8話 斬る、切る、キル

 冒険者ギルドにゴブリンの査定を頼んだ翌日、再びシュバルツ家を訪ねた。

 セバスに言われた通り、無我夢中だったとはいえ貰ったダガーナイフを振ることができたからだ。

 そして何よりももっと強くなりたいと感じた。

 向いていないのなら努力するしかない。

 立ち止まってる暇なんてない。


 何をするにしてもゴブリン一匹に苦戦しているようでは話にならないし、純粋にゴブリンとの戦闘が楽しくてもっと強い敵と戦いたいと闘争本能が囁きかけてきたのも原因かもしれない。

 自分の中に眠る意外な凶暴性に驚きつつも、興奮を隠せないでいる。


 ゴブリンとの戦闘をジャンヌとセバスに事細かに熱く語り終えたあと、冷静になり少し恥ずかしくなる。

 それを隠すように肉汁溢れるミディアムレアのステーキ肉を口いっぱいに頬張った。

「お嬢様よろしいでしょうか?」

「んっ? あぁ、別に問題ないじゃろ。約束通りに指導してやれば良かろう」

「ありがとうございます!!」


「ではこの模型を攻撃してみてください」

 食事を終えて早速修行モードに入ったセバスはメイドに模型を用意させた。

 目の前にあるのは人形の模型、どうするのが正解なんだろうか。

 少し考えてとりあえず首を突いてみる。

 模型の首にナイフが突き刺さり、手を離してセバスに顔を向けた。


「クロツキ様、その攻撃方法もなしではないですが、基本的にナイフのような軽量の武器を扱うときは、刺すのはおすすめではありません。抜くのに時間がかかってしまいますから」

 セバスの言う通りで突き刺したナイフを抜くのに少し手こずる。

 このロスですら戦闘では命取りになる。

 ミリ単位、コンマ一秒で勝敗が決することをゴブリンとの死闘から感じ取っていたことでセバスの指摘が自然と理解できる。


「やるのであればこのように……」

 セバスはまさしく、その場から音もなく消えて、いつの間にかナイフを持って模型の背後に立っていた。


「深く斬るではなく、皮を削るといった具合ですな」

 少ししてから模型の首は綺麗に切断されて地面に落ちる。

 いやいやいや、削るどころか思いっきり切ってますやん。

 驚きのあまりエセ関西弁を心の中で叫んでいるクロツキをよそにセバスはさらに続ける。


「そして、首や心臓は相手のガードも硬いのでいきなりは狙わずにまずは手足から削っていくのがいいですね」

 今度はその場からは消えなかったがナイフを持った手が目で追えなくなり、模型の両手両足が切断されて音を立てて崩れる。


 いやいやいや、それだけでも致命傷ですやん!!

 エセ関西弁がまたもや出てしまう。


「どうでしょうか、だいたい分かりましたでしょうか?」

「いえ、話は何となく理解できましたが、動きが全然見えなかったんですけど……」

「まぁ、話を理解されたのならよしとしましょう」

 セバスが目配せすると、メイドが新たな模型を持ってくる。


 そこから数時間かけてナイフの基礎を学び動きはかなり良くなった。

 ゴブリンを倒した経験値でレベルが上がったのもいい感じに効いている。

 その証拠にはじめこそ重々しく振っていたダガーナイフも軽やかに振れるようになっている。

 まぁ、未だにペナルティはあるんですが。


「これなら基礎は概ね大丈夫そうでございますな」

「ありがとうございました」

 ゲーム内の体とは便利なもので、リアルなら1週間は筋肉痛で悶えるような運動をしたというのに、一息つけばすぐにまた動けるようになる。

 濃密な訓練の後は上質な食事と至れり尽くせりの歓待を受けれるのは一重に運がいい。

 他の来訪者ビジターでここまでの好待遇はなかなかないんじゃないか。


 一般的なゲーム感覚でいうと、レベルを上げればステータスも上がってスキルを覚えて大丈夫だと勘違いしてしまうが、レベルやステータス、スキルはあくまでも要素の一つに過ぎず、結局はステータスもスキルも使うのは自身であり、使いこなせるようになるには地道な訓練が必要となる。

 ゲームは進んでおらず、遠回りに見えたが近道を走ることができた気がする。

 その代わりに周りからの心象は悪くなってしまったものの、それ以上の成果を得ることができたので満足だ。


「クロツキ様、基礎に関しては全てお伝えいたしました。後は経験が必要ですね。一角ウサギを5匹倒してきてください。街を出た平原にいるはずです」

 

 町の外へ出て少し歩くと平原が広がる。

 遠くには森があり山が見える。

 気持ちのいい風が草木を揺らし、自然の匂いを運んでくる。

 現実世界では体験したことのない圧巻の大自然。

 ゴブの森とは違った感動を覚えるな。


 空が澄んでいるのと、身体能力の向上によって遠くの景色もよく見える。

 巨大なモンスターが空を羽ばたき、地上では一角ウサギと初心者であろう冒険者の戦闘が繰り広げられ、いい具合に異世界ファンタジーのそれを醸し出しいい味を出している。

 脳内でケルト音楽が流れてRPGの始まりの町から始まる大冒険を予期させる高揚感。


「さて、気持ちを切り替えよう」

 少しの時間、そんな空気感に触れてから気合を入れる。

 一角ウサギはゴブリンと同等ランク、可愛らしい見た目に角が一本生えただけのモンスターだが、その外見とは裏腹にかなり凶暴な性格で油断して殺される冒険者は後を絶たない。

 同等ランクなのはゴブリンが群れで行動することを加味されているからで、単体で比べれば一角ウサギの方が何倍も強い。


「やりますか」

 ダガーナイフを片手に一角ウサギと対面し、互いに見合って距離を測り合う。

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