

 今の段階でこれなら将来はまだまだ増えていく。


 だがソルジャーは未だに倒れていない。

 ダメージは出てるものの一撃一撃が弱すぎて倒せなかった。

 俺の攻撃力のように元が弱いと直接攻撃では厳しい。

 しかし、一つ収穫があった。


 スケルトンがカタカタと震えだして後退りしながら攻撃をしてくる。

 攻撃というよりはこちらを近づかせないためだけのようにも見える。

 つまり、スケルトンも恐怖状態にかかるということが分かった。

 がむしゃらに剣を振ってくるスケルトンの攻撃を鍛冶屋で修復してもらったダガーナイフで防ぐ。

 突貫作業と特別なアイテムを使っていないせいで攻撃力も耐久力も若干落ちてしまっているが、まぁ、それでも十分に使えるのだから問題はないだろう。


 ダガーナイフの感触も掴んだし、わざわざ攻撃を受ける必要もない。

 恐怖で振り回してるだけで当てる気もない剣でやられるほど俺はマヌケではない。

 避けては斬って、避けては斬るを繰り返してスケルトンを倒す。

 横を見るとすでに戦闘が終わっている。


「すまない時間がかかった」

「面白いものを見せて貰ったから大丈夫」

 うっ……面白いものとはスケルトン相手に時間が掛かったことだろうか。

 スケルトンは防御力が低い種族でこれだけ時間がかかるのは珍しいのかもしれない。

 やっぱSTRにも振った方が……

 いやいやいや、その分は武器と状態異常でカバーするって決めたんだ。

 今はちょっとお金がなくて武器も買えてないけど……

 大丈夫……なはず。


 というか、そんな考えをしている余裕はなかった。

 すぐに次のモンスターがやってくる。

 先程のソルジャーが二体と後ろに魔導書を持った、スケルトン・ウィザードが一体。

 この場合は先にウィザードからやるのがいいよな。


「ウィザードは任せてくれ」

「おっけー」

 ソルジャーの横を抜けてウィザードへ一直線に向かう。

 ウィザードの魔導書が光り出した。

 魔法発動の証だ。

 俺は何がきてもいいように敏捷向上と虚の心得を発動する。


 炎の矢が空中に生成されたのを見て怠けの眼を発動、隙間ないように思える炎の矢をゆっくりと動く時間の中、頭の中でどう躱すかをシミュレーションする。

 炎の矢の隙間を縫って全て躱してウィザードに接近する。

 もう少しでナイフの届く範囲だと思った矢先、目の前が赤色に変わる。

 広範囲の炎の魔法だと怠けの眼のおかげで察することができたし、範囲を広げた魔法のせいで威力が極端に減っているのも分かった。


 しかし、狭い通路でそれをやられると逃げるスペースがない。

 どれだけ早く動けても避ける場所がない。

 威力が減っているといっても俺には大ダメージ、下手をすれば一撃の可能性もある。


 取れる行動といえば両腕をクロスさせて顔を守ることくらいだ。

 恐らく素早い敵を倒すための魔法。

 俺は死を直前にモンスターも工夫してるんだなと油断を反省する。

 新しいスキルで舞い上がっていた。

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